31 クソジジイと俺
一人で逃げやがったクソジジイは、アジトで俺を待っていた。
クソジジイは俺を見ると、無理に笑顔をつくる。
半分になってしまった右腕からは灰色のヘドロを、顔からは脂汗を流しながら、クソジジイは作り笑いを顔に貼り付けていやがる。
いつにもまして嫌な臭いがする。
俺はえずくが、クソジジイは気づかないようだ。
「ああ、おまえさんも無事だったかね。アタシはね、おまえさんが心配で心配で。あそこで祓い屋どもに捕まっていたらどうしよう、おまえさんがあいつらに非道いことされていたらどうしようかと、本当に気が気でなかったんだよ」
クソジジイが両手をひろげる。
ひろげると言っても、ジジイの片手はあのノッポの優男に斬り落とされて、なくなってるけどな。
それにしても、こいつは心にもないことを、まぁ、ぺらぺらと喋りやがる。
クソジジイが左袖で涙をぬぐう素振りをみせる。
おい、ジジイ、泣いてねぇだろ。とんだ大根役者だな。
どうして、おまえは小声で祭文唱えているんだ。
てめぇのクソがつまった
俺も口の中で祭文を唱えはじめる。
「すうそあつめし■■■■の御手からこぼれしすうそぞたまわらん。なんじょうすうそをほっせしか。この者にすうそ返りたくみえしかば、これほっすなり。オン・シャーパ・アハ、オン・シャーパ・アハ」
ジジイと俺の祭文の輪唱。師匠と弟子の最後の共同作業ってね。
「ほら、
クソジジイが笑みを浮かべる。
ジジイよぉ、一度鏡見ろよな。
あんた、人の殺しすぎで、笑顔からも
あとな、羽織着てねぇのに脱ごうとしてんぜ。おばけ出す時の癖が染み付いてんだよ。まぁ、こういう癖が術の力を高めるんだし、俺も同じようなことやってるけどな。
それでも、俺はジジイの小芝居に合わせてやる。
最後の親孝行かもしれないしな。多少は、な。
「弟子は師の糧となるもんだよ、なぁ、新行や」
ああ、そうだろうよ、そういうことだって、わかっていたよ。俺はフードを後ろにふりはらう。
「ジジイは大人しく吸われるもんだ。それが俺たちの
地面から生えた無数の灰色の触手が、俺の鼻に耳に口に遠慮なく入ってくる。
無数の触手が俺のまぶたを閉じないように固定する。
クソジジイのにやにやとした顔が眼の前で踊る。
おいおい、ルドヴィコ療法かよ、まじ最高じゃねぇか、クソジジイ。
でも、最後までは付き合ってやらねぇ。
俺は口の中の触手を噛みちぎる。
「ほうら、おばけがいくよ!」
灰色の男がジジイの背中から抱きつく。
「新行、おまえさんはっ!」
灰色の手がジジイの汚い面をくるりと百八十度回転させた。
触手から解放された俺はジジイだったものを蹴り倒す。
ジジイの口から吐き出されたヘドロはジジイの肩を伝って、俺の口の中に飛んでくる。灰と泥と線香の混じった味、そんなものを食ったことはないが、そうとしか言いようのない味が口に広がる。
眼前の光景が消え、灰色の荒野が現れる。
断片的な映像が流れる。
クソジジイには俺の前に弟子が何人もいた。
弟子を育てては喰っていた。
「弟子がいつか師匠を継ぐ。そういうものですから、アタシゃ、おまえに期待してるんですよ」
俺に言い聞かせてきたあのことばは嘘も嘘、大嘘だったわけだ。
俺を殴ったとき、俺を蹴ったとき、言ったあのことばは大嘘だったわけだ。
スメックスメックスメック。まじ笑える。
ジジイ、あんた、
あ、でも、さっきのことばには偽りはなかったな。あんた、俺を喰うつもりだったんだもんな。そりゃ、ディナーは大事だ。
心にもないこととかいってごめんな、クソジジイ、あとは俺に任せて地獄に落ちとけ。
それにしても、だ!
いいないいないいな!
まじ最高じゃん。
自分を保ちながら、どこまで化け物になれるのか。
クソジジイはいいところまでいった。あいつはクソだが、才能があった。
今回みたいなことがなければ、俺もクソジジイの養分になっていただろう。
あの祓い屋どもには感謝だ。
感謝してるから、わざわざ狙ったりしない。
でも、再び遭うようなことがあったら、それはもう運命だ。一緒に踊る運命なんだ。
感謝してるから、今度会ったら、なぶり殺す。
特にさ、あの女、クソジジイの力を削いでくれたあの女は感謝の気持をこめて楽しんでやる。
まずは、あの老いぼれメガネザルを殺す。今度はさくっと殺してやる。
女と優男はその後のメインディッシュだ。
ムカつく優男を目の前で殺してから、やってやろうか。
それとも優男の前で見せつけてやろうか。
考えただけで、もう、たまんねぇ。
俺は雨に唄えばを熱唱しながら、クソジジイだったものを蹴り飛ばし続ける。
ジジイだったものは少しずつ塵のように消えていく。
ああっ!
俺は感極まる。
まじ最高じゃん! ホラショーホラショーホラショー、まじホラショーだ。
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