同窓会に行こう②





 撫子が清水や委員長と楽しそうに話をしている隙に、俺は圭一に耳打ちをする。


「……圭一、何でわざわざ撫子を迎えに呼んだんだよ。俺、別に吐くくらいベロンベロンに酔ってた訳じゃないだろ?」


「そんなの、面白いからに決まってんだろ」


「おい、待てこら」


「……ってのは、まあ半分冗談」


「半分は本気なのかよ」


 げんなりして、肩の力が抜ける。

 圭一はそれを見て、意地悪く笑った。このあほんだらと、小声で慎みながら罵倒してみる。圭一はやれやれと首を振った。いちいち腹立つな。


「まっ、本当のところは、髙野宮さんに頼まれたんだよ。折を見て呼び出して欲しいってな」


「はぁ!? 撫子がか? 何でだよ」


「そりゃ……この同窓会に綾ちゃんが参加してるからだろ」


 委員長が参加してるから?

 それと撫子がどう関係しているのたろうか。瞬き、首を傾げる。


「……タカは本当に鈍感だな。流石だぜ」


 嫌な感心のされ方だった。圭一は手を振って、どうしようもないなと呟いた。


「ほれ、綾ちゃんってさ、お前の初恋の人だろ」



 ――――フリーズ、した。



 呆然と固まる。


 再び動き出すのに数十秒の時間を有した。


「……いや、いやいや、何だそれ」


「旦那の初恋の人が同窓会に来るんだ。髙野宮さんからしたら、面白くないんだろ」


「もう撫子と結婚してるんたぞ? 今さら俺が、委員長とどうなる訳ないだろ」


 圭一が言うように、俺の初恋は委員長だ。


 小学2年から同じクラスになった委員長。あの小動物染みた可愛らしさが、守ってやりたいという庇護欲を掻き立て止まなかった。弱いくせに、いつも一生懸命で何より優しいところが好きだった。


 でも、実際は怖がられていた節があるし、小学生の俺が告白なんて出来るわけもなく、結局卒業するまで友達止まり。というか、委員長とどうかなってたら撫子と結婚なんてしてないっての。


「まぁ、こればっかりは仕様がないな。乙女心ってやつだよ」


「止めろ。乙女ってやつに俺は良い思い出がない」


 乙女は清らかで、貞淑で、そして何より苛烈だからな。

 

「しっかし、委員長のこと何で撫子が知ってんだ? 初恋云々もそうだが、今日委員長が参加するとか……」


 圭一は俺の言葉に重々しく頷いて、てへりと舌を出した。


「お、お前かぁーー!」


「いや、悪い悪い。前、お前ん家に遊びに言ったときに、酒の勢いでつい口を滑らしちまった。その節は、御免なれ」


 圭一が遊びに来た日ってことは、2週間前のあん時か。

 道理でその日の夜、撫子がクソ激しかった訳か。いろんな意味で死ぬかと思ったわ!


「……お前のあることないこと、捏造して椿にチクるからな」


「ええっ、椿ちゃんに!? 馬鹿、俺が嫌われたらどうすんだよ!」


 抗弁は却下します。


 圭一は、椿……撫子の妹を自分の妹のように可愛いがってるので、これが一番きく。ぐぅ、と唸り声を上げる圭一。俺は鼻で笑ってやった。


「あなた、木村さんと何を楽しそうにお話しされていらっしゃるの?」


 清水と委員長もきょとんと俺たちを見つめている。途中から声のボリュームが上がってしまっていたらしい。

 詳しい内容まで聞かれてなかったみたいで、ほっとする。


「別に楽しいことじゃねーよ」


「そうかしら? じゃれているようにしか見えなかったけれど」


「俺は犬か」


「あなたが犬なら、きっとシベリアンハスキーね。顔がそっくりですもの」


「じゃあ、お前はロシアンブルーだな」


「あら、犬ではないのですね?」


「お前は断然、犬より猫だ。気位高そうだし」


「……どういう意味かしら」


 ツンと不満そうに眉をひそめる撫子。だから、そういうとこが猫っぽいんだよ。とりあえず、頭を撫でて機嫌取っておく。撫子は唇を微かに緩めた。


「ねぇ、木村君、日野君と撫子さんっていつもこんな感じなの?」


「ああ、昔っからな」


「昔からイチャイチャかー」


「砂糖吐きそうなくらいな」


「だねー」


 圭一と清水、分かりあったように頷くな。俺は断じて、バカップルじゃない。


「でも、まさか貴弘君が一番早く結婚するとは思ってなかったよー。ストイックなイメージだったからさぁ」


「俺には女など要らぬ! 煩悩退散、喝っ! とか、そんな雰囲気だったもんな。まぁ、その裏でこんな美人を捕まえてたんだが……この裏切り者っ!」


「おい、誠は良いとして、俊文。お前どんなイメージを俺に抱いてくれちゃってるんですか。とりあえず、表でろや」


 親指を立てて、出入口を指す。

 

「ひ、日野くん、落ち着いて、ねっ」   


 ビクビクと、俺の顔色を伺う委員長。ちっ、委員長に感謝しろよ。俺は委員長に冗談だと笑って見せた。


 腕を軽く引かれる。何か言いたそうな顔をしている撫子。俺は撫子に耳元を近づける。


「……貴弘さんは、私の旦那様よ」


 撫子は俺にしか聞こえない声で囁いた。彼女の視線の先には、委員長がいる。嫁の可愛らしい嫉妬に思わず笑みが溢れた。


「ああ。ちゃんと分かってるよ」


 そう、なら良いの。

 撫子はすました顔をして、身を離した。


(……やっぱり、撫子は犬じゃなくて猫だな)

  

 俺の嫁さんは、やっぱり猫だった。


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