第29話 マリアのオススメ
祈りの滝があるという小さな町メルクに辿り着いたのは午後3時頃だった。
マリアの話によるとメルクの町は、歴史的建造物でもあるノーブル大聖堂及び修道院が有名だそうで、夏場は巡礼客で賑わう観光地らしい。
その一連の施設は町を見下ろす丘の上に立っており、修道院の裏手の断崖絶壁に祈りの滝はあるとのこと。
馬車で修道院の前へ到着すると、『恋人の聖地!祈りの滝はこちらです!!』とポップな看板が目に入った。
どう見ても、敬虔な修道院とは相性の悪い看板だった。
「マリア、ここからは歩いていくのよね?」
「そうよ、でも直ぐに着くわ。建物の裏手に回るだけだから」
三人で案内板に従って進むと、直ぐに木立は開けて、壮大な景色が現れた。
「これは素晴らしい!メズール川の両岸は断崖絶壁になっているのか!!綺麗な地層が見えるし、川の水の色も美しい。何より、この場所から川底まではかなり高さがあるね」
感嘆を呟いているのは、マクスである。
私は眼下の眺めが怖くて、脚が震えている。
「マ、マクスは足元が崖で怖くないの?」
「ああ、全然怖くない。キャロル見てごらん。滝の水量も中々だ。迫力があるなぁー!」
「いやいやいや、結構、脚が震えちゃって、、、」
私が弱々しく訴えると、ガシッと腰に手が回された。
「あー、目の前でイチャつく二人を見るのって、案外ツラいわ」
マリアがボソっと言う。
「マリア、怖くないの?」
「全然怖くないわよ。慣れてるから」
確かにマリアはドッシリしているから、安定が良さそうね!なんて、軽グチを叩いたりしてはいけない場面だな、、、。
ふと、耳元にマクスが囁いて来た。
「調査はどうする?」
あ、そうだった。
でも3人で居る状況じゃ難しいよね。
「泊まる?」
素早くマクスへ小声で伝えた。
マクスは腰に回した手に力を入れた。
了解と言う事だろう。
「マリア嬢、おれたちは折角なので、メルクの町に滞在しようと思います。この町でオススメの宿はありますか?」
マクスはマリアに尋ねた。
「ここは巡礼地なので、宿屋は沢山あります。お泊まりになられるなら、お邪魔虫はサッサと帰りますわ。オススメは蛍というお宿です。殿下とキャロルのお二人だけなら、いきなり宿へ行っても一部屋くらい空いているでしょう。大丈夫、泊まれると思います」
マリアは少し含みを持たせた返事をした。
「マリア嬢、ありがとう。一様、二人だから宿へ行って聞いてみます」
マクスは正直に答えた。
影がいる事を伝えたようなモノである。
ワザと???
足元が怖くて役に立たない私は、二人の会話を盗み聞くくらいしか、出来なかった。
案外、アッサリと帰って行くマリアの馬車を見送り、私達はメルクの町を歩いた。
こじんまりした町の建物は赤い屋根とハニー色の壁で統一されており、窓にはカラフルな木枠が嵌め込まれていて、とってもメルヘンな雰囲気である。
「この街、可愛いわねー!」
足元の石畳に安心感を得て、すっかり元気を取り戻した私は浮かれていた。
「おれさ、マリア嬢が影に気付いているって、メルク邸にいる時から感じてたんだよ」
マクスは歩きながら、突然カミングアウトしてくる。
「それって、マリアはやっぱり敵って事?」
「いや、まだ分からない。ただ、おれたちに警戒しろって意味かも知れない」
だいたい、影は通常の護衛と違い、私たちにも姿を見せる事は殆ど無い。
リューデンハイム領で王族警備隊と名乗ってしまった影の皆様は今後配属先が変わるらしい。
顔が割れたら、ダメなんだとか。
確かに、コルトーとジェイはすっかり住民と馴染んでしまっている。
それにしても影に気付くとは、、、。
マリア、只者では無いな。
「それで、オススメのお宿に行ってみるのよね?えーっと、蛍ってお宿」
「ああ、警戒しながら、行ってみるか」
美味しそうなパン屋さんや雑貨屋さん、靴屋さんなど巡礼地に良くありそうな商店街を眺めながら歩いていると、蛍という小さなお宿を見つけた。
案内された部屋の鍵を開けて、部屋に入ると赤と白のギンガムチェックが目に飛び込んでくる。
ベッドカバーやカーテン、クッションが全て可愛いギンガムチェック!!
