第30話 待ち伏せ

 仕事をしたくなくなる魔法が解けた頃、夜空には星が煌めいていた。


相変わらず、月が細く闇が深い。


幸い、祈りの滝は修道院の裏手なので、道に迷うことは無さそうだ。


私とマクスは今、ゆっくりと丘を登っている。


「ねぇ、あの崖から落ちたら死んじゃうよね?」


「ああ、死ぬだろうな。いや、簡単に落ちないだろ?」


私がやたらとあの崖を嫌がるので、マクスは呆れている。


「キャロルなら、飛べそうだけど」


「あ、飛べるんだった!!」


そういえば、ソルティール監獄塔から逃げ出すとき飛んだわ、、、。


「でもね、飛ぶのと落ちるのは違うのよ」


「何なら、手でも繋いで行くか?」


もう完全に馬鹿にされている感じだけど、私はマクスに手を差し出した。


「わっ!」


暗闇から影が飛び出した。


私は驚いて仰け反る。


「何かあったのか?」


マクスが冷静に問う。


この様子からすると味方のようだ。


「マリア嬢がこの先でお待ちです」


「お待ちって?潜んでいるということか?」


「いえ、堂々とお待ちです」


私とマクスは首を傾げる。


「マリア嬢に姿を見られたりしていないだろうな」


「いえ、申し訳ございません。自分たちは先ほどお菓子をいただきました」


「はぁ?お菓子?」


「お疲れ様と、、、」


「お前たちの動きが、完全にバレているということだな」


「はい」


「それで、おれたちはどうしたらいい?」


「このままお進みいただいて宜しいかと」


「分かった。詳しいことは直接聞く」


「申し訳ございません」


影の人は一礼するとまた闇に溶け込んで行った。


マリア、影にお菓子を振舞った?


一体、どういう事???


「さっぱり分からない展開だな」


マクスが私に言う。


「マリアは何がしたいのでしょう?」


私も答えが分からない。


二人で互いに考え込んでしまって、しばし無言になる。


あと少しで丘の上というところに、黒い装束で身を包んだ誰かが立っていた。


まさか、、、ね?


手を繋いだまま近づいて行くと、まさかのまさかだった。


「キャロル、助っ人に来たわよ」


まごうこと無き声は、マリアである。


「な、何で!?帰るって言っていたわよね」


「マリア嬢、その恰好は一体」


「二人とも驚き過ぎよ」


マリアが笑う。


「だって、お菓子を食べているイメージしかないから、、、」


「はぁ、見た目に騙され過ぎよ。私は氷の刃の諜報部員です。キャロルお嬢様」


「えええ?そうなの!?」


「お二人共、ここがどういう場所か考えて下さいよ」


「え?何ワインの産地?」


「あー、まどろっこしい!!国境です。何も置かないわけがないでしょう?」


「メルク男爵は隣国とか気にせず仲良くやっているって言っていたから、全く想定していなかったよ」


マクスも驚く。


「そんなお人好しだったら、よその国から乗っ取られてしまいますよ」


「じゃあ、仲が良いって言うのは嘘なの?」


「それは本当です。ただ、紛れ込んで入り込もうとする輩は常にいます」


確かに北部のモリノー辺境伯領と隣国ミラー辺境伯領の小競り合いばかりが目に付いて、メルク男爵領と隣国ヴァッハウ男爵領のことに疎かったのは事実だ。


「それで、マリアはここに何をしに?」


「いやいや、王太子ご夫妻の護衛ですよ。他に何があると言うの」


「わざわざ、祈りの滝で待ち伏せしなくても、、、」


「ジェシカ団長からの指令だから!!あんた達に怪我でもさせたら恐ろしいことになるのよ」


マリア、王太子夫妻をあんた呼ばわりはどうかと思うわよ。


「マリア嬢は面白いね。是非色々と役に立ってもらおう」


マクスは一周回って、面白がりだしたわ。


「で、祈りの滝を調べるのよね?」


マリアが聞いてくる。


それを知っているなら最初から言って欲しかった。


あの時、調査していたら、わざわざ、私とマクスはお宿に行く必要は無かったよね?


