22 網の目の中から
部屋は薄暗いくらいがちょうど良い。
暗い部屋で輝くモニタの光というのはとても心地よい。
昔からこうやって遊んでいた。
ネットの中には、暴力で俺をおどしてくるようなやつはいなかった。
ここではもって生まれた身体の大きさなんかではなく、お上品な家柄なんかでなく、無駄に重ねた年なんかでなく、ただ新しい知識への貪欲な学びとひらめきがものを言う世界だった。
仄暗い楽園に比べて、外は地獄だった。
「禁断の実を食べたから、外が地獄だとわかるのだ」
機械翻訳の手助けも借りながら、うろついていた仮想空間の学び舎兼遊び場でpɐǝɥsı̣uǝdというアカウントがことあるごとに書き込んでいた文句、こいつを今でも憶えている。ろくでもない名前のくせして、あいつは賢者だった。
外、とりわけ
クソのかたまりで形成されたような鬼どもは俺をいたぶり、嘲笑った。俺から奪い、奪ったものを気まぐれに壊し、また笑った。俺は地獄から解放されると、楽園で涙を流し、遊んだ。このまま朝など来なければ良いのに。
それでも朝はやってくる。俺は毎朝、楽園を追放され続けた。
地獄は徐々に徐々に外の世界で広がっていく。教室からフロアへ、フロアから学校全体へ、学校から通学路まで。じごく地獄ジゴク。
ある日、俺がいつも通りいたぶられているところに、クソジジイ――あのときは、ただの「おじさん」、鬼どもから見ると、「うぜぇオヤジ」だったが――がやってきた。
着物に羽織姿のべたついた雰囲気のする中年は鬼どもに話しかける。
「お兄さんがた、ずいぶんと楽しそうじゃないですか」
俺をいたぶっていた鬼たちの手足が一瞬とまった。
「うぜぇオヤジだな」「怪我したくなきゃ消えろよ、おっさん」
おじさんはにこにこしながら羽織を脱ぐと話を続ける。
「お兄さんがた、どれだけあくどいことしてきたんだい。ほうら、あんたらの足元には無数の手が見える。法の網の目をかいくぐるいじめっ子はかくして地獄の手に引きずられていったのです。ある者は電車のホームへ、ある者はマンションの屋上へ、有る者は……いやはや大変なことですな」
そう言うと、着流し姿の脂ぎったおじさんは妙な節回しで何かを唱えはじめる。
「すうそあつめし■■■■の御手から……」
「このオヤジ、突然きもい歌うたいだしやがった」「こいつともどもフルチンで外走らせようぜ」「オヤジとクソブタ佐藤がやってるとこ撮ってエロサイトにあげようぜ」
どこまでもカスな鬼どもの手で俺はどこまでも苦しめられ、殺されるのだろう。
俺は絶望的な気分で、目をつむろうとした。つむろうとしたがつむれなかった。なぜなら、その瞬間に無数の灰色の手が地面から生えてきたからだ。
カスどもの悲痛な叫びは一瞬だった。それでも俺は憶えている。あの恐怖に満ちた目、すがるようにこちらを見る目。最高だよ。
「さぁ、おまえさんはなかなかいい目をしている。ほら、いらっしゃい。アタシの弟子におなりなさい」
差し出されたおじさんの灰色の手に俺はすがった。べたべたとした汚らしい、救いの手。
口を塞がれ、引きずられるように消えていったやつらの消息は翌日の新聞で知った。
仲良しグループの集団自殺は、いつしか怪談となった。
おじさんの手ほどきと楽園で学んだ知識をもとに、俺は地獄の鬼たちがたむろする裏サイトを潰してやった。
けっこうな人数がおかしくなって、学校から消えていったあと、俺の母校は呪われた学校として、これまた怪談になった。
俺が母校を誇れる日がくるなんて、来るとは思わなかった。呪われた学校、まじかっけー、
「お師匠様、やりました」
報告する俺を見て、師匠は目を細めた。
「おまえさんは、パソコンに強いんだねぇ。やはり、若い人は違うねぇ」
あのときは、俺はこの脂ぎったおじさんがまだ好きだった。
◆◆◆
俺は動画ファイルがいろいろなところに自動的に流れていくように仕掛けていく。
いくつかアタリを混ぜておく。
アタリをひいたら、
俺はつぶやく。手は機械のようにキーボードの上で動き続けている。
■■■■と俺からの贈り物さ。存分に楽しんでね。
動画はいくつかの種類があって、ターゲットのところで名物となっているザシキノボウとかいうののコードを書き換え、怖いお化けにしてやる。
ほうら、見ると呪われるやばいサイトさ。呪いのサイトがお知らせするよ。やばいやばいあの旅館。
俺の撒いたものは、たまたま出会い、気がついたら消えるものにしている。
そのほうがぞっとするからだ。見たはずなのにもう見つからない。あれは夢だったのか、本当だったのか。ちらりと見えるあの影は、こそっとのぞくあの目はなにか。ああこわいこわい。
集めて解析でもされたら、怖さも半減。
中の人などいないんだよ。
それなのに、追っかけてくるやつがいるみたいだ。
むかつくな。
おばけがいくよ。スメッキングアウトグロムキー。
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