聖女の先輩と再会
訓練室から出た俺たちはアルスについていきながら魔王城の中を歩く。
「ほんと広いねここ」
「その分いろんなとこに転移陣あるけどな」
「そこまで歩くのがめんどくさい……」
「おぶってやろうか?」
「ではお言葉に甘えて……」
一切遠慮も躊躇もせずに咲希は俺の背中に抱き着くようにして乗ってくる。それを受け止めてゆっくりと歩きだす。
「魔王様のそのような姿は新鮮ですね」
「こんなところ普通見せないからな」
「ええ、以前の厳格な姿から想像できませんね」
「ほんとにな……」
こんな姿を見せることなんて今まで一度もなかった。まぁ部下の誰かを背負うことはあったけどそれでも今みたいな状況になることはなかっただろう。
「お兄私もおぶって」
「二人は物理的に無理」
「けち」
「アルスがおぶってくれるってよ」
「……そういう無茶振りはやめていただけると」
「そこはおぶっとけよ」
他愛ない雑談をしながら廊下を歩き転移陣までたどり着く。転移をしたのちに少し歩いて大きめの部屋にたどり着く。耳を澄ませば中から楽しそうな話し声が聞こえてきた、どうやらイリヤは上手く親睦を深めれたらしい。
ノックをして返事が返ってくると共に俺たちは部屋に入る。
「お疲れ様、イリヤ」
「あ、魔王様だ」
「え……桜木くん?」
「……聖女って星見先輩だったんですね」
「君って悪い魔王様だったの?」
「まぁ勇者からすればそうでしょうね」
ベットにいたのは
ということで俺は自分の事情、元魔王ということを話し今ここにいる理由を話す。それ以外は秘密だ、咲希が人間じゃないこととか、俺の転生理由が妻を探すためとかそういうのは。
「なるほどね~……完璧な君にそんな秘密があったんだ」
「はい。ところで先輩、身体の方は大丈夫ですか?」
「うん、イリヤさんに処置?をしてもらってからはすごく調子いいよ」
「それはよかった」
「私の身体ってどうなってたのか説明できたりする?」
「もちろんです。というかそれの説明もしに来たので」
「ありがと」
さて、まずは先輩の身体にあった聖女の資格、”聖女因子”の説明からだ。これは成長すれば後々聖女、という魔王や勇者のような特別な存在になれることを示しているものでこの世界ではこれを持っているだけで教国なんかの宗教要素の強めの国から引っ張りだこだったりする。
では聖女とは何か。聖女とは
と、まずはここまでで大まかな聖女の説明をする。
「理解できましたか?」
「なん……となく」
「それで大丈夫です、では続きを話しますね」
異世界から来た、というだけで聖女因子を獲得して身体は大丈夫なのかという疑問が残っている。なんせ俺や咲希が自分の能力に対して肉体が釣り合っていないという理由で普段は制限をかけているのだからな。簡潔に言うと無事な訳がない。処置をせずに普通に生きていたらひと月もしないうちに死んでいたことだろう。その時は自爆でもさせられるだろうしどちらにせよ碌な未来は待っていない。
というかそもそも異世界転移をしてきた勇者たちは短命なのだ。転生と違って身体や精神、魂の最適化が行われていないし今まで平和な生活を送っていた人間に無理やり能力を与えて、戦わせる時点である程度捨て駒前提の運用をされるようにできている。そんなとこに聖女因子なんてものをぶち込めばどうなるか、なんてのは十分に想像がついただろう。
ちなみに明日香は大丈夫なのか、ということに関してだが俺と咲希で必死に最適化を行ったので心配はない。本人に能力とかはまだ伝えていないけど。
「私めっちゃ危なかったってことだね」
「そうですね」
「なるほどね~……それで最初に自爆魔術を教えられたのかぁ……」
「敵に捕まった時用とか言われたんでしょう?」
「その通りだよ、拷問なんて受けたくなかったし受け入れたけど君の話を聞く限りあれは怪しさ満点だったんだね」
勇者の全魔力を使った自爆なんて町一つぐらいなら破壊できる威力だ、建前は色々あるだろうけど結局はそのところが目的だったのだろうな。
「……私は洗脳とかをされていたってことでいいんだよね?」
「察しがいいですね。転移の際に思考に制限をかけるものを使用されています」
「私たちは文字通り道具ってわけだ」
「はい」
異世界からきた勇者に躊躇なく人殺しをさせるため、思想の制限をさせるためにそういった魔術はよく使われる。そうでもしないと今の世界なんてどちらが悪か明確にわかる状態なんだから反乱を起こされたりしかねないからな。またそれとは別にこの世界に適応できるように倫理観なんかにも少し干渉されている、殺しをスムーズにできるようにするためになどの理由で。
「色々と合点がいったよ……」
「それで先輩はどうしますか?」
「どうって?」
「これから先です。ここに留まるか他のところにいくか」
「……君って薄情だね」
「和くん、そういうとこだよ」
「え?」
「魔王様ってそういうとこあるよね~」
咲希、イリヤ、星見先輩の三人からダメ出しを喰らう。ダメ出しというかあきれられている、そんなに変なことをしたか?
