Kくん、かく語りき
物語は文字だけにあらず。
保育園に通っていた頃、『戦隊ごっこ』が流行っていました。一つ年上の社交的な姉は、友達の家でテレビを見て「私、ピンクが良い!」などと積極的に参加していましたが、人見知り鳥尾巻は、姉のオマケで誘われても、すぐにやられる雑魚敵か、ミサイルの役をやっていました。
ヒーロー達が巨大ロボ (ジャングルジム)から繰り出すミサイルになって敵陣に突っ込み「ドカーン」と言うだけの簡単なお仕事。あとは園庭の片隅に引退して、砂場で一人砂山を作っていました。
しかしミサイルの足りなくなった子達が放つボールが顔面を直撃して鼻血を吹き、ぼーっとすることもままなりません。
鳥尾巻のぼんやり具合を危惧したのか、先生方は「中で遊びましょうね」と言ってくれました。集団行動や外遊びが苦手な子が、互いにコミュニケーションを取ることなく点在する部屋の片隅で、これ幸いと白昼夢にふけります。
その点在仲間?の一人に、時々登園してくる年上の男の子がいました。体が大きく、見た目は小学生くらい。名前はKくん。
彼は自閉症だったらしく、小学校も少し遅れて入学するのだと後で知りました。ペースを乱されるのを嫌い、他の子がうかつに触ると泣いて大暴れするので、点在コミュニティにいる方が彼としても安心だったのかもしれません。
登園してくると、いつも鳥尾巻がぼーっとしている横に少し離れて座り、ゆらゆら揺れながら『ちびくろサンボ』の話を始めます。内容を丸暗記していて、最初から最後まで話し、終わるとまた最初から始め、それが帰るまで続きます。
毎回それを聞いていたので、絵本を読んだことはなくとも、内容をすっかり覚えてしまいました。繰り返し繰り返し語る彼が何を考えていたのか分かりませんが、彼がそれを語っている時は、とても機嫌が良いように感じました。
ずいぶん後になってそれが『遅延エコラリア』という特徴なのだと知ったけど、あれは彼なりのコミュニケーションだったのかなと思います。
鳥尾巻の隣で同じ話を語りながら、卒園の最後の時まで一緒でした。「いつも一緒に遊んでくれてありがとう」と、親御さんや先生方に言われたけど、それ以外の発話を聞いたことがないので、仲良しだったのかどうかすら分かりません。
今でも時々、ふとした拍子に彼が生き生きと語る『ちびくろサンボ』を聞きたいと思います。忙しない日々の中、あの心穏やかな時間を懐かしく思い出すのです。
つづく
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