髙野宮家の花見①






 髙野宮家の女には、必ず花の名前が付けられる。


 その根本に、花とは「女の人生そのものだ」という考えがあるからに他ならない。芽吹き、大輪を咲かせ、その散り際さえ美しく、最後には種を残し未来に繋ぐ。女系である髙野宮だからこそ、そこに意味を見出だしたのだろう。


 俺は花見の準備をしながら、そんなことを考えていた。


 季節は、春。  

 目の前には、満開の桜が風に揺れている。

 花弁がひらひらと舞い落ち、幻想的な風景を作り出していた。

 

 髙野宮の広大な敷地には桜が多く植えられている。毎年春になると、ここで花見をしながら春の訪れを祝うのだ。俺も幼い頃から、この花見に呼ばれていた。髙野宮の桜は本当に綺麗だ。


「貴弘君、そっちを持って引っ張ってくれるかい?」


「了解です」


 和彦さんにそう言われて俺は即座に頷く。如何にも高級な緋毛氈を大きな桜の木の下に広げた。


「こっちはこんな感じで良いですかー?」


 振り返ると、圭一が野立傘を設置している。圭一は婿入りした俺を気遣ってか、頻繁に髙野宮邸に遊びに来てくれるようになった。まあ、小学生の頃から俺を通して、髙野宮邸に何度も遊びに来ていたので訪ねて来やすいと言うのもあるのだろう。

 今回の花見は、俺から圭一を誘ったのだ。やはり、気の置けない友人がいた方が楽しい。

 

「うん。いい感じだね。ありがとう、圭一君」


 和彦さんは満足気に頷く。和服を着ていると、ひとつひとつの動作が洗礼されて見える。ダンディーさが迸っている。


 縁台を用意し、野立傘の下に設置。そこにも緋毛氈を敷いて、こちらの準備は整った。


「……あなた、お待たせ致しました」

 

 その声に振り向くこと、そこには淡いピンクベージュの地に、菊や牡丹、桜、波文などが描かれた着物を身に纏った撫子が立っていた。手には風呂敷で包んだ重箱を持っている。


「撫子、ご苦労さん」


「あなたもご苦労様です」


 俺は側まで寄って、重箱を持ってやる。

 撫子は、嬉しそうに微笑んだ。


「あら、本当にお熱いこと」


「お母様、撫子姉様と貴弘義兄様はご結婚されたばかりですもの。それに、お熱さで言うとお母様とお父様も人のことは言えないかと」


「うふふ、これは椿さんに一本取られてしまったわね」


 撫子の後ろから、そんな会話が聞こえてきてげんなりする。俺は頭を撫で付けて、小さく溜め息をひとつ。


 落ち着いた紫の紬地に、唐花が描かれた着物の女性は撫子の母親、髙野宮桔梗さん。二人の大きな子どもがいるとは思えない若々しい美貌を湛えている。今一体何歳なんだろう。そう疑問を持ち続けて早、15年。未だに怖くて年のことは聞けていない。


 そして、その隣には、鮮やかな赤地に桜、楓、牡丹が可愛らしく描かれた着物を纏う撫子の妹、髙野宮椿が立っていた。


 背中まで伸びたストレートの黒髪を編み込み、ハーフアップにしている。凛としつつも、優しげな面持ちをした少女だ。


 椿はこの春から高校生になった16歳。勿論、入学した学校は俺たちの母校である聖深学園である。その優秀さ故に、入学して早々監督生の候補として名前が上がっているらしい。何より、椿は伝説のグロリア・フロス髙野宮撫子の妹だ。注目度が低いわけがない。


 桔梗さんと椿、タイプは違えど、文句なしの美人である。女王様然とした撫子は完全に母親似、逆に椿は和彦さんに似て穏和な大和撫子といった雰囲気。


「先生、野点籠もご用意致しました」


「お父様、和菓子とお酒もここに」


「ああ、ありがとう。桔梗、椿」


 労るように和彦さんが二人に声をかける。桔梗さんが和彦さんのことを「先生」と呼ぶのは、元々二人が教師と生徒の間柄だったかららしい(勿論、外ではきちんとした呼び方をしている)。詳細は知らないが、大恋愛の末結婚にいたったのだとか。その話は長くなりそうなので、また別の機会で聞くとしよう。


 それにしても、普通の教師であった和彦さんが今や髙野宮グループの会長である。俺もそうだが、つくづく人生とは何が起こるか分からない。


「まぁ、圭一お兄ちゃんっ!」


 そんなことを考えていると、椿の嬉々とした声が聞こえた。


 俺の後ろに立つ圭一を見つけた椿は、キラキラと目を輝かせた。そして、満面の笑みを浮かべながら、圭一の側へ早足に歩み寄った。


「お兄ちゃん、今年は来て下さったのですね! お兄ちゃんと一緒に花見ができるなんて、私とても嬉しいです!」


 肩を揺らして、嬉しさを全身でアピールする椿。圭一は笑って、頷いた。


「椿ちゃん、ありがとう。……タカ、本当に椿ちゃんは良い子だなぁ」


「ああ、そうだな」


 圭一は噛み締めるように言葉を発する。発言がもはや孫に対するお祖父ちゃんの言葉じゃねぇか。取り敢えず、素っ気なく相づちを打っておいた。


 


 ***




「……さて、そろそろ始めようか」


 和彦さんの一声を聞いて、俺たちは緋毛氈に上がった。てきぱきと女性陣が重箱を開いて、膳を置いたりと用意に取りかかる。数分して、準備が整った。本当に仕事が早い。


 俺がお猪口を持つと、撫子はすかさず徳利を持って日本酒を注いでくれる。回りを見ると、同じように桔梗さんが和彦さんに酒を注いでいた。


「圭一お兄ちゃんには、僭越ながらこの椿が御注ぎいたしますね。さあ、どうぞ一献」


「っとと、椿ちゃん、ありがとな」


 椿は圭一に笑顔で酒を振る舞う。圭一は嬉しそう。一人っ子で、兄弟が欲しかったらしい圭一は、昔から本当の妹のように椿のことを可愛がっている。椿もそんな圭一を兄のように慕っているのである。


(いや、待てよ……。義理とは言え、俺が兄なんだが? だってのに、圭一と俺とでは対応に差が明確にある気がする)


 俺はこっそり、隣の撫子に耳打ちする。


「なあ、撫子。椿はなんで俺が『おにいさま』で、圭一が『おにいちゃん』なんだ。俺の方が付き合い長いのに、おかしくないか?」


「……椿も髙野宮の女ですから」


 ……全く、答えになっていなかった。


 首を捻る。

 撫子はそんな俺の様子を見て、苦笑した。

 更に、解せぬ。


 俺はモヤモヤとした雰囲気を誤魔化すように、頭をかき上げる。そんな俺を尻目に、和彦さんはお猪口を掲げ音頭を取る。


「取り敢えず、固いことは抜きにして今日は楽しんで食べて飲もう」


 そんなこんなで、髙野宮家の花見がスタートしたのであった。



 

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