「和くん、ここは強引にでも自分の方に引き込むんだよ」
「いや、先輩の意思があるだろ」
「転移して居場所なし、洗脳されててまともな知識なしの人に?」
「……あー」
「というわけで星見先輩はしばらくここにいても大丈夫です。よね?イリヤさん」
「もちろんよ」
俺のことをスルーして話が決まっていく。確かに今のとこは俺の配慮が欠けてたな……。
「ミウ、落ち着いたらでいいわ。あなた達を召喚した組織について教えて」
「わかった……もう少し後でもいいよね?」
「ええ。貴方の好きな時でいいわ……私たちは移動するけど誰か残す?」
「じゃあそこの三人を」
「りょーかい。魔王様、後はお願い」
「任された」
アルスやイリヤ、治療にあたっていた者が部屋から出ていく。こうして残されたのは元地球住みの四人になる。
「私はもうすぐ死ぬの?」
沈黙を破ったのは星見先輩の声だった。
「いえ、その点は心配ありません。既に治療は終わっているので普通の人間と同じぐらいは生きれます」
「そっか……君たちは大丈夫なの?」
「俺はいわずもがな。咲希と明日香も処置は済ませています」
「お兄が魔王様で助かったよ」
「それはよかった」
ここまで話して再び沈黙が訪れる。なかなか話が弾まない、そりゃこうなるか。
「先輩、他の生徒がどうなったか聞いてもいいですか?」
「そっか、咲希ちゃんたちは知らないものね」
「大部分が死んだことぐらいしか」
「そうよ、仮死状態らしいからまだ死んではないみたい」
そう言った先輩の顔色はあまりよくない。死んでない、というだけなら少しは喜べそうなものだけど……何か事情があるのだろうな。
「生き残った人は多分今頃色んな国や都市を制圧しにいっているでしょうね」
「はい、既に周辺地域は勇者たちによって制圧されています」
「じゃあそこにはもう向かわない方がいいかも」
「それはどういうことです?」
「私たちを召喚した人達の目的を話すわね」
思いのほかあっさりと話し始める。この人は見た目よりも随分強いらしい。
「まず組織の名前は女神教、そう名乗ってたわ」
「女神教……信仰している女神の名前はわかったりしますか?」
「いいえ、それだけは頑なに教えてくれなかったわ」
「そうですか……」
神の名前がわかれば色んな対処のしようがあるが仕方がないか。
「当面の目的は周辺地域の制圧、そして戦力の増加よ」
「それは制圧時に捕まえた人を使うということですか」
「ええ。その人達を使って悪魔を召喚するらしいわ」
「……なるほど」
悪魔を召喚し、その時に捕虜を受肉先にさせるのだろう。それを勇者たちが指揮をする、簡単だが強力な作戦だ。受肉した悪魔が相手ならこちらもある程度兵力を厳選する必要がある。悪魔にも種類があるが魔王軍の兵士であれば受肉済みでも中級までなら一人で討伐できる。ただ上級や、名持ち、逸話持ちの悪魔はそれ相応の兵力がいる。
ただそれは相手が魔王軍ではない、という前提がいる。正確にはアルスを相手にしない、だ。
「召喚したその先は?」
「まだ教えてくれなかったわ、そもそも誘拐されたのはかなり最初のほうだから」
「そうですか、ありがとうございます」
「ううん、少しでも力になれたらよかった」
「はい。咲希悪いが俺は……」
「会議室に行くんでしょ、私もついていくよ」
「ん、明日香はどうする?」
「私はここで先輩と話してるよ、話にはついていけないし」
「了解。んじゃまた後でな」
「はーい」
俺は咲希を連れて部屋を出てそのまま会議室へと歩いていく。道中少しだけ咲希と話す。
「咲希は身体の方の問題はどうにかなりそうか?」
「ん~……この世界で準備できたらね、解除の条件は厳しめにしてるから」
「そっか」
「和くんは?」
「俺は……」
少しだけ悩む。今回のことを考えるなら万全を期して身体をきちんと作っておくべきだろう。けどそうしたくない理由が俺にはある。
「どうしたの?」
「ああ……なんでもない」
「身体、作り変えないの?」
「迷ってる」
「君ならすぐにでも変えそうなのに、珍しいね?」
「ちょっと、な」
悩んでいるような仕草をしながら歩いていると咲希が俺の手を握る。
「君の思考当ててあげよっか」
「ん?」
「成長ぐらいは一緒にしたい、明日香に嫌われたくない、どうせこんなとこでしょ?」
「……なんか使ったか?」
「あれ~?ここは凄いな咲希、って言うとこじゃないの?」
「正解すぎて褒めづらい」
そんな正確に当てれるのかよ、と驚きながら半ばキレ気味に反論する。
「そーだよ……かっこ悪いか?」
「私は君のそういう人間らしくあろうとするところ好きだよ」
「上位存在め……」
「だから好きにすればいいんじゃない?……それに明日香ちゃんが君を嫌いになることなんてよっぽどないよ」
「……そうだな」
こうして俺は咲希に少しだけ慰められながら会議室へと向かった。
こうして弱みを見せれる相手は大事だな、と改めて自覚する。そして俺は咲希にとってそういう存在になれているだろうか?と新しい不安を残しつつ。
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