私は大好きだけど、、、。
横目でマクスを見ると微妙な顔をしていた。
「マクス、随分と可愛いお部屋ね」
「ああ、そうだな。結構狭くて驚いている。地方遠征で泊まる宿でも、もう少し広い」
室内にはベッドとサイドテーブルしかない。
入口ドアの横にバス&トイレがコンパクトサイズで収まっている。
幸いフロントで泊まりたい旨を伝えるとお部屋は空いていた。
スタッフの手際もよく、私達は直ぐにお部屋へ入ることが出来た。
しかし、マリアはこのお宿の何がオススメしたいのだろう?
清潔感はあるけど、とにかく狭い。
今のところ、私にはサッパリ分からない。
コンコン、ドアをノックする音がした。
「支配人でございます」
マクスは「はい」と答えながら、ドアを開く。
「こちら、本日のおやつでございます。私共はメルクの町で、古くから洋菓子店も営んでおりまして、この天使の羽パイはお土産としてもたいへん人気がある商品です。宜しければ、先程作りましたカスタードプリンとご一緒にお召し上がり下さい」
支配人はマクスに紅茶ポットとスイーツの乗ったトレイを手渡した。
「ありがとうございます」
「いただきます」
二人でお礼を言うと、支配人は一礼して去って行った。
ドアを閉めるなり、マクスが吹き出す。
「グハッ、オススメって、コレか!?」
とても楽しそうに笑っている。
マリア、ブレないわね。
王太子にお菓子が美味しいお宿を薦めるなんて肝が座り過ぎだわ。
マクスは器用に片手でサイドテーブルを目の前に持って来て、トレイを置いた。
トレイにはお茶セットとお菓子やフルーツを盛ったお皿が乗せてあった。
私は早速、ベッドに腰掛け、カップに紅茶を注ぐ。
マクスはその様子を静かに見ている。
「この部屋、仕事をしたくなくなる魔法が掛けてあるよね?」
突然、変な事を言い出した。
「そんな魔法っていうか、この国に魔法使いは、、、」
一様、言葉を濁しながら、紅茶の入ったカップをマクスへ手渡す。
マクスは片手でカップを受け取ると、いつの間にか反対の手に持っていたスプーンを紅茶に浸けた。
「よし、この紅茶は大丈夫。飲んでもいい」
「え?マクス、いつもそんな事をしているの?」
「ああ、いつもしている。実際リューデンハイムで毒を盛られた時に役立った」
その言葉を聞いて、ゾーっとした。
「もしかして、他にも盛られた事があるの?」
「そうだな、両手で数え切れないくらいはある」
澄まし顔でいう話じゃないわよ、マクスぅ。
「死んだりしないでね」
「キャロルを残して死ねないから、心配しないで」
「その回答って、微妙じゃない?」
「そう?」
「自分の身を大切にしてね」
私はマクスの顔を覗き込んで訴えた。
チュっとキスされた。
不意打ちは心臓に悪い。
顔が熱くなる。
「キャロル、ありがとう」
私の手から、紅茶カップを取り上げて、マクスは自分の分と一緒にサイドテーブルへ置いた。
そして、私の方へ手を伸ばし、抱き寄せる。
「ねぇ、キャロルもそろそろ、仕事がしたくなくなる魔法が効いて来たんじゃない?」
マクスは耳元でイタズラっ子の様に言う。
私が何と答えたかって?
それは秘密。
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