第6話  何もない学園生活

 学園に慣れつつある。

 ルアは、入学手続き騒動のお陰でぼっちライフを送っていた。春が過ぎて、涼しげな夏を過ごす。

「ルア、お疲れ」

 昼には二人揃って、レーガンお手製弁当を食べる。

 おかずを頬張っていると、小さな紙が落ちた。

『爺に手伝わせたら誤って毒を入れてしまったので、解毒剤を入れておきました。使ってね。追伸:毒死の可能性があるので早めに飲むことをおススメします。レーガン』

「⁉」

 ブフッ、と半分出しかけたおかずを何とか飲み込み、ルアは弁当箱に付いていた小袋を開け解毒剤を飲んだ。

「……」

 作り変えるという選択肢はないのか。上品に笑う祖母の顔が浮かんだ。


 ♢


「あれ、それはどうしたの?」

 授業が終わり主の元に着くや否や、濡れた髪に触れられてそう問われた。

「……ふんすぃ、ドボン……」

「ふーん、そうなんだ」

 簡略に答える。これは事実だ。先程、足を滑らせて学園の噴水に落ちた。

「ぉふろ……」

 人気のない裏路地がルア達の家路だ。

 馴染みのある洋館が見えると、ルアは玄関へ走った。

「おかえり♡」

 ドーンとアーモスが抱き着いてくる。

「……だぃきらぃになる」

「ぇっ」

「きらぃになる」

「そんなっ」

 頼れる母伝授の『嫌いになるぞ攻撃』は大打撃のようだ。すぐ離される。

「目障りだよ」

「ルイは関係ないでしょ」

「僕はルアの主だ。十分に関係あるから」

「ちぇっ、ルイのけちぃ」

 親子に見えない。ルアはじとっとした眼差しを向ける。

 なおも絡むアーモスを、ルイは外にぽいっと放り投げた。

 アーモスを無視して家に入る。閉められる扉にアーモスが泣きついていた。

「ぉふろぃく」

 廊下を走っているとシャーロットに見つけられ、瞬く間に鷲掴みにされた。

わたくしが綺麗にしてあげてよ」

「……(Σ(゚∀゚ノ))」

 カバンも放り出し、ルアは風呂場に無理矢理直行。

 ごしごし洗われて、泡が全身を覆う。それを、頭から滝のように水をぶっ掛けてざばーっと流す。

 いつもより数刻早いが、白色レースブラウスの寝間着を着せられた。レーガンとシャーロットが厳選した物らしい。質素な木の椅子に座ると、優しく髪をかれる。

 一方、シャーロットはほっこりしていた。

(可愛……く、なくもなくもなくてよ……)

 危うくほだされそうになった。

 シャーロットにはルイという息子がいるが、生憎と愚息ぐそくであり可愛いのかの字もない。しかし、ルアは義理の娘にも関わらずシャーロットの母性を刺激した。

 殺し屋は、貴族から依頼を受けることが多い。値が張るからだ。標的ターゲットが誰であろうと、殺しを依頼するには命の価値に相応の額を払ってもらう。散財をした豪華な生活こそしていないが、貯め込んだ財産は皇家レベルだ。

 娘が可愛くて仕方ない。レーガンと厳選した服や髪飾りを買って甘やかしたい。

 犬猿の仲の二人だが、ルアのこととなると一致団結して事を成せる。

「……侵入者」

 突然、ルアがガタッと椅子を倒して立ち上がり、外へ駆けて行った。

「まだ髪が乾いていなくってよ‼」

 ルアの中で何があったのかは知らないが、シャーロットの中ではルアが最優先だ。髪が完全に乾いていないのに、と不満が募る。

 デクラン、レーガン、アーモスに続き、隠れロリコンなシャーロットだった。


 ♢


「……しん、にゅぅしゃ」

 突然、ルアはそうこぼした。眼がギラつく。何者かが屋敷の半径2キロ以内に入ったことを感知したのだ。大方アズライールを狙った者だろう。

「侵入者がぃる」

 半乾きの髪で、ルアは家を飛び出した。壁に足を掛けてから石垣に着地して跳ね、建物の間を飛び移る。

 三人の侵入者だ。ローブの中、黒の瞳がルアを捕らえた。

(ばれた)

 飛んでくる土魔術つちまじゅつの弾丸を避けると、至近距離にいた敵の刃が腕に食い込んで千切れる。血が噴き出るが、それは好機だ。

「つかまぇた」

 そのまま相手の足を掴み上げ、呟く。

「呪いあれ」

 グチャ、ベチャ。全員潰れる。

 痛みに引き攣る頬を引き締めて、落ちた腕を拾った。

 いつの間にか来ていた一家が絶句している。

「僕は勝手に動くなと言った筈だけど?」

 冷静なルイが、木にもたれてルアを見やる。

 びくっと痙攣けいれんして、ルアは硬直した。逆らう奴隷の末路は死だ。

「ぁるじは、ルアに、寂滅じゃくめつしてほしぃ、の?」

「そうは言ってない」

 主は面倒臭そうに顔を背ける。

 深くこうべを垂れてから、ルアは取れた腕を断面に接着させた。融解して馴染む肉。

「はあぁ?」

 皆が頓狂とんきょうな声を上げる。

「超速、さぃせぃ」

 『そう死ねとは言ってない』=『死ぬな』だとルアは解釈した。ルアが獣人じゅうじんであったなら、尻尾が揺れていただろう。

 ルアは無に戻った。


 「……ぁるじの役にたってから、ルアはしぬ」


 ルイは嘲笑あざわらう。

「ふ、はははっ。あはははははは‼ 奴隷のくせによく言うよ。どうせすぐ死ぬんだからさぁっ」

 不遜な青年は、残忍さ宿した瞳で笑った。

「でも」

 ルアは食い下がる。

「ルアは、ぁるじすき」

 ピクリ、とうつむいた顔を少し上げて、彼はルアに向かって歩き出す。

「……その忠誠心だけは認めてあげる」

 すれ違いざま、ぼそりと呟くような声でルイはささやいた。

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