作戦開始までの時間


「なるほど、でしたら私が前線に出た方がよさそうですね」

「アルスふぁいと~」

「イリヤは常に観測し続けてもらうぞ」

「えっ……魔王様それは疲れるからやだ」

「やれ」

「はい……」


 先ほど得た情報を加えて作戦会議を行う。会議というにはあまりにも空気が弛緩しきっているがいつもこんなものだしそんなに気にするようなことでもないだろう。


 現在決定しているものはアルスが前線にでて敵の悪魔たちを無力化させること、イリヤに常に戦場の観測をさせ続けイレギュラーを発見し次第報告させ対応をする、その他幹部で勇者たちの殲滅だ。都市の奪還は兵士たちによる物量作戦で行う。もし俺と咲希が出会ったあの女が出てきたら真っ先に幹部の一人をぶつけて対応をする、あいつの実力は未知数だからな。


 こうして大まかなことが決まってしまえばあとは物量差による殲滅と変わりないのでこちらはそう気負わなくてもいい。


「では私は兵の準備をしてきましょう」

「頼んだ」

「我は予定通り現地の調査を。作戦開始一時間前には報告に参ります」

「ああ」


 アルス、グリザルの二人が会議室を出る。


「んじゃ私も体力を温存しとくね~」

「そうしてくれ、イリヤには毎度負担がかかるしな」

「これが終わったら休暇貰うからね」

「いっつも休暇貰ってるようなものだろ、お前は」


 気怠そうにイリヤが部屋を出ていく。こうして残ったのは俺と咲希、エキドナの三人になる。ほかの幹部は既に全員別の作戦を実行しているかそもそも作戦に参加しないやつもいるのでこの場にはいない。ここにきても一人か二人だろう。


「私もいろいろと準備してくるわ」

「あいよ」


 最後まで残っていたエキドナも部屋を出てついには俺と咲希の2人になる。


「……今日の夜には決行なんだね」

「そうだな」

「勝てるよね?」

「それはもちろん」

「そっか」

「不安か?」

「こういうのは初めてだから」

「なるほど」


 俺は魔王時代に何度も経験していても咲希にはそんな経験はない。当然不安にもなる。


「大丈夫だよ、俺がいるんだから」

「ほんとにぃ?」

「なんだその顔は」

「今の君は幹部の人たちより弱そうだよ?」

「咲希もだろ」

「私は本気だせは強いもん」

「それは俺もだよ」


 だんだんとしょうもない言い争いに発展してお互いをにらみ合っているとコンコン、と扉がノックされる。


『入ってもよろしいですか?』

「どうぞ」


 知っているやつなのは感知すればわかるし特に断る理由もないので部屋に入れる。


「少し報告に参りました」

「何かイレギュラーでもあったのか?」

「そうですね……少しだけ気になることが」


 部屋に入ってきたのは幹部の一人、荒川あらかわ 優里ゆうりだ。遥か昔にこの世界に転生してきてそれからというもの実力を伸ばし魔王軍幹部に上り詰めた実力者だ。ちなみにこいつが非公式ファンクラブの会長だったりする。


「んで、気になることって?」

「はい。先日魔王様が討伐された神獣の死体から神核が発見されなかったことは覚えていますよね?」

「ああ」

「その所在を突き止めたのですが……」

「ですが?」

「今回転移してきた勇者の一人に存在しています」

「……へぇ」


 先日俺が殺した神獣、神の力を使っていたということで神核が存在していると思われていたのだがそれが見つけられなかったのは今でも不安要素の一つだった。今回それが明確に敵側に回っているとわかったが。


 しかし神核を人の身で保有し続けるのはかなり危険な行為だ。俺も咲希もそういう風に生まれるようにしたからこそ保持できているがそうではない勇者が何の代償もなしに持っているとは考えにくい。危険を承知で持っているのか、それとも捨て駒として持たされたのか疑問は尽きないが作戦に少し変更は加えるべきだろう。


