05 S公園
「わたしは信じていない。蓮女なんているわけない」
わたしはそんなことをつぶやく。
なんで、こんな日のこんな時間にポムは吠えだしたのだろう。
◆◆◆
お父さんは出張で、お母さんは学生時代の親友たちと旅行。
エリちゃんに言わせると、「彼氏を連れ込める絶好のチャンス!」なんだけど、残念ながらわたしに彼氏はいない。
おいでよとエリちゃんを誘ったけど、デートの予定があるからと断られてしまった。
ポムはとてもいい子だ。
中学の入学祝いで飼ってもらったふわふわした毛玉だ。
この毛玉の正式名称は秋田犬といって、すぐに大きくなった。
この子たちは可愛らしいだけではなく、人間なんか殺せるくらいに強く力強い。
だから、ポムのしつけは徹底している。彼は頭のいい子だから、いつも静かで言うことを聞いてくれる。
ドッグランで小学生の女の子に「ポムちゃーん」と抱きつかれても、嫌な顔ひとつしない。だから、人気者だ。
そのポムが夜に吠えだした。
朝一時間、夕方二時間、普段通り散歩はした。
深夜一時過ぎ、わたしは当然パジャマ姿だし、ポムだってさっきまでわたしのベッドの上で寝ていたのだ。
なのに、わたしが横になった途端、彼はわたしの顔をなめまわしはじめた。
かまってほしいのかと思ってなでまわしていたら、大きな肉球がわたしの顔をたたいた。
そして、起き上がったわたしの前にポムはリードをもってきたのだ。
「もう寝る時間だよ。夜更かしはお肌に悪いよ」
ポムはわたしの言葉に対して、リードをくわえて反対の意を示す。
どうしても散歩に行きたいらしかった。
結局、深夜にわたしはポムと外に出ることになった。
彼はふんふんと鼻を鳴らしながら歩く。
散歩コースのS公園は今では怪奇スポットになってしまっている。
だから行きたくない。
それなのに、今日に限ってポムは言うことを聞いてくれない。
ぐいぐいとわたしをS公園に引っ張っていく。
彼が本気を出したら、わたしの力ではかなわない。
ずるずると引きずられるようにしてついていく。
今までこんなことはなかった。彼は常にわたしの横を静かに歩いていた。そうしつけていないと大型犬の散歩はできない。
それなのに……。
公園の入口の広場のようになっているところを右に曲がると、蓮の花咲く大きな池がある。
そこには行きたくないのに、ポムは無情にもそちらのほうにわたしを引きずっていく。
橋を渡り、街灯の数も減っていく。
ここは夜に来るような場所ではないのだ。
池の端が見えてきたあたりでポムの歩調が緩やかになった。
「ねぇ、ポムくん、回れ右して帰ろうよ」
呼びかけに彼はぴくっと耳を動かす。
でも、聞いてくれないようだ。
また、ぐっと引っ張られる。
「わたしは信じていない。蓮女なんているわけない」
街灯のかすかな光に蓮の花がぼんやりと浮かび上がる光景は綺麗だった。
人っ子一人いない深夜でなければ、恐ろしい話を知らなければ……足を止めてゆっくりと眺めていたいくらいだった。
でも、わたしはここをはやく立ち去りたい。
踵を返して公園から出たい。
それなのに、ポムはわたしを蓮の花の近くへ近くへと誘う。
「わたしは信じていない。蓮女なんているわけない。そんなの迷信だ」
わたしは歯を食いしばる。
池の中央にひときわ大きな蓮の花が咲いている。
大きな蓮の花は街灯の明かりを受けて、きらりと光った。
「わたしは信じていない。蓮女なんているわけない。でも、もしかしたら……やだ、こわい、かえりたい」
街灯が突然消えた。
暗闇できらりと何かが光った。
それは目、黄色く光る目。
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