03 肝試し

 「色はやや薄い茶色、Cとみた」

 飯田は頭の上に角をつくると「ンモォー」とおどけた声をだしながら、上野の胸を頭上につくった角いや指で突いた。

 「誰がCだよ」

 浅野が思ったのと同じ疑問を先に口に出したのは胸を突かれた上野である。

 「昼間の子。けっこう可愛かったよな」

 飯田は角をつくった頭をゆらしながら答える。

 それに上野だけでなく、江藤と小田も同意を示した。

 「声かけたらいけたんじゃね? 向こうから相席いいですかって言ってきたんだし」

 小田が腰をふっておどける。

 そう簡単にはいかないだろう。浅野はその考えは口に出さなかった。

 見たことがない子だったから、別の学部の子だろう。

 確かに可愛い子だったと思う。

 「俺たちの話に興味持ってたみたいだから、話聞いてもらうくらいはできたかもな」

 今度は自分の考えを口に出してみた。

 「えっ? カップと色についての話に興味が出たってか? ええ、私のカップ戦闘力はDピンクですとか。うわ、聞きてぇ」

 おどける飯田に浅野を含めた他の四人が一斉にツッコミをいれた。


 「おい、あんまりアホな話ばっかりしてると、蓮の上の美女もおっぱい見せにきてくんねぇぞ」

 浅野は悪友たちは肝試しにきていた。

 テスト勉強やレポート作成に追われていると息が詰まる。

 アルバイトも忙しいし、やりたいこともたくさんある。なのに、大学はテストだ、レポートだと面倒くさいことこの上なかった。

 馬鹿騒ぎでもしなければ、やっていられない。


 「ほんとうに蓮の上の痴女がいたらさ、やる?」

 小田が浅野の顔をみて笑う。

 「痴女じゃねぇだろ。まぁ、なんにせよ、ちゃんと事前に聞くけどな」

 「乳首連打してもいいですかって?」

 「乳首はやさしくつまむもので、連打するものじゃないから」

 「つまむとか言ってるから、お前はいつまで立っても童貞なんだよ」

 口を開けば、馬鹿話しか出てこない。

 これだけやかましい一団では、蓮の上の美女だか痴女だかも、まずいと思って帰ってしまうに違いない。

 というか、生首とか公園にあったら事件だろうに。

 でも、そんなもの見つけたら、気持ち悪いだろう。

 じとっと嫌な汗が背中を濡らす。

 そんなはずはない。でも……。


 はたして、浅野の常識的な予想は外れる。

 常識より、背中にじとっ染み出す汗のほうが正しいのだ。だって、これは生存本能だから。

 街灯が照らす仄暗い池、蓮の花の群生地の中心にはひときわ大きな蓮の花があった。

 真ん中からは瓜実顔に黒い髪の美女の首がこちらを見ていた。


 「えっ?」

 誰かがほうけたような声をもらすと、首はこちらを向いた。

 切れ長の双眸がこちらを見つめる。

 彼女は口を開けているが、声が出せないようだった。


 ずるりと生首が動き、白い肩がでる。

 白い肩から伸びた細い腕で周囲の蓮の花を押すと、体がぬるりと出てきた。

 生首であった美女は惜しげもなく裸身をさらすと、水面を這ってきた。

 そして、瞬間移動でもしたかのように、あるいは、アニメの途中のコマを飛ばしたかのように浅野と悪友の前にしっとりと濡れた裸身が伏せていた。

 上目遣いの眼の中の虹彩が黄色く光る。

 

 「タ・ス・ケ・テ」

 今度は彼女は声を出した。

 その声は、少なくとも浅野には、おかしなものに聞こえた。

 言葉の意味内容と声がちぐはぐのような感じがしたのだ。

 その感覚ゆえ、彼は身をぐっと引いた。

 ただ、言葉の意味内容か、それとも女の美しい顔か裸身か、何かにつられてしまった仲間が引き寄せられるように手を伸ばした。


 浅野は自分が正しかったことを知った。

 彼が正しいことを示したのは、友人の身体から吹き出す血であった。

 短く、それでいながら耳をふさぎたくなる悪友たちの悲鳴、それを聞きながら、浅野は走る。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る