もしも昔話の作者が現代の出版社に作品を持ち込んだら……?
神楽堂
出版社を巡ってみた
作家になりたい!
俺は、自分が書いた小説を出版社に持ち込む毎日を過ごしている。
けれども、どこの出版社に行っても編集者にダメ出しされてばかり。
しかし、俺は諦めない!
今日も原稿を持ち、出版社を訪れた。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「え~っと、題名は『桃太郎』だね。鬼退治というコンセプトは受けると思うよ。人外のお供を連れているのもいい。何より斬新なのは、桃から生まれたという設定だ」
「はい、ありがとうございます」
「けどね、伏線は回収しなくちゃ」
「伏線」
「どうして主人公は桃に入れられて川に流されたのか。その伏線が回収されないまま物語が終わってしまっているんだよ」
「はぁ」
「斬新な設定なだけに、実に惜しい」
「……そうですか」
「あと、鬼退治がすんなり終わっているのも物足りない。うちの社は少年誌も扱っているんでね、『友情』とか『努力』とか、あと、主人公の『成長』なんかも描いてほしい」
「友情」
「そう。例えば、犬・猿・キジ、最初は自己主張が強くて衝突ばかりする。そんな状態で鬼退治に行き、そして、一回はボロボロに負けて帰ってくる」
「一回、負けるんですか」
「その方がおもしろいだろ? で、チームワークの大切さをパーティーは学ぶんだ」
「パーティー」
「けど、それですんなり仲良しになったら、読者からご都合主義だと叩かれちゃうんでね。え~っと、お供は3匹いるんだっけ? じゃあ、キジあたり、喧嘩してパーティーから抜けてもらおうか」
「それで、どうするんですか?」
「桃太郎たちは、鬼に再び戦いを挑む。すると、鬼たちの間から現れるんだよ、キジが」
「鬼の方についたんですか」
「ああ、裏切りってのはインパクトあるだろ? で、桃太郎は、鬼よりもキジに対して憎しみを抱くんだよ」
「だんだん、話が変わってきてませんか?」
「桃太郎と鬼の戦いが始まったら、キジが鬼を攻撃し始める」
「え?」
「キジは、桃太郎を裏切ったと見せかけて、鬼たちに潜入していたんだ」
「なるほど」
「桃太郎側が勝利。桃太郎とキジは和解する。こんな感じの話じゃないと、うちでは採用できないな」
「はぁ、そうですか……ではまた、出直してきます」
俺はその出版社を出て、次の出版社へと向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「え~っと、『浦島太郎』だっけ? 陸地に住む漁師が海の世界に行くというのは、ある意味、異世界転生みたいな要素があっていい感じだと思う」
「異世界転生」
「ただ、陸の人間が海に行ったんだ。陸の人間しかできない技能を海の中で発揮して、無双してもらわないと」
「無双」
「異世界転生の肝はチートだ」
「チート」
「あと、最後がバッドエンドなのが今ひとつだな。読者は読後の爽快感を求めているんだ」
「そういうものですかね」
ということで、この出版社でも原稿は通らなかった。
俺は次の出版社へと向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「『かぐや姫』だね。SFファンタジーは人気ジャンルだから、期待して読ませてもらったよ」
「はい」
「まず、かぐや姫がツンデレなのがいい。次から次ヘと貴族の求婚を断っていくのは、ある種の爽快感があるな」
「そうですか」
「ただ、デレ期がこないまま月に帰るのはちょっと」
「ツンデレの設定じゃないんですけど」
「あと、月から迎えに来た乗り物、宇宙船だよね?」
「宇宙船」
「宇宙船のスペックがわかる記述が欲しかったな。SFファンはそういうの、こだわるから」
「スペック」
「そう。月から地球まで来る動力源の解説とか、宇宙船の速さとか」
「はぁ」
結局、原稿は没になった。
俺は次の出版社に向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「『大きなかぶ』だね。みんなで協力するという流れ、悪くない」
「そうですか。それはよかったです」
