やるべきこと


ーー和樹ーー



 俺が目を覚ましたのは夜中だった。小屋の中には月光にの僅かな明かりのみが差し込んでいる。しばらく目を開けたままでいたが頭の下に柔らかいものがある事に気づき起き上がる。


「まさかずっと膝枕されてたのか……?」


 どうやらずっと咲希に膝枕をされていたらしい。何時間かもわからないがその間ずっと座っていたことを考えると罪悪感が湧いてくる。


 それと少しの後悔。寝たままならきっといい光景が見れたんだろうな……なんてことを考えながら咲希を寝かせて小屋を出る。


「さてと……これからどうすっかなぁ」


 現状俺たちが持っている情報はかなり少ない。だからまずは情報を手に入れれる場所に行きたい、それと学校の生徒や先生達がどうなっているかも知りたい。


 だから出来るだけ大きい街に行きたいし、さらにお金も稼がなければならない。お金は盗んだものしかないしな。


「和くん」

「悪い、起こしちゃったか?」

「ずっと寝かせてたからね、流石に気づいちゃった」

「それはすまん」


 近くの木に2人で背中合わせにもたれかかって話を続ける。


「今日は大変だったな」

「だね。身体が間に合ってないのが辛かったよ」

「俺もだ。戦闘面はそれが最優先事項だな」

「後は明日香ちゃんの強化だね」

「サポート中心で覚えさせたいな。魔物はともかく人殺しはあいつにして欲しくないし」

「同感、手を汚すのは私たちだけでいいよ」


 水と風元素が適正だから攻撃魔術以外を作りやすいのは幸いだろう。火とかだったら中々防御魔術がイメージしにくいからな。


「ねぇ、これからどうするの?」

「元の予定は大幅変更だな、とりあえず明日の朝イチで転移で遠くに行く」

「そこでなにするの?」

「変わってなければ自由都市パネラという街があるはずだ。だからそこで金策と情報収集だな」

「学校の人とか気になるもんね」

「ああ。それにその組織も気になるしな」

「魔王を狙う組織でしょ?」

「恐らくな。昔と手段が変わってなければ全員勇者になるだろうよ」

「うへぇ……七百人超の勇者が生まれるの……」

「うちの学校それなりに人多かったからな」

「勇者なぁ……あっ」

「どしたの?」

「俺には関係ないって思ってて気づかなかったけど、明日香ってこの世界に来てなにを得たのか……」

「あっ……あー……勇者になっちゃってる?」

「かもな、明日の予定変更!」


 朝イチで転移はダメだ。どうせ散々暴れてて調査は遅れるだろうから明日香の能力を調べることに使った方がいいだろう。魔術の勉強もその後だ。


「私は絶対ないけど和くんはなにか貰った?」

「他人からの干渉はできないように切ってるし貰ってないよ」

「私と一緒だね」


 さて、この世界には俺の持っているような能力を持った者がいる。全員が貰える訳ではなく持っているのは世界の人口の十分の一程度。俺の時で言うなら約1億人が能力持ちだった。


 当然能力も色々あって研究の結果、ノーマル、レア、ユニークの3種類程度に分かれることが判明。能力持ちの約70%がノーマルでここでは能力が被っていることが多い。レアは約25%、被りはほぼ無い。ユニークは約4%、そしてユニーク以上の能力に被りは一切ない。


 残りの1%はあまりにも強力な能力を示すもので、オリジンと呼ばれている。俺の能力【改造】はそれに値する。


 この格付けの仕方は能力が対象に出来るもので変わる。その対象は一つの物体から概念まで様々だ。


 そしてオリジンは【ありとあらゆるもの】を対象とする。故に相手の能力や、世界にすらもも干渉可能なのだ。これがオリジンクラスの能力の強さである。この能力を持つものが一人いれば戦場は当然そちらの陣営に傾く。


 では勇者が持つ能力は何になるか。これは基本レア以上になる。今回の七百人で計算をするならまず70%にあたる四百九十人はレアだろう。残りの二百十人がユニークになるはずだ。ただ例外があってノーマルや能力なしになることもある。例えば能力を入れる器が小さいとか、この世界に適さなかったとか。


