第20話 三人寄ればなんとやら



「……で、どうしたら良いと思う?」


「いつになく突然だな」


 放課後、生徒会室に押し掛けた俺に、高円寺は困ったように眉をひそめた。彼女はペーパードリップで入れたコーヒーを机に置き、俺にソファーへ座るよう促す。


「私も万能ではなくてな。すまないが、一から説明して頂けるかな?」


「あー、その定期演奏会のご褒美で、デートに連れて行って欲しいと撫子に言われたんだ。でも、そもそもデートってどこ行けば良いんだ? 検討もつかん。そんな訳で、高円寺の意見を聞きたいんだ」


「……なるほど、理解したよ」


 高円寺はコーヒーを一口飲んで、ため息を吐いた。凛とした雰囲気を湛えた表情が、小さく歪む。不運に遭遇したと言わんばかりの哀愁漂うその姿は、さながらハードボイルド小説の主人公のようだった。


「……全然関係ないけど、お前コーヒーとか飲むんだな。緑茶のイメージだったわ」


「……ん? ああ、なるほど。私の実家が茶道の家元だからそう思ったのだな。……実は言うと、私はコーヒー派なんだ。この場所ぐらいでしか、コーヒーを嗜むことができないのでな。できれば、多目に見て欲しい」


 好きなものも大手を振るって楽しめないなんて損な人生だ。どうしてやることもできないが、ここでぐらい好きに振る舞って欲しい。


「気にするな。ケチつけるつもりもない。……お前も大変だな」


「……うん、助かる。本当に気遣い痛み入るよ」

 

 憐憫の念を込めた俺の言葉に、高円寺は苦笑しながら頷いた。それから、思案するように顎に手を当てる。


「しかし……逢い引きか。すまないが、私もそういった経験がないんだ。こればかりは助言できそうもない」


 一様、私にも許嫁がいるのだが、と高円寺は遠い目をした。その呟きを俺は全力で聞かなかったことにした。ツッコむと絶対にめんどくさくなるのは、目に見えて分かる。そういう危機管理能力には自信があった。


 脳裏に優美に微笑む撫子の姿が浮かんだ。ああ、お前のおかけで、否応なしに鍛えられたんだぞクソッタレ。


「そっか。なら、しょうがないな」


 一番頼りになる高円寺が駄目か。思わず肩を落とす。そんな俺を見かねたのか、高円寺は努めて明るい声音で話しかけてくれた。

 

「……だが、助言はできずとも、協力することはできる。何、三人揃えば文殊の知恵というやつだよ。こういう話題が得意そうな者が1人いる」 


 任せてくれ、と高円寺は満足気に笑った。




 ***




 高円寺に連れられ、アイリスの校舎の談話室に入る。

 そこには、一人ティーブレイクをしている金髪の少女がいた。

 

「モーガン、お前かよ」


「……あら、出会い頭に失礼でなくて?」


 紅茶をソーサーに置いて、モーガンは憮然とした声を出した。まあまあ、と高円寺がそれを宥める。


「ご機嫌ようアンジェリカ。ティータイム中、すまないな」


「ご機嫌ようムラサキ。……ああ、まだ要件は言わなくて結構。とりあえずお掛けになってくださる? 話はそれからだわ。ちょうどアフタヌーンティーを嗜んでいたの。ご一緒にいかがかしら?」