「ただ、『大きな株』が、具体的にどの会社をイメージしたものか、読者に伝わってこないんだよ。フィクションだとわかっていても、読者はあの会社のことかな、と想像して読みたいものだからね」
「会社?」
「『大きな株』っていうくらいだから、大企業の株なんだろ?」
「いや、そっちの株じゃないんですけど……」
「株を抜いた後の、総会屋対策とかのエピソードもあると盛り上がったんだけどな」
「いや、そっちの株じゃ……」
「インサイダー取引スレスレの場面とかあってもよかったんじゃないかな」
だめだこりゃ。全然話が伝わってない。
俺は次の出版社へと向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「『マッチ売りの少女』だね。かわいそうな少女を出したのは、読者受けするのでよいと思うよ」
「はい」
「ただ、最後が死んで終わりじゃ報われない。こう、なんというか、カタルシスがないんだよ」
「カタルシス」
「売っているものがマッチだからね。それを使わないと」
「と、言いますと?」
「鬼のような親に、マッチ売ってこいって雪の中、放り出されるんだから、少女は親への憎しみを抱いていたはず」
「憎しみ」
「例えばさ、少女は見つけるんだよ、死の直前に……爆弾とか」
「爆弾」
「で、最後のマッチを擦って爆弾に点火、憎い親を吹っ飛ばす。そういう、ざまぁ系の要素があるとよかったと思うよ」
「ざまぁ系」
「せっかく、マッチを使っているんだから、そのくらいしないと」
「はぁ」
ここの編集さんとは、考え方が合わないな……
俺は次の出版社へと向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「『三匹の子豚』だね。読ませてもらったよ」
「どうでしたか?」
「兄弟で住んでいる家が違うというのが、現代社会の経済格差を表していてよかったよ」
「経済格差」
「兄なのにわらの家。末っ子がレンガの家。兄としては悔しいだろうね。そういう、心理的な葛藤とかを描いていたらよかったんじゃないかな」
「はぁ」
「最後、弟のレンガの家に三匹で暮らすみたいだけど、その後も、三兄弟でのどろどろの争いとか書くとよかったんじゃないかな」
「いや、仲の良い兄弟という設定なので」
「それじゃ受けないんだよ。例えば、働かない兄が嫌悪されるとか、実は一匹だけ親が違っていたとか、そういう複雑な家庭事情があった方が売れるから」
「複雑な家庭事情」
編集さんが求めているものが何なのか、把握しておかないといけないな……
こうして、またしても俺の原稿は没になった。
俺は、次の出版社へと向かった。
* * *
今度の編集者は、ミステリーの担当者だ。
原稿の感想を聞かせてくれるかと思いきや、自分の自慢話が始まった。
「テレビドラマの○○シリーズ、見たことある? あれ、俺が手掛けた仕事なんだよね」
昔、その編集者が担当した作品が、2時間ドラマになったらしい。
自慢話は延々と続いた。
「あ、そうそう、キミの原稿だけどね」
やっと本題に入ってくれた。
「『かちかち山』だね。まずは、書く順番を考えないと」
「はぁ」
「タヌキが畑を荒らすところから始まるけど、インパクト弱いんだよね。最初は死体が発見される場面からじゃないと」
「死体」
「そう。浜辺にタヌキの死体が打ち上がるんだよ。で、死因を探る。どうしてタヌキは海で死んだんだって」
「死因」
「海で溺れ死んだのなら、船があるはず。けど、容疑者のウサギの船からはタヌキの指紋は発見されない。毛も一本も落ちていなかった」
「はぁ」
「犯行トリックとして、泥舟を使ったのはよかったと思うよ。証拠は海に溶けてしまって発見されない。キミ、なかなか工夫したね」
「いえ、それほどでも」
「ただ、この殺人事件、最初の犠牲者がおばあさんというのが、ちょっとインパクト弱いかな」
「弱いですか」
「うちはテレビドラマも手掛けているんでね。死体がおばあさんだと、受けが悪いんだよ。若い女性が殺される話じゃないとね」
「はぁ」
「テーマはすごくいい。殺意の連鎖ってやつだね」
「殺意の連鎖」
