第10話 四重奏のハーモニー
「……で、結局モーガンは何を弾くんだ?」
「ヴィオラよ。こう見えても幼い頃から嗜んでいたの」
そう言ってモーガンはソーサーに乗せたカップを机に置いて、傍らのヴィオラケースを掲げた。
「……なるほど。ちなみに
「ミスターヒノ、訂正があるわ。三重奏ではなく、
「四重奏? じゃあ、あともう一人いるのか?」
「ええ、そろそろ来る頃だと思うのだけど」
そうこう言っていると、音楽室の扉が音をたてて開いた。
視線を向けると、そこには艶やかな黒髪をポニーテールにまとめた高円寺紫が立っていた。意思の強そうな凛々しい顔立ちだ。相変わらずお堅そう。
「ご機嫌よう。……すまない。遅れてしまった」
「ご機嫌よう、ムラサキ。大丈夫よ。だって、ムラサキには生徒会の仕事があるのですもの」
「アンジェリカ、そう言って貰えると助かるよ」
モーガンの言葉に、高円寺は爽やかに笑った。こいつ女子に人気があるんだよな。確かに、言葉遣いや立ち振舞いがそこいらの男よりもイケメンだ。
俺の視線を感じたのだろう。高円寺はこちらに目を向けて、何故お前がここにいるの? という顔をした。それから遅れて、俺の横に寄り添う撫子の存在に気付き、心得たように静かに頷いた。
「……アンジェリカ。日野で髙野宮嬢を釣ったな」
「あら、聞こえが悪いわね」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきたぞ。
「おい、高円寺どういうことだよ?」
「何、簡単なことだ。髙野宮嬢は今まで何度も定期演奏会のお誘いを受けていたが、全て断っている。放課後に練習があれば、日野と共にいる時間が減るからな。だからこそ日野を経由して、髙野宮嬢に誘いをかけたのだろう?」
「……モーガン。お前、俺が撫子の蕾だと思っていたからって、言ったじゃねぇか」
モーガンは澄まし顔。優雅な動作で、頬にかかる髪の毛を払った。
「それは嘘ではないわ。本当にそう思っていたのよ? ただ、それ以外の意図があったことは認めるわ」
「この策士め」
「人聞きの悪いことを言わないで頂けるかしら。策謀を巡らし、駆け引きをするのも乙女の嗜みのひとつだわ」
なにそれ怖い。
そういや撫子も乙女は苛烈だとかどうとか言っていたな。
「……お前たちの乙女の定義はどうなってるんだ」
「ミスターヒノ、Cool heads but Warm hearts. 冷酷な頭脳に温かい心、乙女とはそういうものよ」
「解せぬ」
心底納得いかないが、考えるだけ無駄かもしれない。乙女心なんてきっと一生かかっても男が理解することはできないのだろう。
気を取り直して、俺は高円寺に問いかける。
「ところで、高円寺は何の楽器を演奏するんだ?」
「私か? 私はチェロだな」
「あー、なるほど。ぽいな」
逆に高円寺が華やかさと澄んだ音色を出せる楽器、例えばフルートなどを吹いている姿は想像できない。こうシックで低音の楽器のイメージ。
俺の言葉を聞いて、高円寺は眉をひそめた。
「むっ、それはどういう意味だ?」
「あー、その。えっと」
「……チェロは優雅さと情熱を合わせ持つ楽器ですから、紫にぴったりよ。ねぇ、そう言うことでしょう、貴弘さん?」
撫子がすかさず俺をフォローする。
ナイスアシスト。
「まぁ、そんな感じだな。それより、4人揃ったんだから、一緒に演奏してみたらどうだ?」
「あら、そうね。紅茶も香り高く、何より調和が大切だわ」
お前は何がなんでも紅茶に例えないと気がすまないのか。いい加減にしろ。
「スムーズに、そしてエレガントに。早々に演奏を合わせてファイブオクロックと致しましょう。スコーンも用意しております。そして何より、最高の紅茶を入れてさし上げますわっ!」
「もうそのくだりは本当に良いんで……」
「ううっ、ミスターヒノは紅茶に何の恨みがあるというのですか」
「特にないけど、遠慮しとくわ」
意味が分かりませんと、モーガンはいまだかつてないほどしゅんと肩を落とした。さっきから、しゅんしゅんしすぎだ。紅茶が関わると打たれ弱すぎだろ。
そんなことを考えていると、撫子が握った手を控えめに引っ張って囁いた。
「貴弘さん、紅茶ぐらい付き合って差し上げたら良いではないですか。それでも断ると言うのなら、私が手ずからスコーンを食べさせてあげるわ」
「よし、分かったっ! アフタヌーンティーでも、ファイブオクロックでも何でも付き合う。ただし、スコーンは自分で食べさせてくれ!」
「本当ですか!? やりましたわ。ほら、早く演奏を始めましょう!」
俄然やる気を出すモーガン。
こら、ヴィオラを振り回すな。危ないだろうが。
「ふふっ、残念。手ずからは、また次の機会にでも」
そんな言葉が横から聞こえてきたが、聞こえないことにした。
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