 モーガンは矢継ぎ早にそう言って、紅茶を入れ始める。最初から返事など求めていないようだった。俺が拒否をすることを見越しての行動だろう。ちっ……流石に学習したか。


 俺と高円寺は言われるままに、腰掛ける。それを見て、モーガンは微笑んだ。ソーサーに紅茶が置かれる。芳しい匂いが鼻を掠める。


「さぁ、スコーンも一緒にどうぞ」


「ああ、悪いな」


「ありがとう、アンジェリカ。頂こう」


 そう言うと、高円寺はスコーンを手で上下2つに割ってジャムを塗り込んだ。それを上品に食べる。


「えっ、手掴みで食べていいのか?」


「ええ。むしろそうするのがマナーなの。はしたなく見えるかもしれないけれど、日本人が麺を音をたてて啜るのと同じことよ」


「……そう言うもんなのか」


「ふふっ、そう固くならないで楽しんで下さいな。ミスターヒノ、紅茶を飲むときはとびっきり幸せでなくてはいけないわ」


 モーガンは優雅な動作でソーサーを持って、紅茶を口に運んだ。すごく様になる。


「……さて、そろそろご用件をお伺いしようかしら」


 そう言われて、俺は本来の目的を思い出した。


「あ、ああ、その、お前に撫子とのデートの助言を貰いたくて」


「まぁまぁ! あの定期演奏会での約束ね! ふふっ、任せて下さいな。このアンジェリカ・モーガン、全力でお助け致しますわ。そんなおもしろい……もとい、素敵なこと放っておけないもの!」


 モーガンは胸を張って、そう言い放った。

 おい、顔にやけてるぞ。完全に面白がってるだろこのお嬢様。


「なぁ……高円寺、ほんとこいつで大丈夫なのか?」


「ははっ、大丈夫だ……たぶん」


 高円寺は乾いた笑みを浮かべた。たぶんって何だ、たぶんって! もうこの時点で雲行きが怪しいんだけど。不安しかない。



 

 ***



 紅茶を一通り飲んで、一息つく。

 モーガンはナフキンで軽く口元を拭き、俺に向かって微笑みかける。


「さて、デートについてでしたわね。レクチャーして差し上げますわ」


「お、おう、頼んだ」


「まず、そうね。最初はあまり騒がしいところは止めた方が無難かしら」


「なんでだ? 遊園地とか動物園とか人気だと思うけど?」


「付き合って間もないカップルならそれもありかもしれないわね。何故って、騒がしければ沈黙も気にならないからよ」


 思わず首を傾げる。


「いや、俺も撫子と付き合って間もないけど……」


「貴方たちは、10年来の幼馴染みでしょう? 今さら沈黙に気まずさを覚えることもないはずよ」


 確かにそうだ、と感心して頷く。俺にとって撫子は空気のように居てて当たり前の存在。黙っていても繋がり合える、そんな関係。改めて言うと、妙に気恥ずかしいな。あー、うん。これ以上考えるのは止めよう。


「そうね……できれば静かな場所。ゆっくり恋人との時間を楽しめる、そんなところよ。日本の夏の厳しい暑さと日差しは、乙女の天敵だわ。できれば室内、もしくは夜……」


 モーガンはなぞるように言葉を重ねていく。

 紅茶さえ絡まなければ、監督生に相応しい才女だ。きっと脳内で様々なプランを思い描いているのだろう。


「……夜。夜、そうよ。夜だわ! ねぇ、ムラサキ。この近くにプラネタリウムが見れる場所はあったかしら?」


 高円寺は問いかけられ、考え込む。しかし、それも長くは続かなかった。


「……ここからだと寺地科学館が一番近いのではないだろうか。バスで15分もあれば行けると思う。確かにあそこは規模もそこまで大きくないから、休日でも人が少ないはずだ」


「Excellent! 決まりね!」

  

 モーガンは目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに手を叩く。俺はその姿を呆気に取られながら見詰めていた。


「さぁ、場所が決まったところで次の段階に移りましょうか」


「いや、俺は場所に悩んでただけで、それ以上は別に……」


「Zip your lips,OK?」


 口を閉じろと、手を横に引くジェスチャー。はい、黙ります。だって目が笑ってないんだもん。普通に怖い。


「嫌というほど、恋のいろはを叩き込んで差し上げます。でもまず、英気を養うために紅茶のおかわりを入れましょう」


「あっ、おかわりは別にいいんで」


 即答。


 もはや条件反射に近かった。よし、今度は勝ったぞ。何と戦ってるかは自分でも分からない。


「紅茶のおかわり……うぅっ」


 モーガンは、しゅんと壮大に肩を落とした。





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