それぞれの戦い


 ーーアルスーー


「———作戦開始」


 自分がそう言うと同時に眼下にいる兵たちが走り、魔術を起動し、各々に課せられた使命を果たさんと動く。


 魔術で兵の移動音などは消えていて姿も敵からは見えていない。完全なる奇襲。宣戦布告なんて優しいものはこの世界にはない。


 それでも感知力が高い一部の悪魔が違和感に気づく。


 ここが自分の出番だ。


『命ずる——自害せよ』


 たった一言、それが悪魔たちの身体を縛る。命じられたままそれぞれが自分の命を散らしていく。


 その混乱に乗じて兵たちが進軍していく。敵兵全てを殺す、という目的を胸に駆ける。


「さて、私は次の仕事まで待機ですかね」


 逐一送られてくる情報を処理しながら私は戦場を離れた。


 

 ーー優里ーー



 魔王様から貰った命令に従って私は一人の勇者と相対していた。


「悪魔たちが死んだ……!?」

「悪魔の王を敵にしてる自覚はなかったのかな、君たちには」

「……どうせ期待していなかった戦力だ、そう被害ではない」

「随分と切り替え早いね」

「ところで貴様は何なのだ」

「ん?——殺しにきたに決まってるじゃん」


 パチリ、とウィンクをする。


「……こ、れは」

「瞼を閉じる行為はカメラのシャッターを切るのと似てるのよね」

「……」

「カメラは世界を切り取って写真として保存する、その行為は世界の固定って解釈ができるの」

「どう、い……う」

「理解できなくてもいいよ、貴方はこれから死ぬ。それだけだから」


 歩いて距離を詰める。何をしようとこいつ程度の力では私の魔術を破れない。例え神核を持っていても使用できなければ意味がない。


「く……そ!」

「じゃあね。同郷の勇者くん」


 スッ、と抵抗なく私の腕が彼の身体を貫く。心臓を貫き背中まで貫通した腕を起点に用意していた魔術を起動。


「《葬送フューネラル》」


 最後の悲鳴も、言葉もなく名もしらない勇者は命を落とす。同時に現れた神核も破壊し私のミッションは終了。


「……次はいい世界に生まれれるといいね」


 そう残して私は転移で魔王場へと帰還した。



 ーーエキドナーー


「じゃ、みんながんばれ~」


 数十の魔術を起動して兵士に強化を施す。瞬間明らかに勢いの変わった兵士たちが都市内部へと侵入していき、敵兵を次々に殺していく。


 私は死んだ兵を探知魔術で認識し、死霊魔術を発動。


「死んでからも働いてもらうからね」


 ゾンビになった兵士がこちらの戦力として動き始める。死んだ敵の肉体は死兵として、精神や魂といったリソースは次の魔術の材料として全て頂く。


 魔王軍の敵になった時点でもう人権や尊厳なんてものは存在しない。死んでも働かされ、作戦が終われば捨てられる。この世界は強者が絶対、強さが正義なのだ。その頂点が私たちの王様。


「ほんと、バカだね」


 かわいそうなものを見るように同情する。自分の意思があれば、この世界を正しく理解していればこんな無意味に命を散らさずに済んだのに、守るべきものを守れたのに。寝返らずとも逃げるだけでよかったのに。


 こういう戦闘をするときはいつもそうだ、に重ねてしまう。


 感情を殺したまま私は魔王様の指示通りに魔女としての役目を果たしていった。



 ーーイリヤーー



「ええっと……これはエキドナに……こっちはアルスに……」


 次々と流れ込んでくる情報を整理して必要なものを必要な人へと流していく。


 頭がパンクしそうになるのを補助魔術でカバーしながら仕事をこなす。


 私はいつもこうだ、戦闘はできないけどこの力のせいでいっつも大変な目にあう。魔王様からのねぎらいはうれしいし、褒美もありがたいけどほんとは働きたくない。元々敵だったんだしこんなことしなくていい。けどこうして私を頼ってくれるうちは頑張ろうと思ってしまう。


「ほんと私ってちょろいよね!」


 優里から教えてもらった言葉で悪態づく。


 その瞬間だった、ズキン!と右目に激痛が走る。


「あっ……!」


 それは私が見てはいけないモノ、この触れてはいけない圧倒的な上位存在。


 作戦開始から僅か十分にしてそれは現れた。


 勇者の肉体を借りたが。



 ーー和樹ーー



「神が五体——!?」


 イリヤの観測した情報と戦場を写す映像を確認して認識する。明らかな異常事態、けどこれで敵側の目的も謎もいっきに解明された。


 神核を持っていても無事だった理由、それはそもそも神を降臨させるための肉体だったのだ。兵として神を運用する、バカげた戦術だが俺たちを相手にするならそれぐらいはするだろう、いやしなければ勝利はない。