まぁ、案外楽しかったから、いいけども。


「ええ、そうよ。念のために聞くけど、マリアは魔力持ち?」


「ある訳ないじゃない。私の特技は体術よ」


体術か、確かに強そうだ。


「キャロル、検証に丁度いいね」


「ええ、早速行ってみましょう」


三人で修道院の裏手に回った。


崖が近くにあると、やっぱり足元がおぼつかない。


「キャロル、怖いなら、いっそのこと飛んだら?」


私はマクスの提案に乗ることにした。


マクスの手を離し、ふわふわと宙に浮き上がった。


「えええ!!!」


横にいるマリアが驚愕するも、咄嗟に自分で自分の口を押えたので大声にはならなかった。


「さて、探してみますか。ソレ!」


私は両手を横に伸ばし、転移ポイント出てこい!と祈る。


すると、崖から一歩踏み出した空中にオレンジの柱が立った。


「あー、ここに設定した奴、感じ悪いな」


マクスがボソッと言う。


確かに失敗したら落ちる場所である。


それに、、、。


「ねえ、マリアはこの辺に何か見える?」


「いいえ、何も見えないわ」


やっぱり、間違いない。


「マクス、これって魔力の無い人が使うのは危険すぎる場所よね?」


「ああ、間違いなく転移ポイントを通るには魔力持ちじゃないと無理だろう。失敗したら落ちるからな。もしくは魔力持ちと一緒に通過する可能性も考えられるね」


「お二人の会話から推測するにその辺に転移ポイントというのがあるってことですか?」


「ええ、だけど魔力が無いと使えない場所なのよね」


「では、私がここを使う人を見張りましょうか?」


「いや、ここの見張りの要員は確保しているから大丈夫だ。他のポイントにも見張りは付けている」


マクスが簡単に説明する。


「分かりました。ジェシカ団長に報告はしてもいいでしょうか?」


「ああ、よろしく伝えてくれ。おれたちはこのまま転移先に飛ぶ。キャロル、準備はいい?」


「うん、いつでも大丈夫よ。マリア、今度こそ気を付けて帰ってね」


「はい、ではお気をつけて」


マリアに手を振ってから、私はマクスの手を引っ張って、転移した。




「キャロル、王太子殿下。無事に出発!」


よし、ジェシカ団長に報告にしなくては、私は踵を返した。


キラリと何かが反射した。


素早く藪へ飛び込む。


姿勢を低くして様子を伺う。


カキン!キン!!


暗闇の中から金属がぶつかり合う音がし出した。


敵襲か?


耳を澄まし、人数を数える。


敵と味方で十名程いそうだ。


幸い敵は藪の中に居る私に気づいていない。


影の皆は大丈夫だろうか?


ドスッ!と、目の前に青い頭巾の敵が倒れ込んで来た。


私は素早く持っていた布で猿轡をし、手足もワイヤーでグルグルに巻いた。


そして藪に戻り、再び警戒モードで様子を伺う。


五メートルほど先にもう一人倒れているのが見えた。


よし!捕獲するかと飛び出す。


途端に横から強い衝撃を受け、身体が宙に舞った。


マズい!落ちる!!


浮遊感を感じ、崖の壁面を掴もうと手を伸ばしたその時、強い力で崖の上まで一気に引き揚げられた。


「マリア!大丈夫!?」


「え?」


目の前には、さっき見送ったキャロルと王太子殿下がいた。


「戻って来るの、早!」


思わず声が出た。


地面に座ったまま見回すと、六名ほどが茨のようなものにぐるぐると巻かれ、転がっている。


影はすでに消えていた。


「えっ、この一瞬で!?」


二人の方を見ると、ムカつくほどドヤ顔のバカップルが手を繋いで浮いていた。

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