第7話 殺し屋の領分

 ——アズライール家が家を構えるこのネオラル帝国は、王位継承権争いで混乱に陥っていた。

 二人の皇子に各派閥が存在し、己の利益の為に貴族が支持する。

 そして遂に、第一皇子の所で毒殺騒ぎが起こった。大事には至らなかったものの、後に第二皇子派に属する宰相さいしょうが手引きしていたと明かされ、事態は泥沼になっていく。

 皇帝はうんざりした。

「全て葬り去れば良いこと。かの一族に届け出よ」


 ♢


「命令だ、ルア。〝僕の仕事を手伝ってよ〟」

 ルイは学園に通っているが、その合間に殺し屋の仕事をこなしている。

 殺し屋は隠密行動をする必要がない。力技で捻じ伏せるだけだ。

「めぃれい?」

 瞳がキラリと輝く。

「はぁ……君のやる気は伝わったからさ。今回の標的ターゲットは、皇位継承権争いで第一皇子毒殺騒ぎを起こした貴族宰相だね」

「?」

 難解な用語が多い。

 悶々していると、義母から救いの手が差し伸べられる。

「悪い貴族を始末するということです」

「ぁるじが、いうなら」

 ルアがグッと拳を握り締めると、悶えるシャーロット。

「さっきからぐだぐだ長いよ。あんまり時間かけないでくれる?」

 反射的に謝るルアと怒り狂うシャーロットの差は大きい。

 ルイは己の母を流し目で睨んでからニヒルに笑う。

「丁度夜会があるからさ。多分其処に標的ターゲットは来ると思う。相手が宰相ってなると、護衛人数もそれなりだと思うからね」

 ルアは瞬時に悟る。夜会に参加するつもりなのだろう。

 ルイは、ルアをがばっと抱き上げた。

「じゃあ準備しよっか」

 疑問符を浮かべたルアは、連れられた部屋で顔面蒼白に。

 付いて来たシャーロットと待ち構えていたレーガン。二人に挟まれ、なす術なく服を剥ぎ取られる。

 全力で拒否したが、ルアは一瞬でドレスアップさせられた。

 巷での流行りだという、ゴスロリ風のドレスである。しっかり流行を追いかけている母と祖母にはびっくりだ。

「いってらっしゃい」

 二人は満面の笑みで、知らぬ間にスーツ姿となったルイと共にルアを放り出した。

「はぁ……ほんと騒がしい」

 眉をひそめたルイは、夜空の三日月を鬱陶しそうに睨んだ。


 ♢


 豪華絢爛な会場。現在其処で夜会が行われている。

 ルアは、元よりダンスや礼儀作法など知らない娘だ。ジュースの入ったグラスを持ち、無表情を人好きのする笑顔に作り変えている。

 ルイにエスコートされ、挨拶回りのように時折会話を挟む。

 顔馴染みもいたようなので、社交の場に出席するのは初めてではないのだろう。

「〝僕が何か命令するまで、ルアは周りに馴染んでて〟」

 そう言って、ルイは離れていった。手に残るぬくもりが名残惜しい。

「……っ」

 頬を叩いてから、ルアは可憐な笑みを浮かべて貴族に混じる。

 命令を遂行するために、内外がちぐはぐでも感情を消して笑顔で接する。




 ルイと離れて暫く。令息れいそく相手に辟易へきえきしていると、急に後ろへ手を引かれた。態勢を崩すが、すぐ持ち直す。

「な、——」

 顔を後ろへ向けようとして、ルアは目を見張った。

「思った通り、宰相は参加してたから」

 ルアを後ろから拘束するように抱き締めている、ルイ。しかし周りはそれに気づいていない。

「ルア、命令。〝僕は宰相ターゲットを殺るから、ルアはその護衛を片付けておいて〟」

 耳元に彼の吐息がかかる。ビクンと反応して、ルアは頷いた。

「……(こく)」

 意識していないのにも関わらず体が動く。

「呪いあれ」

 テラスを囲うように立っている護衛達を奥の廊下へさらい、 言葉と視線に呪力を乗せて放って一気に始末した。

 テラスが見える位置まで行ってルイを見ると、彼は冷笑を浮かべて闇魔術を展開している。

「金は弾む‼ 見逃してくれ‼」

「あーそういうのはいいよ。だって君を殺してから奪えばいいじゃん? あと、こういう荒事は殺し屋僕達の領分だからさ。逃れようなんて考えても、意味ないよ?」

 ——ズシャッ。

 悲鳴を上げる隙さえ与えられず、魔術の異空間に飲み込まれた宰相。

 見惚れていたルアは、死体を近くの部屋に押し込んでから主に駆け寄った。

「ぁるじ」

 そのまま上目遣いに見上げれば、息を飲んだルイにぎこちなく頭を頭を撫でられる。

「………」

 無表情でそれを受け入れたルアは、顔を俯けて嬉しそうに口角を上げた。



「君は僕の所有物モノだから、〝ずっと僕の役に立ってね〟?」

「……ぅん」



 二人のいびつな関係は、主従関係だがそれとは違う、暖かいものになってゆく。

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