同窓会に行こう③





 同窓会の二次会はカラオケだった。

 俺はそこまで歌うことは好きじゃない。しかし、流石にこの場の空気を読んで当たり障りのない曲を歌うことにした。苦手ではあるが、音痴ではない……と思いたい。

 

 歌い終わると、即座に左隣の圭一にマイクを渡す。圭一は苦笑しながらマイクを受け取った。


「お前、相変わらずカラオケ苦手なんだな」


「俺には歌の才能がないんだよ」


「タカは低音ボイスだから、歌うと結構良い感じだぜ?」


「……何で疑問系なんだ。そこは断言しろ」 


 悪い悪いと笑う圭一。全然、悪びれていなかった。


「はぁ、もう良いから圭一歌えよ。で、曲は何入れるんだ?」


「ああ、じゃあリトルクロウの新曲を頼む」


「了解」


 圭一のリクエストを聞いて、タブレットで曲を検索する。リトルクロウは、圭一が好きなバンドだ。そこまでメジャーではないが、逆にそこが良いらしい。自分の好きな歌手が有名になると、複雑な気持ちになるタイプなのだろうか。


 曲が流れ始める。


 アップテンポの曲調。


 自然と手拍子。


 声を張って。


 歌う。歌う。歌う。


 圭一のイキイキとした顔に思わず笑みが溢れる。回りも楽しそうに合いの手をいれていた。圭一は人を引き付けるような歌を歌う。歌手になったら、大成するのではないかと密かに思った。

 


 

 ***




 3時間歌いに歌って、最後の一巡が終わった。

 そろそろお開きか。荷物を纏め始める。


「そう言えば、なで子ちゃん一回も歌ってなかったねっ。一曲ぐらいなら、まだ大丈夫だよ。何か歌う?」


 清水は思い出したように、俺の右隣に姿勢良く座る撫子を見つめた。というか、なんだその「なで子ちゃん」って呼び方は。いつの間にそんな仲良くなってたんだ。


「か、和ちゃん。ほら、撫子さん歌苦手かもしれないし。あんまり、強要しない方が……」


「山田さん、お心遣いありがとうございます。でも、ここまで着いてきて、歌を歌わないのは少々不躾でしたね。一曲だけ、歌わせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 委員長の言葉をやんわり否定して、撫子はマイクを手に取った。


「おっ、いいね! なで子ちゃんやる気だねぇ!」


 それを見て、清水は嬉しそうに笑った。楽しいことが何より大好きなのは相変わらずだ。


 撫子が選んだ曲は意外にも最近のJPOP。女性から多く支持を集めるラブソングで有名な歌手の歌だった。撫子もこんな歌を歌うんだな。何か懐メロとかのイメージだったわ。


 曲が流れ始める。カチリと、マイクのスイッチをオンにする音が部屋に響いた。

 

「……では、参ります」


 そんな堅苦しい宣言をして、撫子はそっと息を吸う。


 たった一声。

 それで、もう心が奪われた。

 透き通った声。

 それでいて、深みがあり可愛らしく、何より美しい。


「……なで子ちゃんすごい」


 清水が漏らした言葉は、この部屋にいる全員の心を代弁していた。俺も口を開けて、撫子を見やった。

 

 圭一は人を引き付ける歌を歌うが、撫子は人を魅せる歌を歌う。漁師を歌で誘い、海に引き摺り込んだ伝説の魔物、セイレーンはこんな歌を歌ったのだろうか。神話なんて録に知らない癖に、そんな馬鹿なことを考えていた。


 


「――――――あなた?」


 気付けば、撫子は曲を歌い終えていた。マイクを片手に、俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。


「……あ、ああ、大丈夫。何でもない」


 そう言って、俺は撫子からマイクを取ってスイッチを切った。そう? と、首を傾げる撫子。


「なで子ちゃん、すごい! 上手すぎて思わずフリーズしちゃった!」


 清水は立ち上がって、机越しに撫子の手を握ってブンブン上下に振る。


「和ちゃんっ、あんまり振りすぎちゃ駄目だよぉ」


「あっ、ごめんごめん」


「ふふっ、いいえ。大丈夫ですよ」


 ふんわりと微笑む撫子を尻目に、圭一は俺の耳元で囁いた。


「髙野宮さんって、本当に何でもできるよな」


「確かに、大抵のことはそつなくこなす奴だな」


 頷く。


 撫子は天才肌で、何をさせても期待以上の結果を残す。


「……お前の奥さん、ちょっとスペック高すぎだろ」


「綺麗な声だったから、僕眠たくなっちゃったよぉ」


 俺をそんな目で睨むな、俊文。

 あと誠、寝るな寝るな。


「言っとくけどな、撫子は天才だが万能じゃねーんだ。例えば、怖いものにめっぽう弱くて、ホラー映画を見た日にはひとりでトイレにも行けなくなる。苦手なものはないってすました顔をしてるけど、香草類が嫌いで、ベトナム料理に乗ってるパクチーを食べたときは涙目になってたな。まぁ、それでも残さず食べきったところはすごいと思うが。あと、ゲームも全くできない。レース物のゲームをすると運転に合わせて、身体を傾けちゃうんだぜ。それから……」


「――――た、貴弘さんっ!!!」


 大声で、止められた。

 撫子は顔を真っ赤にして、俺の腕をペシペシと叩いてくる。


「痛っ、地味に痛い! お前、いきなり何すんだよ!」


「貴弘さんこそ、一体何をおっしゃってるのですかっ!」


「何って、お前のことを分かってもらおうとしてるだけだが?」


 首を傾げる。


 撫子はぐっと、唇を噛んだ。恨めしそうに、上目遣い。


「ううっ、そんな妻の恥を晒して、貴弘さんは楽しいのですか」


「……恥? 何言ってんだ。俺の嫁に、恥ずかしいところなんてないだろ。ただ、俺はお前が完璧超人じゃなくて、ただひとりの女の子だって言いたかっただけで」


「――――――っ!!!」


 声にもならないとでも言うように、撫子は珍しく地団駄を踏んだ。


「また始まったよ……」


「圭一、これ毎回なのか?」


「こうなると、暫く止まんないから諦めろ。俊文、俺取り敢えずトイレ行ってから、飲み物取ってくるわ」


「ふわぁー、じゃあ僕はちょっと横になってるね」


「オッケー。ねっ、綾ちん。面白いから1時間延長して、一緒に観戦してよっ!」


「か、和ちゃん、観戦ってそんな駄目だよ!」


 ……どうしてこうなった。


 俺は林檎みたいに頬を染めて、「貴弘さんは、昔から無自覚すぎるんです。あの時も……」と、くどくどと文句を言う撫子に、俺はひたすら頭を下げる。下手に言い訳をすると、この時間が長引くだけだ。



 俺は同窓会に来てしまったことを、心の中で後悔するのであった。


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