魔王のお膝元


 魔王国、それは歴代魔王達が紡いできた国であり現在この世界で最も発展している国だ。


 世界会議などの重要な会議を行う時はここで行うし、貨幣の発行権利なども当然有している。まさに世界最大の国だ。


 そんな魔王国の首都は当代魔王の名前が付けられる文化があって、それにならい今は首都ヴァレリアとなっている。


「なるほど、和くんが痛い人ってわけじゃないんだね」

「俺だってこんな文化なかったら付けないよ」

「普通はそうだよね」

「まぁ初代も自分から付けたわけじゃなさそうだけどな」

「そうなの?」

「おう」


 初代が首都の名前を迷っていて、国民にアンケートを取ったらその初代の名前がついたのだとか。それ以降この文化になった理由は初代魔王の八つ当たりらしい。


「それでこれからどうするの?」

「とりあえずは宿探し……だけどこの辺あったっけな」

「覚えてないの?」

「流石に魔王国の首都となると百七十年での変化は大きいけど……まぁなんとかなるだろ」


 俺はこの区画を管理している建物へと向かう。この建物を含めた重要な建物はそうそう位置が変わらないのでこういう時に役に立つのだ。


 自動ドアの扉をくぐり中へと入る。そして壁際に設置されているこの区域の地図を確認する。この地図は魔術で展開されているものでリアルタイムの街の様子が投影され続けるようになっている。


「さて宿は……」

「ここ地球より栄えてない?」

「どうだろうな、向こうは電気製品とかあるし、娯楽なんかは遥かに日本が上だしな」

「日本の文化は軽く異常だと思うけどね」

「あそこまで娯楽は多くないよな、普通」


 本だけならわかるが、その本にも様々な種類があるしゲームなんかは普通思いつかない文化だろう。そのうちこちらでも作りたい物だ。


「とりあえず一番高いとこに行こうか」

「お金あるの?」

「そこは何とかなるよ、まぁ見てて欲しい」

「わかった、かっこ悪くても記憶しておくね」

「その場合はきちんと消去してほしいけどな」


 未だぐっすりと眠ったままの明日香を背負って俺たちは宿へと歩き始める。


「明日香ちゃんぐっすりだねー」

「……危機感を持って欲しい」

「まぁ和くんがいるからね、安心するのも仕方ないよ」

「そのうちに寝てても危険ぐらい察知できるようになって欲しいな」

「それは達人の域じゃないかな」

「俺の妹だしきっとできるだろ」


 そうこうしているうちに宿が近づいてくる。


「すみません、一部屋空いてますか?」

「おう、食事は?」

「明日の朝だけで」

「ん、転移してきたんだろ。料金は取らねぇ」

「ありがとうございます」


 部屋の鍵を受け取ってカウンターから離れる。こういう非常時には無料で宿を使わせてもらえる、と言っても大体の人はそんなに高い宿使わないけどな。


「もう伝わってるんだ」

「こういうとこへの連絡はなるべく早くするようにしてるからな」

「地球もこれぐらい安心感あるといいんだけどね」

「それは難しそうだな。地球には法があるし」

「こっちにはないの?」

「あるよ、けどそれは絶対じゃない。あくまで大まかに書いてるだけさ」

「ふーん」

「んでそれに触れるようなことがあれば、裁判所で処分を決めるだけ」

「なるほどね」


 法律というのはどうしても細かく書けば書くほど抜け道が生まれてしまう。ならば最初から大まかに書いて怪しければ調べて裁けばいいのだ。


 この世界には逃げた犯人を捉える魔術も追跡する魔術も存在する。


 だから通常の人間などは指名手配やらをされた時点で然るべき場所に自首をする。そうでもしなければ自分が殺されて、気づけば拘束された状態で蘇生されるという捕らえられ方をされて尋問なりを受けることになるからだ。


 それに今回のような大規模な殺人なんかを行った場合捕らえにくるのは魔王軍の上位兵力の圧倒的な実力差を持った相手だろう。それを相手取ることを考えればこの世界での大量殺人なんかしない方がいいということがわかる。


