第2話 招く人たち
07 マネカレルマヌガレナイ
大学というのは案外つまらない。
親が言っていたことも、学校の教師が言っていたことも、塾の講師やチューターが言っていたことも全部外れてた。
モラトリアム、趣味の合う友人と楽しい時を過ごせる、彼女だってできるかも?
全部嘘っぱちだ。
まじつまらない。高校までのほうが楽しかった。もう、いやだ。
◆◆◆
入学式とそれに続くオリエンテーションは退屈だった。それでも、いろいろと説明をしてくれた先輩はきれいな人だった。
まわりを見ると、結構かわいい子も多かった。
この中の誰かと付き合うことになるのかも。そう思うと少しだけどきどきした。
ただ、そのどきどきはあっという間に別のものに置き換わった。
「この大学は附属校からの進学者も多いし、わたしも実は附属校あがりなのですが、実はうちの学科は附属校出身者がとても少ないところです」
受験勉強もしないで、名門大学に入学して遊ぶ附属校出身者は、むかつく。
この先輩も遊び呆けてたクチか。そう思うと、きれいな顔にまでむかついた。
どうせ、僕が頑張っている間に彼氏とやりまくってたんだろ。汚らしい。
ここにいるのだって、教授に色目でも使ったんだろう。
女の顔にはむかついたが、とはいえ、そういうやつらが少ないのはいいことだ。
学科長だという年寄り教授の話は聞いていて退屈だったうえに眠たかった。事実、隣のやつはよだれを垂らして寝ていた。僕も多分数度意識が落ちているはずだ。
その後に「僕も君たちと同級生です」という寒い文句からはじまった今年度着任の若い教師の話はむかついた。
むかついた理由は、そいつの顔だ。
大学の教師なんだから、もっと暗くてブサイクならいいのに、なんかやたらと格好良くて教室の女の子たちの目を釘付けにしていたのがむかついた。
なんか色々と腹立たしくなって、まわりのやつらと話すのもバカバカしくなってきた。
出鼻をくじかれた感じがあったが、それでも、新歓期間にいくつかサークルを見て回った。
でも、どこもピンとこなかった。
ちゃらちゃらしているか、暗そうなところで入りたいとは思わなかったのだ。
大学には勉強しに来ているのだから、サークルなんかいいのかもしれない。
入りたくなったときに入れば良い。
英語の各クラスには、オリエンテーションで指名されたまとめ役的な一年生がいた。
うちのクラスは相田という人懐こそうな小柄な男で、彼が音頭を取るようにして、自己紹介をし、SNSのグループを作ることになった。
僕はそのSNSが嫌いでアプリを入れていなかったので、正直に「アプリを入れていない」と言った。
「入れてよ。連絡取りづらいし、今度、クラスコンパしようと思ってるから、その出欠も取りたいし」
男がニコニコしながら言うので、正直にここで使うSNSがとても危険なものであること、だから絶対に入れるつもりがないことを話した。
「そっか。ごめんね。コンパのときには声かけるね」
男はそう言ったが、それは嘘だった。
クラスコンパは僕の知らないところで開かれた。
それを語学のときに知ったが、どうして誘ってくれなかったなんて言えない。
あとで相田がものすごい勢いで謝ってきたが、どうでも良かった。
「ごめん、僕、忙しいから。誘ってくれなくて良かったよ」
ゴールデンウィーク直前になった。
塾の講師は浪人生がめげる第一の期間、それくらいに一年生の四月からゴールデンウィークまでの期間は楽しいとかほざいていた。
全然楽しくない。
僕は一人で講義に出て、一人で帰る。
こんなに人の多いところに来ているのに、一言も喋らない日も多かった。
「ゴールデンウィーク後は学校に来たくなくなるから、気をつけるように」
つまらない講義をする教授がぼそぼそと注意をうながした。
ああ、学校に来なければ、こんな思いをしなくて済むのかと一瞬思った。
一瞬思っただけだ。
現実はなお悪い。
大学以外にどこに行けば良いのだ。
去年までは良かった。
毎朝起きて、学校に行って、塾に行って帰る。
目標はあったし、やることだらけで忙しかった。
今はなにもやることがない。
でも、大学にもいきたくない。
図書館ガイダンスというので、一冊本を借りさせられていたことを思い出した。
もう期限が過ぎていた。
ゴールデンウィーク前に返さないと、なんかイヤだ。
そう思った僕は閉館間際の図書館で本を返す。
帰り道、前を一人の女の子が歩いていた。
構内はもうゴールデンウィーク気分なのか、ほとんど人もいない。
僕は後ろを歩いているだけなのに、前の子は足を早める。
お前なんかどうでもいいのに、自意識過剰になりやがって。
ああ、さぞかし気味が悪いことだろうよ。
どうしてか、怒りと加虐心めいたものが僕の胸の中でふつふつと湧いた。
女の子が歩く速度をさらにあげる。
僕も歩く速度をそれ以上にあげる。
足早に進む彼女とそれにぴったりついていく僕。
僕を気味悪がるおまえが悪いのだ。
それで僕がどれほど傷つくのか、わかれよ。
女の子の歩調が遅くなった。
大きな樹の下で彼女は振り向いた。
色白な子がにっこりと笑った。
彼女は樹の下に歩んでいくと、僕を手招きした。
なぜか置いてあった脚立に彼女が登る。
長いスカートから除く白いくるぶしを僕は見つめていた。
樹にはロープがかかっている。
ああ、なんということだろう。
女の子が縄に細く白い首を通した。
「や、やめなって!」
思わず声が出たが、彼女は脚立を蹴った。
首が伸びる。
目と舌が飛び出る。
ぷらぷらと彼女がまわる。
回転する彼女の顔が目をそむけようとする僕を見つめる。
「ツギハ、アナタノ、バン」
僕は悲鳴をあげて、走り出した。
どの樹の下にも彼女がぶらさがっていて、問いかける。
地面から彼女の腕が僕をつかむ。
「サァ、ハヤク」
そして、ぼクハ、レツニ、クワワッタ。
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