魔王の力


ーー和樹ーー


 時は少し遡り。


 神獣の相手を咲希に任せて俺は明日香の元へと走る。距離はそんなにないため直ぐについて俺は明日香を守る準備と自分が一時的に能力を全て使えるように準備をする。


「お兄!何があったの!?」

「説明は後だ!!俺から離れるなよ!!」

「う、うん!」


 本来なら強力な結界魔術を張ったりして防ぐのだろうけど生憎今の俺にそれはできない。だから能力を使って全てを行う。


改造コンバート


 【ありとあらゆるものを改造する】これが俺の能力の一つだ。それを使い俺は地面と空間を強力な結界へと改造していく。


「よし……次は……」


 展開した結界の中にもう1つ魔法陣を作っていく。時計の文字盤のような紋様をしたそれは、完成した直後から針が目まぐるしく動き出す。


「なに、これ……」


 俺はその中心に屈んで自分の体内へと意識を向け、自分の中に眠る魔王の力を意識する。身体の変換は起動から40秒で終わった。


 その直後に洞窟ある山ごと吹き飛ぶ何かが使われる。視界に映った神獣は既に帰ろうとしているのだろう。けど咲希はまだ諦めていないみたいだ。


『神核励起』


 そんな声が聞こえる。


 俺はそれを止めるために咲希の方へと跳ぶ。


『神力解放───』


 俺は魔王の装束をはためかせて咲希の隣に立つ。


「ソレは使わなくていいぞ」

「え?」

「お前はもうその力を使わなくていい」


 俺は再びこちらを見た神獣に目を向ける。


「後はこの俺に任せろ、全て終わらせてやる」


 それと同時に神獣が力を溜め出す。恐らくは神力を使ったブレスだろう。が今の俺には神獣の攻撃は児戯に等しい。


『我が寵愛を───』


 それが起句なのだろう。その直後に大きく吼えて俺たちの方へとブレスを放ってくる。


「和くん!」

「大丈夫だ」


 俺は握っていた剣を構える。


 そして雑に振る。型でもなんでもないただの一振り。それで全てを呑み込んで破壊の限りを尽くしたであろうブレスは消滅する。


『なっ!?』


 驚いた神獣の声が聞こえる。


「それが最後の言葉か?」


 ブレスを切った直後に神獣の頭上まで跳躍していた俺はそう言って剣を構える。


『くっ……このように終わってなるものか!』

「残念、これで終わりだ」


 神獣は身に灼熱を纏い抵抗するがその程度で止まるはずもなく俺は剣を振るう。


散華ざんか


 一条の剣閃が空から地上へと走る。それは首を落とすだけに留まることなく地中奥深くまで走り続ける。どこかでそれは止まったのだろう。ズズズ……と大地が揺れた。そしてゆっくりと神獣の首がずれ落ちていく。完全に首が胴体から離れ、死んだのを確認して俺は咲希の隣に降りる。


「終わったぞ」

「……私結構苦戦したんだけど」

「俺は全力だし……咲希ももうちょっと力を使えばよかったのに」

「まだまだ出せないの」

「なるほどな」

「うん、それで和くんはもうずっとそれなの?」

「いや、もう戻るよ。変換はゆっくり時間かけてやらないときつい……し……」


 全身から急に力が抜けていく。急激な変換にはそれ相応の代償がつきものだ、これが終わる前にやることをやらなければ。


「咲希、明日香を連れてきてくれ」

「うん!」


 そう言って転移で一瞬で明日香を連れてきてくれる。


「連れてきたよ!」

「え!なに!?」

「いくぞ……」


 最後の力で転移を使って俺は今いる場所から大きく離れた場所まで跳ぶ。ちょっと座標がずれたけど目的の場所は近いし大丈夫だろう。


「多分近くに小屋があるはずだ、そこまで行ってくれ」

「うん、じゃあ和くんは私が背負うね」

「頼んだ……んじゃおやすみ……」


 咲希の背中にもたれて俺は意識を手放した。



ーーアルスーー



 ふと懐かしさを感じる。170に自らの妻を探すためにいなくなった我等の魔王様、その魔力を感じたのだ。


 その反応は森の動物の如く微弱で別の何かと勘違いしそうだったけど自分にはわかった。これは魔王様本人のものだと。


 確信するに至った理由はいくつかあるが最も大きいのは転生した直後にイリヤに伝えられた言葉だろう。


『魔王様は必ず戻ってくるよ』


 半信半疑でいたがどうやら本当だったらしい。


 さてここでとれる行動は複数ある。まずは幹部などに伝えること。次に隠蔽すること。自分含めて数人が魔王様と接触すること。様々あるがアルスが選んだのは折衷案のような全てを少しづつとったものだ。


 いずれ魔王様の存在を感知するであろうイリヤをこちら側に引き込む必要がある、それにイリヤは常にある程度世界の状態を把握し続けているのでそういう点からも隠蔽は難しい。


 そういうことでアルスはまずイリヤの元へと少し駆け足で向かう。


「イリヤ、緊急の要件だ。入るぞ」

「ふぇ?」


 何やら間抜けな声が聞こえたが無視して部屋に入る。


 ドアを開けるといつもの如く整った部屋が現れる。中には様々な調度品が置いてあり女性らしさを見せている、が今はそんなことはどうでもいい。ベットに転がっているイリヤにズカズカと近寄り本題を話す。