 今回の事件は勇者や王女までもが絡んでいて未遂に終わったものの公国アンドルは調査が入ることになるだろう。最悪地図から


「和くん、飲み物あるー?」

「冷蔵庫の中身なら適当に漁ってもいいぞ。それ以外ならいってくれ」

「じゃあお茶」

「はいよ」


 お茶と和菓子をテーブルに並べる。


「ありがとー」


 咲希は上機嫌になったのかアホ毛がピコピコと揺れている。それが可愛くてつい頭を撫でてしまう。


「……きゅ、急になに」

「ん?可愛かったからつい」

「もう……罰として私の椅子になって下さい」

「お安い御用」


 咲希を足の上に座らせて包み込むように手を回す。


「……和くん大きいね」

「そりゃいい歳の男だしな」

「昔より頼りがいがあるし」

「この世界なら特にな」

「和くんはこうしててどう思う?」

「咲希って細くて柔らかいなーって」

「むぅ、さっきから全然まじめじゃない」

「そりゃ好きな子はからかいたくなるだろ?」

「そうだけど……私がからかわれるのは釈然としない」

「俺はからかいたいんだけどなあ」


 咲希の肩に頭を乗せて目を閉じる。それだけでこの1日の疲れが取れていく。


「寝ちゃダメだよ?」

「ちょっと目を閉じてるだけだよ」

「寝たらたくさんいじわるするから」

「具体的には?」

「……ズボンぬがしたり」

「よし、絶対寝ないわ」

「寝てもいいんだよ?」

「さっきと言ってること違うぞ」

「いじわるしたくなっちゃった」

「……その言い方はされたくなるな」

「じゃあしてもいい?」

「法に触れない程度に」

「なら……」


 ゴソゴソと俺の腕の中で咲希が動いて身体をこちらに向ける。


「こうして抱き合うのはいいよね?」

「もちろん」


 暫くお互い黙ったまま抱き合う。どれだけそうしていたか知らないが気づけばお茶から出ていた湯気が無くなっていた。


「ん……だいぶこのままだったね」

「だな、幸せだった」

「また、する?」

「今度は俺からしたいな」

「じゃあ待ってるね」

「……お兄たちなんで付き合ってないの?」

「明日香起きてたのか?」

「明日香ちゃんおはよー」

「おはよう……で、いつ付き合うの?」

「「さぁ?」」

「決まってないの!?」

「だって異世界転移したし」

「プロポーズは魔王城とか面白そうだね」

「それだけで短編が書けそうだな」

「和くん小説家デビュー?」

「それはない、俺に文才はないから」

「またまたー」

「二人ともイチャつくのはそこまで」

「イチャついてなんか……」

「イチャイチャしてるの、だからご飯食べたい」

「おう……」


 我儘な妹の期待に応えるべく俺はキッチンに立って適当に食材を取り出して料理を始める。


「ちなみに要望は?」

「深夜に食べたくなるラーメンで」

「異世界にラーメンがあると思うなよ」

「作れないの?」

「……作れます」

「じゃあお願いねお兄」

「あ、和くん私も食べたい」

「わかった」


 俺はここ最近食事を作ることぐらいにしか使っていない能力で袋麺を作る。お湯はきちんと沸かしてこれまた作り出した皿に注いでスープを作る。同時に作っておいたチャーシュー、ネギ、もやしなんかの付け合せを乗せる。


「ラーメンです、どうぞ」

「ありがとー!」

「和くん料理人になる?」

「俺は咲希の作ったご飯が食べたいな」

「それはまた今度ね」

「サボるなよ」

「だってまだ夫婦じゃないし?」

「カップルでもたまには作ってくれると思うんだ」

「じゃあ一週間に一回」

「まぁそれなら」

「いいんだ?」

「週一で咲希の飯が食えるなら幸せだしな」

「今度作るから待っててね」

「おう」


 気づけば二人の世界に入っているとまた明日香からジトーと視線を向けられる。


「すぐイチャつくね」

「いつもこんなもんだろ」

「そうだけど……なんか私だけ寂しくなる」

「彼氏が欲しいならまず俺を通せよ」

「絶対その試験受からないじゃん」

「いやいや、俺を倒すだけだから簡単だぞ?」

「魔王様を倒せと?」

「そうだな」

「私一生独り身じゃん」

「お兄ちゃんが養ってくれるでしょ?」

「まぁ咲希も許してくれるだろうしいいけど」

「明日香ちゃんと一緒ならいいよー」

「じゃあお願いね、お兄」


 出来るかもわからない将来計画をみんなでラーメンを啜りながら立てていく。ここほんとに異世界なんだろうかと疑問に思ったのはきっと俺だけじゃないはず……

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