魔術の授業 その二


 明日香にキンキンに冷やされた水球を当てられて濡れた顔を拭いて俺は再度ホワイトボードの横に立つ。


「さて、温度の変化が出来るのはわかったが他はできるか?」

「できるよ!」


 得意気な顔をして明日香は手のひらの上にソフトボール大の水球を生成する。そしてそれを氷に変えたり、気体に変えたりして最後は水に戻す。


 それから水の形を刃状にしたり槍にしたり、フィギュアのような精密な操作が必要な物にしたりと変えていき、その状態でも氷や気体に変化させることが出来るのを証明する。


「すごいな、才能の塊だぞ」

「ふふーん、すごいでしょ」

「ああ、そこまで出来るなら新しい魔術を覚えようか」

「おお!何を覚えるの?」

「まず防御系の魔術だな」

「自分の身を守るのは最優先だもんね」

「守るだけなら敵を殺した方が早いけどな」

「お兄、私にそれができると?」

「させる気ないから安心してくれ」

「だよね」

「やりたいなら言ってくれてもいいけど」

「やらないよ!」


 再びキンキンに冷やされた水球を顔面に当てられる。全く生成速度といい、発射速度といい才能を感じさせられるぜ。


「まぁ冗談は置いといて防御魔術だな」

「うん」

「防御魔術の最初の一歩は結界の構築だ」

「結界!」

「そう、よくあるやつだな。それを水で作ればいい」

「それだけなら簡単だよ?」

「そうだな、だからそこに効果を付与しなきゃいけない」

「魔術を通さないとか?」

「それも一つだな。ざっくりいうと近接攻撃や遠距離攻撃を通さないもしくは反射する。外からは通さないけど中からは通せる。中から通した時魔術の威力を上げる。こんな風に様々な効果を付与できる」

「……おおう」

「実践あるのみだからな、まずはやってみるか」


 俺は小屋の入口に小さな台座を作る。そしてその上にスライムのような可愛い見た目をしたぬいぐるみを設置する。


「あのスライムを中心として結界を張ってもらう、効果は都度俺が言うものを付与してくれ」

「付与ってどうすればいいの?」

「んー……咲希頼んだ」

「任せて」

「咲希お姉ちゃんがやるの?」

「私の技の基本は付与だからね」


 俺がベットの向きを変えて咲希を明日香の方に向かせる。


「付与は自分の頭の中で付与された状態をイメージするの」

「剣を通さない結界とかってこと?」

「そう、例えばすごく早く走る自分とかをイメージして付与する。それでそのイメージが強いほど高い効果が得られる」

「ふむふむ」

「特に結界なんかの防御魔術はイメージ力の対決だから相手よりも強いことをイメージし続ける必要があるの」

「心が折れたら負けってこと?」

「そうだね、魔術対決では心はすごく重要だよ」

「なるほど」

「んじゃあ結界を貼ってくれ。最初は魔弾を防いで貰う」

「わかった」

「準備出来たら言えよ」

「はーい」


 明日香がスライムのぬいぐるみの回りに結界を張る。そして目を瞑ってイメージを始める。最初だしいいけどこのイメージの時間もなるべく短くしないとな。


「いいよ」

「おっけ、んじゃ撃ち込むぞ」

「うん」


 少し緊張した声が返ってきたのを聞いてから俺は魔弾……魔力で作った弾を撃ち込む。特に音もなく発射された魔弾は一瞬にして結界に到達して僅かな拮抗もなく結界を破壊して中のスライムを撃ち抜いた。


「ああっ!」

「まだまだだな。威力はそれなりに下げてるからイメージ不足だ」

「むむぅ……」

「時間はたっぷりあるからいくぞ」

「うん!」


 それから約二時間俺は魔弾を撃ち続けた。二時間もやっていると流石に成長をして少し拮抗する様子を見せるようになった。けどまだ威力を下げるだけで完全に防ぐには至らない。