 それでもノーマル程度は付与される。では能力なしの条件はなにか。それは神と同等の力を持つ、もしくは神そのものであること。神が他の神に対して能力を付与なんて出来ないし、同等の力を持つものに付与なんてまず意味をなさない。


 俺と咲希はその対象だけどそもそも自分で弾いたから付与はされていない。


 ただ明日香は何かしらが付与されているはずだ。だからそれを調べなければならない。


「はぁ……めんどくさい……」

「まぁ神からの贈り物なんて疑いしか持てないよね……」

「それを咲希が言うか?」

「私はいい女神サマだから」

「まぁ現状の罪は覗きぐらいだからな」

「ちょっとお風呂を覗くぐらいよくない?」

「それ自分に置き換えてみ?」

「……和くんになら……いいよ?」

「よし!この話終わり!」

「……ヘタレなんだから」

「仕方ないだろ」

「魔王サマは童貞だったもんねー」

「下手に相手を作る訳にはいかなかったんだよ」

「おかげさまで私は和くんの初めて貰えるからいいけどね」


 なんかこの幼なじみ酔ってないか?いつもより解放的というか遠慮がない気がする。


「ちょっとテンション高めだな」


 いっそ正直に聞くことにする。


「俗に言う深夜テンションだよ。異世界の夜とかテンション上がるじゃん?」


 そう言うと勢いよく立ち上がってまるで踊るようにその場でくるくると回る。木々の間から漏れてくる月光に照らされた咲希はいつもより何倍も綺麗に見える。ただどこか狂気を感じるのは気のせいだろうか。


「私ね、この世界にこれて嬉しいの」

「嬉しい?」

「だって和くんを独占しやすくなったもん。明日香ちゃんと私で和くんを独占して三人でゆっくり暮らして、いつか子供も産まれて平和に過ごす。そんなことが堂々と出来るんだよ?」

「堂々とできるのはいいな」

「だよね、だって今時不老不死なんて何されるかわかんないもん」

「まだ不老じゃないけどな」

「そだね、けどもうすぐ成長が終わって私達は死ねなくなる」

「でも明日香は違う」

「そうだね、いつか死んじゃう。けど明日香ちゃんが望むなら変えることだってできるよね?」

「そうだな」


 俺は神の力を手に入れたことでどんな肉体だろうと死ななくなった。歳も取らなくなった。咲希は神の生まれ変わり、当然死なんてありえない。だから地球にいたらいつか生活に困っていただろう。だからこそこの異世界転移は有難いとも言える。


「もし明日香が向こうに戻ることを望んだら?」

「その時は戻るしかないね。私はともかく明日香ちゃんには家族がいるもの」

「相変わらず薄情な娘だな、咲希は」

「感情をコントロールしてる君に言われたくはないよ」

「それは訓練の賜物だからな、許してくれ」

「私への気持ちが本物ならいいよ」

「それは保証する」

「なら許してあげる」


 最初は合理的に考えていた妻探しは今となっては本気で咲希に恋をしている。ずっと制御していた感情が暴走するなんて思いもしなかった。それだけ彼女が魅力的なのだ、気づけばずっと目で追ってしまうそれが恋と気づくにはそう時間はかからなかった。


「ねぇ、ちょっと踊らない?」

「いいよ」


 少しだけ場所を移して小さな広場に出る。教室程の大きさもない小さな広場だ。空を見上げれば地球とは違う月が俺たちに光を注ぐ。


「もちろんエスコートしてくれるよね、魔王様?」

「当然だ、女神様」

「じゃあお願いね?」


 差し出された咲希の手を取りゆっくりと踊り始める。これでも元魔王、パーティー用の踊りなんぞ完璧にマスターしている。


 最初は思い出すように。咲希とお互いを確認するように時々目配せしながら踊る。徐々にそれは無くなっていき俺たちは2人の世界に入っていく。


 それを見ているのは今はまだ空の星々と月だけ。今はこれでいい。いつかこの時間が、俺たちの世界が明日香に、いずれ産まれるだろう自分達の子供に、かつての俺の配下達に、両親に見てもらえればそれでいい。


 気づけばそんな思考すらも無くなって二人の世界に没頭していった。

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