「最初の事件、畑を荒らすタヌキを拘束して殺そうとしたら、タヌキに騙されて縄をほどいてしまった。逆におばあさんが殺害されてしまう。それを知ったウサギが、復讐のためにタヌキを殺害する。おじいさんが復讐するのではなくて、ウサギが復讐を代行するというのは工夫したね」
編集者の語りは止まらなかった。
「老夫婦とウサギとの関係が明るみに出て、容疑者がウサギだと特定される。一見、ウサギは善人として登場するけど、実は第二の事件の犯人だった。話の筋は実にいいんだが、探偵役がいないのが残念だ」
「探偵役」
「そう。ラストシーンは、タヌキの死体が上がった海辺とかどうかな。そして、憎しみは不幸しか生まないとか、探偵役に説教させるんだよ」
「……」
この話をミステリーの編集部に持っていったことが間違いだった気がする。
俺は次の出版社へと向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「読ませてもらったよ。『一休さん』」
「どうでしたか」
「
「はい。それで、退治しますので屏風から出してください、と切り返すお話です」
「虎というのがどうもね……パンチに欠けるんだよ」
「虎なのに、ですか?」
「例えば……殿様は、絵の中の少女に恋をする。一休さんに頼むんだ。絵の中の少女を出してくれって」
「……なんか、痛々しいですね」
「二次元の彼女に恋をしている読者さんも多いから、共感されるんじゃないかな」
「はぁ、でも、これはトンチ話なので……」
どうやら、訪れる出版社を間違えたらしい。
俺は次の出版社へと向かった。
* * *
編集者は、俺の原稿を読み終わるとこう言った。
「『3枚のおふだ』読ませてもらったよ。マジックアイテムが出てくるのがいい感じだね」
「マジックアイテム」
「それも、3枚しか使えないのがいいね。無限に魔法が使えるとチートっぽくなるからね」
「はぁ」
「ただ、題名が今ひとつだ。どうせなら横文字にしてしまおうか。こんなのどうだ。
『 The Three Cards 』」
「スリーカード」
「カードの使い方にも工夫が欲しかった。1枚目、便所の柱に貼って返事をさせるというのはおもしろい」
「はい」
「けど、2枚目と3枚目の使い方が似たような感じになっている。両方とも、ヤマンバの行く手を遮る障害物を出すだけで終わっている。ここで使用するおふだは、1枚だけでいい」
「はぁ」
「さらに言えば、ヤマンバを退治するのに、おふだは使われていない。時間稼ぎをしただけだ。読者はおふだの有効な使い方に期待をしているはず」
「そんなものですかね」
「ヤマンバを退治したのは
「はぁ」
「小さい豆に化けられるか、と挑発して、豆になったヤマンバを和尚さんが餅で巻いて食べてしまう。そこで物語が終わっているけど、あと一ひねりいかないと」
「一ひねり」
「夜中に、和尚さんの腹を突き破って、ヤマンバが復活するんだよ」
「それ、かなり怖いです。和尚さん、死んでしまうんですか」
「そうだ。それで、弱虫だった小僧さんが一念発起して、ヤマンバと対決するんだ」
「はぁ」
「死闘の末、小僧さんは自分の力でヤマンバを倒す。しかし、足元には腹を破られた和尚さんの遺体が横たわっている」
「……」
「で、ここで使うんだよ、3枚目のおふだを」
「なるほど」
「おふだよおふだ、和尚さんを生き返らせてください、って。生き返った和尚さんに小僧さんは報告する。僕、自分の力でヤマンバに勝ったよ! って」
「そこまでしないと、作品は通らないのですね」
「いや、これはあくまで一案だけどね。ここまで直しても売れないんだよ。出版の世界は厳しいから」
「勉強になりました」
「あ、そうそう。もしこういう展開にするのなら、題名はスリーカードじゃなくて、サードカードの方がいいかもな」
「どういう意味ですか」
「3枚のおふだ、じゃなくて、3枚目のおふだ、という意味だ」
「……もう、編集さんが自分で作品書けばいいじゃないですか」
「あははは……」
作家への道は厳しい。
まだまだ修行しなければならない。
今日も俺は、原稿を持って出版社めぐりを続けるのであった。
< 了 >
もしも昔話の作者が現代の出版社に作品を持ち込んだら……? 神楽堂 @haiho_
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