「全軍に告げる!即時撤退せよ!」


 まずは兵の退却、神相手にはそもそも勝てないのだから命を散らす必要はない。


「召喚部隊は遅延行為に努めろ、エキドナはその指揮に移れ!」

『了解』

「アルス、グリザル、優里は出陣し神になった勇者たちを殺せ」

『はっ』

『承知』

『りょうかーい』


 三者三様の返事が返ってくる。神を降臨させた勇者たちは既に単独行動を始めている。一人一体ずつ戦えるというのは助かる、それならば負ける要素はない。


「エキドナには悪いが指揮もそこそこに戦ってもらうぞ」

『そのつもりよ……ところで残り一体は誰が担当するの?』

「……お姫様が既に行ってる」



 ーー咲希ーー



 神の出現を確認した瞬間に体が動いていた。転移を行い目的の神の前にいく。


 降臨者、勇者たちはそういう存在に成り代わっていた。神の意志を淡々と実行し、その神を降臨させる人形に。


「——見つけた」

「あら?どちら様?」

「やっぱり記憶はないんだ」

「記憶……ああ、この身体の主の知り合いで?」

「ちょっとね」


 地球での親友とも呼べるような友人、その体に乗り移った神が話す。


 本当ならどうだっていい、死のうが誰かに利用されようが気にもしない。けど私以外の神に利用されるなら話は別だ、それは許せない。


「私の手で殺してあげる」

風情が生意気言うのね」


 ゴウッ!とそいつから溢れた神力が私を叩く。


 そうだ、今の私はちょっと強い人間だ。けどこういう時の為に開発してきたモノがある。


「《女神変性》」

「……む?」


 肉体が作り替わる、和くんから学んだもの、一時的に自分の肉体を作り変えて本来の状態に戻す行為。


「名前もない下級神に格の違いを教えてあげる」

「その言葉を後悔させてあげますっ!!」



 ーーグリザルーー



「ふむ……降臨者というには他愛なかったですな」

「ぐっ、貴様何者なのだ……!」


 魔王様の指示から僅か一分後、地に伏した元勇者の神を見下ろして呟く。


「貴様には語る必要もないな」

「神たる私を圧倒するなど……ありえない」

「魔王軍幹部とはそういうものだ」

「ありえない……ありえない……」


 魔王軍幹部の中でも戦闘ができるもの……つまりイリヤ嬢を除いた十一人は全員がそこそこの神なら圧倒することができる。過剰戦力と言われてもおかしくはないが元々を目的として作られた軍なのだ。その時にこれぐらい必要だっただけで、今はその名残のようなもの。


「警戒はしていたがこれならば一人で十分だったな」

「……きさまぁ!!」

「ふん——」


 鎌を一振りしてその体を分断する。


「驕った存在に罰を」

「あがっ、あ、あ、あ……あああああああああああ!!!!!!」


 体が闇に包まれて次第に悲鳴も聞こえなくなる。


 闇が晴れた時にはもうそこには何も残っていなかった。



 ーー明日香ーー



 部屋にあるモニターに映る映像を星見先輩と眺める。何も理解できないけどお兄たちが圧倒的に有利なのはわかる。


「すごいね」

「そうですね……」


 二人ともそんな感想しか出てこない。


 そんななか戦況があわただしくなり始める。なんでも勇者たちの身体に神を降臨させたらしい、幹部の人たちや咲希お姉ちゃんが動き対応をしていく。それを眺めていた時だった。


 突如自分の体に強い衝撃が走り部屋の壁まで吹き飛ばされる。


「かはっ……」


 肺の中の空気がなくなり呼吸ができなくなる。お兄に言われて常に身体強化をしていなければこれできっと即死していただろう。


 全身の痛みに動けない私に足音が近づいてくる。


「あれ、これで死ぬと思ったんだけど……君意外と丈夫だね?」

「……だ……れ」

「僕かい?僕はこの身体に降臨した神さ。まさか魔王城に降臨するとは思ってなかったけどね」


 星見美羽がここに連れてこられたのは計算外だった、しかしそれがたまたまいい方向に働いたというだけ。明日香は運が悪かったのだ。


 聖女因子という爆弾は取り除いた、しかし神を降臨させる準備は既に整ってたのだ。勇者として召喚された直後に。和樹も咲希も無意識に全てを弾いていたから知らなかったこと、明日香も二人の処置で降臨への適性はなくなっていた。だから気づけなかった。


「まぁ心臓を刺せば殺せるよね?」


 知っているはずの先輩が知らない顔をする。その手に現れた片刃の剣が怪しく光る。


「じゃあね、ニンゲン」


 無常にもその刃が明日香と牙を剝く。命を奪わんとするそれに明日香は目を瞑り——


「おにい……ちゃん……」



 

「俺の——」

「私の——」

「「妹に何をした!!」」


 明日香を守らんと現れた二人が振り下ろされる剣を防ぎ神を吹き飛ばす。


「あ……」


 一人は大切な兄、もう一人は姉のように慕う人。


 その二人が怒りを露わに明日香の前に現れた。

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