「後ちょっとだな……次」

「はぁ……う、 うん」

「一回休憩するか?」

「ま、まだ大丈夫……」


 そう言って結界を作ろうとするが中々現れない。


「あれ……?なんで……」

「魔力切れだろ。よく二時間も持ったよ」

「う……ん……」

「ゆっくりお休み」

「おや……す、み……」


 倒れ込む明日香を受け止めて咲希のベットの横に新しく敷いた布団に寝かせる。


「よくやったよほんと」

「すごいね、始めてで二時間なんて」

「やっぱ才能があるな」

「だね」


 俺はぬいぐるみと台座を片付けようとする。


「ねぇ、私が結界役やってもいい?」

「いいけど大丈夫か?」

「もちろん。本気で張るから本気で撃ち込んでね」

「この身体の性能でよければ」

「当然」


 すると咲希は筋肉痛なんて無かったかのように立ち上がって台座に手を向ける。


「《構築:結界:断絶》」


 薄い光の膜がぬいぐるみの周囲に展開される。


 それを確認してから俺は右手を銃の形にして結界の中のぬいぐるみに狙いを定める。


 そして青白い雷を纏った魔弾が放たれる。いわゆる超電磁砲レールガンだ。たった数メートルしかない結界までを閃光を残して踏破し衝突する。


 直後ガギィィィィン!と鉄同士がぶつかるような轟音が鳴る。魔弾と結界が互いにせめぎ合う、膠着は一瞬で徐々に魔弾が結界にめり込んでいく。同時に結界にヒビが入っていき魔弾が完全に貫通すると同時にパリィィィンと綺麗な音を立てて割れる。


 しかし魔弾もエネルギーを使い切ったのかぬいぐるみに届くことなくゆるゆると落ちていく。


「……俺の負けだな」

「結界割られたし私の負けだよ」

「ぬいぐるみを守るかどうかだから俺の負けだよ」

「……納得いかないけど納得する」

「そうしてくれ」


 今度こそ台座とぬいぐるみを片付けて俺はお茶を入れる。当然咲希の分とお茶菓子も。


「和くんってどうやってさっきの撃ったの?」

「あれはこの世界にある魔術の一つだよ」

「へぇ」


 少し関心したような声が届く。


「火元素の派生の雷。地元素による弾丸の精製。この二つで行う魔術だ。魔術に分類されるけど実弾が存在するから魔術と物理両方の対処をしなきゃいけない厄介な魔術だよ」

「詠唱がなかったのは君の技術だよね」

「ああ。詠唱は必要なやつはしてるし、完全無詠唱もあるけど暴発の危険があるから大体の奴は戦闘時以外は起動句だけセットしてる」

「それは賢いね」

「聖級とかの魔術が暴発したら陣営が1つ滅ぶからな」

「一応分類されてるんだ」

「ああ。水の生成なんかは初級。攻撃魔術はそこからどれだけの効果が出せるかでランクが上がって、防御魔術はどれだけのランクの攻撃を受けれるかで決まる」


 初級の攻撃魔術は初級の防御魔術で受けれるというわけだな。当然これは術者の技量を考慮していない前提がある。もし技量が関係するなら上級の攻撃魔術を初級の防御魔術で受けることができたりするわけだ。この技量差は千差万別だし、ランク分けなんて指標程度に覚えるぐらいがいいだろう。


 この世界の戦争は量より質だ。たった一つの攻撃魔術で戦争が終わる時もあったし、たった一人が行う防御魔術で無傷の勝利を収めた国もあった。


 その法則すら能力という桁外れな力に壊されるのだが。


「そういえば適正ってこの世界ではなんなの?」

「一度に動かせる魔力の許容量だな。だから明日香は国を滅ぼす魔術の魔力程度なら簡単に扱えるってこと」

「魔力は足りるの?」

「当然足りないな。その魔術が百とするなら今は一ぐらい」

「全然だね」

「さっきの結界なんて一生張ってても問題ないぐらいにならないもいけないからな」

「それはそうかも」


 そこでふと気になったことを咲希に質問する。


「なぁ咲希」

「どしたの?」

「咲希って何の……魔術?を使ってるんだ?」

「私は言霊と神力を使うものだね」

「例えば?」

「神の技に段階があるのは知ってるでしょ?」

「おう」

「それが下から神威かむい神撃しんげき神命しんめい。最後のは基本使わないけどこんな感じ。昨日神威を使ったけどこの身体じゃ使える神力が少なすぎて威力は魔術ぐらいにしかならないかも」

「それでもとんでもない威力になりそうだけどな」

「まぁ神からしたらの話だからね。それはそれとして普段使ってるのが言霊だね」

「なるほど」

「言霊は便利だからね」

「それは同意」

「これがずっと使ってるし一番慣れてるものだよ」


 得意気にそう言うと饅頭を口に放り込む。


「基本イメージだからこの世界の魔術とは相性いいかも」

「使うのが神力だから威力とんでもない事になりそうだ」

「それはご愛嬌だね」

「それで許されると?」

「思ってないよ」

「そりゃよかった」


 それから明日香が起きるまで俺と咲希はお互いの力についての理解を深めていった。


 そして明日の出発の準備も着々と進めていった。

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