「ちょっ、あ、アルス!?」

「騒ぐな。単刀直入に言う、魔王様がご帰還なされた」

「えっ!?」

「なんだ知らないのだな」

「……私の未来視は魔王様見たいな人には確実じゃないもの」

「そうだろうな」

「それはアルスもだけどね、ほんと化け物め」

「そんなことはどうでもいい。直ぐに魔王様の居場所を特定しろ」

「う、うん。えっと……」

「なんだ」

「……せめて服は着させて?」

「知らん、早くやれ」

「……はい」


 部屋に入った時の間抜けな声の理由はこれだろう。寝ていたのかイリヤは身になにも纏っていない。ようは全裸だ。今更こいつ相手にそんなことを気にすることがないため、無視して仕事をさせるが。


「特定したわよ……」

「助かる。俺はそこへ行ってくる」

「行くの?」

「当たり前だ、もちろんバレないようにするから安心しろ」

「……わかった」

「なんだ、不機嫌だな」

「人が気持ちよく寝てる時にそれを邪魔されたらそりゃ不機嫌にもなるわよ」

「俺はお前の機嫌を考慮してないからな」

「あんたほんとに魔王様の前と態度違うわね」

「お前の体に興奮でもすればよかったか?」

「やめて、そういうことされるとトラウマ思い出すから」

「だろうな、聖女イリヤは魔王様とその部下の夢魔に堕とされたからな」

「くっ……」


 過去この女が聖女として勇者とともに攻めてきた時いつものように撃退して捕虜としてこいつを捕らえたのだ。その際に情報を色々と吐かせる為に俺が拷問を担当したのだが……そのせいで未だに俺のことを苦手にしている節がある。そう命令したのは魔王様だから俺を恨むのはいい加減やめてほしいが、なぜ魔王様には好感を持っているのに俺には厳しいのだ。


「さて、さっさと俺は行ってくる」

「そうして、報告待ってるわ」

「ああ」


 部屋を出て俺は転移魔術で魔王様の反応があった近くまで跳ぶ。


 光に包まれた視界が戻り眼下の光景を目に移す。するとそこには何もなかった。


「これは……」


 まず目に入るのは一面の焼け野原だろう。そしてその中央にある斬撃の跡。そしてその横にある龍の死骸は……


「神獣……か?」


 それを見る限り何者かが神獣と戦闘をして勝利したのだろう。この辺りから魔王様の魔力を感じたこともあり勝者は魔王様で、現在はどこかに移動している……と。


「さて、転移の痕跡は……」


 眼を使い転移の痕跡を探す。すぐにそれは見つかり、その転移先に空を飛んで移動する。


「ここらから魔王様の魔力を感じますね……そこの小屋でしょうか?」


 恐らく魔王様自身が作ったのであろう隠蔽の結界で魔力等が隠されているがアルスの目をごまかせることはなく簡単に捉えられた。そのことにわずかな違和感を抱きつつもアルスは小屋へと近づいていく。


 そして小屋の中から聞こえた声に驚愕する。


『明日香ちゃんは今教えたの方法で和くんの回復をお願い』

『うん、咲希お姉ちゃんは?』

『ちょっと外の安全を確認してくる』

『わかった』


 小屋の中を探知した結果魔王様と思われる人物はかなり衰弱していた。寝ているがまさに魔王様だろう。残り2人が何者かは知らないが魔王様が眠っていることからある程度信頼を置いているということだけはわかった。咲希、と呼ばれていた人物が小屋から出てくる。先程言っていたように安全を確認するのだろう。そう思って油断していた。


 そのせいで回避が遅れて、光の矢が頬をかすめる。


 この時点でアルスの思考が最上位の警戒態勢へと移る。念の為に施していた隠蔽、そして常に展開している十数層の結界が破られたのだ。


「そこいる悪魔、出てこい。さもなくば殺す」


 少女から発せられるその声は先程の小屋の中で聞いた優しさはなく殺気と怒気に満ちている。


「色々あって私不機嫌なの、3秒以内に出てきて。3……2……」

「出るのでそれ収めてくれませんかね」

「断る」

「油断の無い方で」


 アルスは少女の前に姿を現すことにした。隠れたままで転移することも考えたが、魔王様に自分の存在がバレることのリスクを考えた結果の行動である。


「それで、何者?」

「魔王軍幹部。アルスと申します」

「……魔王の名は?」

「ヴァレリアです」

「ふーん……」


 すると少女は警戒を解くことなく何かを思案する。すぐにそれは終わったようで目を開き問いかける。


「つまり、和くんの部下だね」

「そういうことになります」


 和くん=魔王様がわかっているので淀みなく質問に答える。


「目的は?」

「魔王様の存在の確認です」

「でしょうね」

「ええ」

「帰れって言ったら帰ってくれる?」

「せめてお姿を見たいのですが」

「写真じゃだめ?」

「シャシン……ああ」

「知ってるの?」

「こちらの世界に来た者が使っていたので」

「へぇ」


 異世界の文化もある程度浸透しているが自分が普段使わない言葉故に少し戸惑ってしまう。すぐに思い出して一体どんな写真を渡されるのか少し楽しみに待つ。少女はすぐに一枚の紙を手渡してきた。


「これは……」

「この世界に来る直前の和くんの姿」

「ほう」

「それがあなた達の魔王様よ」

「こちらは……」

「あげるわ」

「ありがとうございます」

「じゃ、帰ってくれる?」

「ええ、迷惑をかけましたね」

「次会った時は何か奢ってね」

「承知しました」


 そう言って転移魔術で城に帰る。転移先はイリヤの部屋。


「イリヤ起きなさい」

「……なによぉ」

「こちらを」


 唯一情報を共有でき、自慢もできるイリヤを無理やり起こして先ほど手に入れた写真を見せながら話をする。再び眠っていたイリヤはかなり不機嫌な様子で話を聞くことになった……。

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