女神と魔王の模擬戦 2


 真っ暗な世界に意識だけが漂う。まるでスクリーンのように俺の身体が見ているモノが映し出されている。


 仮想世界での戦闘その勝利条件はどちらかの死だ。


 つまり、咲希の言霊よりも上位のモノ、『神言しんごん』をまともに喰らった時点で俺は敗北したのだろう。


 ならこの時間は、今いるこの空間はなんだ。


 俺はまだ死んでいない、死んだならばとっくにベットの上で目覚めている。


 ──まだ終わってない


 意識を浮上させる。


 小さかった光が大きくなり、渦となって俺を飲み込む。


 そして────



 ーー咲希ーー



 確かに殺したはずだ。だというのに戦闘終了の合図は行われない。


「──死んでないんだ」


 感情を感じさせない声で呟く。


 警戒を解かず神として顕現した状態のまま神経を研ぎ澄ませる。


 出てきた瞬間再び殺す。確実に。


 それを実行する為に私は神力を溜める。


 そして────



 ーー和樹ーー



 全身の感覚が戻る。身体はとっくに再生されていた。


 やるべきことは一つ。


 全力を持って、咲希を殺す。


「……こい、”ノア”」


 俺の右手に銀色の長剣が現れる。一切の装飾はなく、ただ剣としての最低限の見た目をしているだけだ。けどそれは神々しいオーラのようなものを放っている。


「《押し潰せ》」


 ノアを握った瞬間、咲希の声が響き渡る。


 半ば反射的に頭上を見れば巨大な隕石が堕ちて来ていた。


「《撃ち抜け》」


 更に数万はくだらないであろう弾丸が発射される。


 それら全てを加速した思考が捉える。


 右手にあるに力を込める。


 ──神力装填


 声に出さずそう意識する。すると剣の峰、その根元に小さな光球が宿る。


「《排除リジェクト》」


 ただ一言。それだけで俺へと殺到していた全ての攻撃が


「……は?」


 咲希の声が聞こえる。そりゃそうだろう、自分の攻撃その全てを消されたのだから。


「《保護プロテクト》」


 俺の身体を青みがかった銀色の光が包み込む。


「っ……!《失せろ》!!」


 咲希が直感的にその光を消し去ろうとする。けどそれじゃこれは消えない。


「悪いな咲希。勝ちは譲って貰う」

「いいよ、って譲るわけないでしょ!!」


 全て神力で構成された攻撃が殺到する。俺は再びノアを振るう。


「《排除》」


 またもや全ての攻撃が消え去る。


「……なにそのチート能力」

「後で解説するよ、この勝負に勝った後でな」

「だから……そう簡単に負けるわけ───」


 今度は神力の代わりに魔力を込めたものを使う。


「《偽・排除フェイク・リジェクト


 俺の言葉が響く。たったそれだけで咲希の敗北が決定する。


 こうして俺たちの勝負は呆気なく最後を迎えた。



 ***



「……和くんなんてキライ」

「すみませんでした」


 何故俺は勝負に勝ったのに土下座しているのだろう。


「何あのチート武器。意味わかんない」

「とりあえず説明するよ」


 神剣ノア。それがあの剣の名称だ。


 剣としてもちろん最高峰に位置し、元になった素材もこの世界に唯一の


 斬り結んだ剣は鍔迫り合いになることはなく、豆腐のように切断され、あらゆる防御を斬り裂く。


 それだけでも十分チートなのだが、この剣には『権能』と呼ばれる特殊能力がある。


 それが『排除リジェクト』と『保護プロテクト』の二つだ。


「咲希はノアの方舟を知ってるか?」

「知ってるけど……それがどうしたの?」

「この剣はその伝承を元に作られているんだ」

「……どういうこと?」


 ノアの方舟。意味は知らずとも多くの人がその存在を知っているはすだ。


 ノアの方舟の役割を要約して簡単に説明すれば生物を保護すること、そしてそれを安全な場所、時間になるまで。


 この通りに『保護』の権能は選択した対象をありとあらゆる攻撃、害から守り通す。どんな魔術を撃たれても、どんな剣を受けても、どんな災害に会おうと必ず守り通す。それが『保護』の権能である。


 なら『排除』は何か。これはノアの方舟を拡大解釈しまくって作った権能である。


 ノアの方舟が保護できる人数には制限がある、ならその人数を超えて無理やり助かろうとする者がいたら、もし方舟を襲う外敵がいたら、それを排除する手段が必要だ。


 ならその権能も方舟に付いていてもおかしくはないだろう。そう考えて作ったのがこの『排除』の権能だ。


 効果は単純。選択した対象をから存在ごと消し去る。


 この効果をそのまま使うと仮想世界だろうとその制約を越えて存在を消しかねないのでさっきは少し加減(神力の代わりに魔力を装填)をして、仮想世界から消し去った。


 さて、この『保護』と『排除』の対象の選択だがそれに制限はない。例えば道端の石ころを『保護』することだって、この惑星を『排除』することだって出来る。


 これがこの剣のチートたる所以なのだが。


「なんでデメリットが存在しないの。いくら神が作ったとはいえデメリットが存在しないのはおかしいよ」

「まぁその点がこの武器の一番のチート能力だな」


 ノアの権能を使用することにデメリットや必要なものはない。必要なのは俺の神力とか魔力だけだ。


「和くんはチート魔王サマだったんだね」

「ジト目で見るな」

「ごめんごめん、神様で魔王様だったんだね」

「あんまし意味変わってないけどな」


 神殺しをして神の力を奪った時点でとっくに神になっているから今更感すごい指摘だけど咲希たちに話したのは最近だし仕方ないな。


「そういえば和くんの転生の理由ってなんだったの?」

「あー…………言わなきゃだめ?」

「ダメ」

「…………妻探しです」

「ふーーーん」

「それで咲希を見つけたから転生したんだ」

「……まぁいいでしょう」

「なんの許しを貰ったんだ」

「私を選んでくれたならそれでいいんだよ」

「そっか」

「うん」


 微妙な沈黙が部屋に漂う。


 それを破ったのはアルスの報告だった。


「魔王様、一つ見てもらいたいものが」

「なんだ?」

「実は今回の勇者の中に《聖女》の資格を持った者がいまして、それの調整が完了しました」

「……へぇ」


 聖女の資格、それを実体化させればとんでもないとして運用できる。


 とりだす過程はちょっとグロいけど。


「和くん」

「なに?」

「この世界って地球からすると非人道的なことしかないよね」

「人の命なんて軽く扱ってなんぼだろ」

「そうだけどね」


 価値観の違いに少し戸惑いつつも俺たちは部屋を出た。

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