帰ってきた世界とギルドイベント


 異世界転生、異世界転移というものは日本にいる時によく見た。まるで元の世界を想起させるそれらの作品には刺激されたしどっぷりとその沼に浸かった。


 けどまさかその両方を体験するとは思わなかった。


 隠蔽の魔術を解除し山をゆっくりと下りながらそんなことを思う。明日香はビクビクとしながら背中に引っ付いて歩いているが咲希はいつもと変わらぬ様子でいる。


「咲希は驚かないんだな」

「和くんを信じてるからね」

「それで何とかなるのか?」

「心に余裕は生まれるよ。まぁ育ちもあるだろうけど」

「巫女サマは大変だな」


 詳しくは知らないが山のお堂にこもったりしてなんかするのだとか。ほんとに知らないからなんかするとしか言えないが。


 明日香にはそういう経験がない為今こうして引っ付いているのだろう。


「ところで、和くんは何者なのかな」

「っ!」


 一気に空気が冷える、そして放たれる強烈な殺気。いつの間にか俺に引っ付いていた明日香を自分の後ろに庇って俺に最大限の警戒をしている。


「もし敵なら和くんでも手加減しないよ」


 咄嗟の殺気に驚いて距離を取ってしまったが俺は一度深呼吸をして咲希を落ち着かせる。


「安心してくれ敵じゃないよ。今は説明に使ってる時間が惜しいんだ。今日の夜、宿で全てを話す」

「……ん、わかった」

「助かる……というか手加減しないってどういうことだよ」

「……秘密」

「そうか」

「そういうところ好きだよ」

「なにが?」

「なんでもない」


 咲希はいつもこんなもんか、と割り切って俺たちは山を下っていった。



 ***



 山を降りて少し歩くと街に着く。最初に向かうのはギルドだ。


 これは俺が整備したシステムの一つだ。元々あったものに役場の役割を併設し住民の把握等を出来るようにした。


 なのでギルドがない村から出てきたものはまずここで身分を登録する必要がある。


「これは……イベントの予感」

「悪いがそういうイベントはここじゃ起きないぞ」

「えっ?」

「新人イビリなんてしたらそいつが二度とここを使えなくなるからな」

「ひえっ」

「そもそも役場を兼ねてるんだから新人イビリの為に張ってるやつなんていないよ」


 よくあるイベントに期待する妹に現実を教えてやる。残念だったな、この世界は俺が支配していたんだ。そんなイベント起きるわけ無いだろう!


 ……と心の中で威張ってた時が俺にはありました。いやさ、まさかほんとに起きるとは思わないじゃん。ピンポイントで昼間から酒に酔っためんどくさいやつがいるとは思わないじゃん。


「なぁ、嬢ちゃん。名前だけでも教えろよ〜」


 咲希も明日香も一切言葉を交わさない。肩を組もうとしたりしてる手は片っ端から俺が弾いているがそろそろ鬱陶しい。


「おっさん、悪いがさっさと帰ってくれ」

「あぁ!?うるせぇ餓鬼だな!てめぇにはこんな女もったいねぇんだよ!!」


 叫んでビビらせようとしてくるが当然ビビるはずもなく冷静に対処する。


「そうだな、もったいないぐらいのいいやつだよ。2人は」

「ならさっさと俺に渡しやがれ!!そしたら俺のモノにしてやるからよ!」

「んな妄想してる暇あったら働けよ」

「どうせてめぇも身体目当てなんだろ!いいから渡しやがれ!!子供じゃ満足出来ねぇことまでしてや──」


 おっさんの言葉はそこで止まった。というよりそこからいなくなった。


「てめぇ?って言ったな。俺は2人をそういう目的で見たことは無い。お前のように下半身でものを考えてないんだ」


 多分意識はないし離れすぎてて聞こえてないが吐き捨てて俺は職員の方に向き直る。


「すみません、お騒がせしました。手続きはもう終わってますよね?」

「あ、はい。こちらが皆さんの身分証、そしてギルドカードになっています。説明は必要ですか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 未だに何が起こったのかわかっておらず固まっている冒険者や住民を横目に俺は2人を連れてギルドを出た。


 壁に空いた人型の穴をちらちらと職員の人が見ていたが多分俺が怒られることはないだろう。




「さっきはありがとう、和くん」

「お兄、すごいね」


 適当に飲食店に入ってご飯が届く間にさっきの話をする。


「あういう輩はいないと思ってたんだけどなぁ」

「見事なフラグ回収だったね。流石お兄」

「それを褒められても嬉しくない」

「にしても凄かったね。さっきの掌底……と財布盗んだの」

「は?」

「え?咲希お姉ちゃんなにを言ってるの?」

「さっき和くんがしてたことだよ?」


 しれっと俺がさっきしたことを説明されて思考が止まる。掌底はともかく財布盗んだのまでバレてるの?


「咲希……お前どんな目してるんだ」

「ちょっと視力が測れないだけの目だよ?」

「人はそれを異常って言うんだ」

「そうかな?お寺の人は褒めてくれたよ?」

「……ちなみに何したんだ」

「掃除中に参拝客がおみくじで当てた内容読みとったり」

「ん?」

「数キロ先の人が触ってるスマホの画面読み取ったり」

「んん?」

「建物見て老朽化が進んでるところを見つけたり」

「おい」

「どしたの?」

「……咲希ってまじで人間?」

「一応人間だよ?」

「咲希お姉ちゃんって実は本当の神様だったりしないよね?」

「どうだろうね?」


 この二人はなにを言ってるの?という顔をする。


 俺あの世界に魔術とかないって思ってたけどもしかして間違えてたか?え、咲希って人間だよな?急に不安になってきた。将来の妻(勝手に言ってる)が何者かわからなくなったんだけど。


「今日は宿で俺の話と咲希の話をしようか」

「え、うん」

「先に言っとくわ、俺人間じゃないから」

「うぇっ!?」

「明日香のその反応がありがたいよ……」


 ちょうど料理が運ばれてきてとりあえずはそれを食べることにする。


 久しぶりに食べたこの世界の料理はどこか物足りなくて母親の手料理が食べたくなった。

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