魔王様、異世界転移をする


 下駄箱まで行くと流石手を繋いだままだと不便なので手を放し、上履きに履き替えて咲希と明日香を待つ。


「んじゃ、お兄またお昼ね」

「おう、しっかりやれよ」

「うん!」


 頭を撫でてやると元気に教室に向かう。


「やっぱり仲良いね」

「明日香は世界一の妹だからな」

「実は頭を撫でて貰ってるのが羨ましかったり」

「……そんなにいいものなのか?」

「明日香ちゃんから話を聞く限りいいものだと思ってるよ」


 そう言われると気になって目線の少し下にある咲希の頭を見る。手入れの行き届いた光を吸い込むかのような黒い髪。なんどか触ったことがあるがサラサラで高級な糸を触っているかのような感覚だ。


 正直撫でてみたい。けど理由もなしに撫でるのは違う気もする。


「ふむ……」

「何を悩んでるの?」

「撫でるにしてもなにか理由が欲しいなと」

「それならピッタリのがあるじゃない」

「ピッタリの?」

「明日香ちゃんと同じだよ。頑張ってって撫でるんだよ」

「……それがあったか」

「寧ろ明日香ちゃんには何を思ってたの?」

「明日香はペットを撫でる感覚だな」

「えぇ……でもそれはそうとして、撫でてくれる?」


 階段の踊り場で足を止めこちらに頭を傾けてくる。周りの生徒から「いつもの2人か……」と微笑ましい目で見られているがこちらもいつもの事なので気にしない。


「今日も頑張ろうな」

「……うん」


 そう言って撫でてやると少しだけ俯いて顔を隠す。耳が若干朱に染まっている所から実際にやれると恥ずかしかったのだろう。俺もちょっと恥ずかしいし。


「その……どうだ?」

「……とてもいいので今後ともぜひお願いします」


 消え入るような声でそう言われる。


「お任せをお嬢様」


 こうして階段の踊り場というものすごく目立つ場所でのイチャイチャを終え、自分達の教室へと向かっていった。



 ***



 お昼休みになり俺は咲希と明日香と屋上でご飯を食べている。本来はぽつぽつと生徒がいるのだが今日は1人もいない。多分朝の出来事が原因だろう。


「いやー、お兄の噂が凄いよ」

「あの程度で噂する方が悪い」

「咲希ねぇの照れ顔の破壊力がすごかったんだよ」

「それには同意する」


 普段はあまりそういった表情を見せない咲希の照れ顔なんて破壊力があるに決まっている。そんな話をしながら咲希お手製のお弁当を食べ終えていつもの如く雑談タイムに入る。少しして咲希が気になることを呟く。


「……なんか学校静かじゃない?」

「え?どういうこと?」

「確かに……人の気配を感じないな」


 耳を澄まさずとも聞こえていた喧騒がいっさい聞こえくなっているのがわかる、何事かと思った矢先突如地面が光り出す。それは前世で何度も見たものだった。


「魔法陣……!?」

「お兄何言ってるの?」

「ちっ……これは……」


 前世の記憶をフル活用してその魔法の内容を瞬時に把握した俺は魔術を展開して3人が離れないように固定、さらに影響が出ないように保護する。


「2人とも!その場から動くなよ!」

「わ、わかった!」

「わかった」


 慌てた明日香の声と冷静な咲希の声が聞こえる。


 そして俺は念の為2人の手を握った所で俺たちのいる学校は光に包まれた。



 ***



 目を開けるとそこには別世界が広がっていた。


 先程まで屋上にいたはずが今は立派な王城、その大ホールのような場所にいる。こうなってしまうと魔術が使えることを隠している必要はない、が念の為使っていることを感知されないように隠蔽を施して周囲の警戒を行う。その結果、この場にいるのは召喚者の少女、その護衛、召喚者の父親、俺たち含む学生と教師がいることを把握する。


「ここ……どこ?」


 明日香の声が聞こえる。声が聞こえない咲希の方を見るとキョロキョロと周りを見渡している。目には好奇心が浮かんでいるようにみえるがもしかして楽しんでるのか?呑気な咲希に緊張感を失いそうになるが気を取り直して自分たちの存在を隠す魔術を使ってコソコソと歩きだす。俺の探知の結果があっているならこの世界のこの場所はかなり不味い。さっさと抜け出さないと危険なのだ。


「((2人とも移動するぞ、ついてこい)」

「(えっ、和くん……?)」

「(頼む、今は俺を信じてくれ)」


 小声だがハッキリとした意志を2人に示す。それが伝わったのか2人は俺の後をついてきてくれる。俺は探知魔術で道を確認しながらその場所から抜け出す。迷路のような王宮の抜け道を使い外に向かう。ボコッ、という音を鳴らしながら壁を外して外の景色を確認する。するとそこにあったのは、


 見える森林や町並みは当然日本とは違う、というか空から違う。向こうじゃ空島なんてものはない。飛んでいる鳥は俺と同じように魔力を有し、街の至る所から魔道具の反応を感じる。


 かつて魔王として君臨した世界に。


 妻を探すため転生をした俺はなんの因果かこの世界に転移して帰ってきてしまったのだ。

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