「優里、その勇者の位置は把握しているな?」

「はい」

「作戦開始と同時にその勇者を襲撃し、殺害せよ。同時に神核も破壊しろ」

「承知しました」


 それだけ伝えると部屋から出ていき再び二人きりになる。


「ん~……」

「咲希?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事」

「不安な点があるか?」

「勇者が神核を持ってることが納得いかないんだよね」

「そんなにか?」

「普通は所持もできないし、所持した時点で何かしらの代償を受けるはず。けど今の報告だとそんな感じはしないよね?」

「そうだな」

「つまりなんの問題もなく所持できているってことだよ、それはちょっとルールとしておかしいかな」

「何かしらの代償を既に払っている可能性は?」

「それが一番可能性が高いかな。召喚された後、私たちと再会するまでの期間で全員人間をやめてるとか」

「だとしたら俺たちが気づくだろ」

「そっか……んー……」

「咲希はとりあえずその問題を考えとくか?」

「うん、ちょっと集中してくる」


 そういって咲希は部屋を出る。多分俺の部屋に向かったのだろう。


 一人になった俺は今ある情報の整理をする。


 まず今回奪還をするのは自由都市パネラ、事前の調査で一万の召喚された悪魔と五人の勇者、さらに公国兵が五千人。これが自由都市パネラにいる敵戦力。対してこちらは魔王軍兵士一万人、幹部数人、俺と咲希だ。アルスが悪魔を無力化させれること、さらに召喚魔術で戦力差を広げれることから今回はこの人数にしている。それでも勇者たちの相手をできる者は決まっているし、普通に勇者と戦えばこちらが失う戦力も多い。それを考えればまだちょっと物足りないぐらいだ。


 敵戦力で一番の不安要素は俺たちが出会った女だったが神核持ちの勇者を確認したことで不安要素は増えた。


「イリヤに少し頑張ってもらうか」


 イリヤの未来視、これである程度不安要素は消せる。もちろん限度はあるし未来視もそんなに便利なものではない。複数の未来をみて可能性が高そうなものを暫定的にこの後来る未来とするわけだから当然外れることもある。それに未来を視る対象の存在値というものがあり、それによっては未来を視ることすらできない。結局不安要素は消せなさそうだし対応力でカバーするしかないだろう。


 それに他の都市や国にいる敵戦力も監視をしておかないといけない。ほんとは同時攻撃で殲滅をしたいのだが敵が未知数すぎるから今回は一つずつ行くということになったのだ。


「敵の正体を知らなさすぎるな……」


 ある女神を信仰しているという点、これが敵側で最もわからない要素だ。別にこの世界には女神しかいないわけじゃないし、男神だっている。それなのに女神と限定しているのは当然信仰する対象が女神だからだろう。その神の特定もしたいが生憎今の神界の事情には詳しくない。神界に行くことができればいいが今の俺にはそれができない、当然咲希もだ。


 自分たちの弱体化がここまで響くのも辛いところだ。そもそもこんな形で戻るなんて思っていなかったから仕方なくはあるのだが。


「……少しでも自分を強化しておくべきだな」


 そういう結論に至り席を立つ。


 こうして魔王軍は作戦開始までそれぞれの行動へと移っていった。



 ***



 あっという間に時間は過ぎ作戦開始十分前。


 グリザルを始めとした報告も纏まり全員が配置につく。俺と咲希は本陣の魔王場の会議室で写された映像を見ながらこの作戦について思考を巡らせる。


 指揮はアルスが執っていて開始の合図はアルスが悪魔を全て無力化させること。基本俺が干渉することはないしその予定はそもそも作らない。総大将が動く前提の作戦なんて普通作らないからな、俺は部下に任せてどっしり構えとくのが仕事だ。


 と、気を張っていると咲希がメイドから何かを貰っていた。


「あ、和くんも食べる?」

「……なんでケーキ食べようとしてんの?」

「糖分補給だよ」

「……食べるからちょっとよこせ」

「いいよ。あーん」

「ん」


 フォークに刺さったケーキを差し出されたのを食べる。程よい甘さの生クリームが疲れた脳に染み渡っていく。咲希はこれ以上くれる気はないようで1人で残りのケーキを満喫している。なんというか気が抜ける。


「作戦前ぐらい緊張しとけよ」

「私にできることはもうやったからね」

「例の勇者については?」

「今の情報じゃ無理。最速で殺すのが正解だよ」

「そっか……」

「君はまだ悩んでることあるの?」

「いや、同じ学校の生徒だというのに容赦がないなと」

「ああ、そういう」


 俺の懸念を聞いた咲希はスッ、と感情が抜け落ちたように冷たい表情で呟く。


「所詮ただの人間だよ。興味なんてあるわけないじゃん」


 ゾクリと緊張が走る。


 そうだ、俺はこの表情をした咲希が好きなのだ。こんなやつだから好きになったんだ。圧倒的な上位存在が見せるこの顔がたまらなく好きなんだ。


「なにその顔」

「好きだな、って思っただけだよ」

「……変なの」


 僅かに頬を染めて顔を背け、一瞬にして人間らしい表情に戻る。


「ほら、君は作戦に集中するの!」

「ああ、わかってるよ」


 意識を切り替えて戦場に目を向ける。


 作戦開始までもう一分、俺たちがイチャついている間にあっという間に時間が過ぎていたらしい。


『これより自由都市パネラの奪還及び勇者、公国軍の殲滅を行う』


 アルスの声が響く。


 全員の意識が切り替わる、緊張が走り兵たちは握る武器に力を込める。


『———作戦開始』


 日付が変わった直後の深夜、静かに全ての兵が動き始めた。

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