第28話 敵にしたくない男

 強い日差しが照り付ける。


黄龍の宮殿を包む白い壁は、眩いほどの美しい輝きで人々を魅了するだけではなく、日差しを撥ね返すという効果も兼ね備えている。


それにより、宮殿内は涼しい風が吹き抜け、存外過ごし易い。


大きく開いた窓辺では、オレンジや黄色の美しい紗(薄布)が優雅にたなびく。


その紗をよく見れば、精緻な刺繍が施されている事に気付くだろう。


ブカスト王国は古来より刺繍、絹織物、毛織物の技術が高い。


そのブカスト王国産の布製品は一級品として高値で取引され、この大陸だけではなく、世界中へと輸出されていく。


一生物と言われる敷物は一枚で、家が一軒建つほどの値段だとも。


何故そんなに高いのかというと、技術的な工賃は勿論のことながら、そもそも国土の四分の一が砂漠である故、材料のほとんどを輸入に頼っているからである。


そして、主要となる輸送路が無いことも大きい。


ブカスト王国の南部の海岸線は入り組んだ断崖絶壁で、地形的に港を作ることが出来ない。


北部の氷河地帯から、長い旅をして海へ向かうメズール川も、ソベルナ王国との国境線となっている箇所が複数あるので、自由には使えない。


そのため、この国では馬やラクダを使い、少しずつ運ぶ方法が一般的だ。


 


 「カルロ殿下、伝令が戻りました」


 窓辺で揺れる紗を眺めていると、側近のベンが廊下から、わたしに話し掛けた。


「入れ」


「只今、赤龍の宮殿より戻りました」


伝令は、片膝を付き恭しく頭を下げた。


何とも、わざとらしい。


「それで、兄上とは会えたか?サキ」


顔を上げた女は目を輝かせ、こう言った。


「はい、マーカス殿下とお会い出来ました!!それはもう美しいお顔をされていて、目を奪われました!!眼福って、こう言う事なんですかね~?殿下」


目の前に、わたしの兄上の事を思い出し、身悶えているサキという女がいる。


彼女は私の側近である。


普段は指揮官として、黄龍軍を率いている。


その彼女のルーツはソベルナ王国にある。


現在は魔法戦士として活躍しているが、肝心の魔法は魔法使いと言えるほどの高い魔力を持ち合わせていない。


それでも剣に炎を纏わせ、シールドを出現されるくらいは出来る。


彼女のようにソベルナ王国からブカスト王国に移民してきている者は多い。


隣国の魔法使い禁止は辞めた方が理もありそうだと、次回マクシミリアン王太子に会う時に進言でもしてみるか、、、。


話を元に戻そう。


此度の伝令は、例の“砂漠の薔薇“の動向が掴めておらず、危険を伴う可能性があったため、彼女を使うことにした。


だが、サキは美しい男が大好きと言う厄介な性癖があり、普段から、わたしにその感動を伝えて来るのは常だったのだが、、、。


今、格別に微妙な気分である。


何故なら、わたしと兄上の容姿は瓜二つなのだ。


一体、どう受け止めれば良いのか、、、。


「サキ、余計なことは言わなくてよい。仕事の報告をしろ」


結局、何も気付かぬフリをして、受け流す事にした。


 先日、わたしは隣国のマクシミリアン王太子と手を組む事にした。


後目争いが激しい我が国に嫌気が差していたら、まさか隣国絡みの争いに巻き込まれるとは思ってもみなかった。


その際、マクシミリアンの妻となったキャロライン嬢のお陰で、わたしが目に見えぬ黒幕の甘言に乗り、王子の座から落とされる危機を回避することが出来た。


そもそも、わたしは隣国に恨みも何も無い。


恐らく国王である父上も、聡明な第二王子マーカスも。


国境線の戦いは王座を狙うバカな王子が、定期的に起こしては失脚していく。


不毛を極めた戦いなど、頭が少しでも回る奴なら手を出さない。


実際のところ、砂漠地帯及び氷河地帯という難しい土地を抱える我が国は三つの隣国から多くの物を輸入している。


仲を深めるなら兎も角、態々関係が悪くなるような事をするのは愚かだ。


 先日、マクシミリアン王太子から提案された内容を、目の前のサキを使って、第二王子のマーカス兄上に伝えた。


 余談だが、マーカス兄上は我々兄弟の中で、一番冷静で頭が切れるのだが、その兄上のことを最も王位に近い人物だと、隣国のマクシミリアン王太子が把握していたことには驚いた。



 さて、兄上はサキに何と返事をしたのだろうか?


「殿下、マーカス殿下は同意するとお返事を下さりました。ここに書状も、、、」


サキは袖の中から筒に入った書状を出し、わたしに渡す。


わたしはそれを受け取り、その場で確認した。



『我が弟、カルロよ。提案の件は私も同意し、協力も惜しまぬと約束する。マーカス・アラン・ブカスト』


わたしは最後まで目を通してから、サキへ問う。


「サキ、兄上は他に何か言われていたか?」


「はい、ソベルナ王国の王太子殿下とカルロ殿下が手を組むのは僥倖であると。不毛な小競り合いをする理由を無くす方法として、今回の計画は、とても有効だろうと言われておりました。また“砂漠の薔薇“の解体についても力添えすると言われていました。」


「ふむ、分かった。任務ご苦労だった」


サキは一礼するとその場を去った。




 兄上には、“砂漠の薔薇“はソベルナ王国の諜報機関でもあると言うことをマクシミリアン王太子の証言と共に伝えた。


我々は“砂漠の薔薇に“に踊らされていると、、、。


そして、ソベルナ王国とブカスト王国の相互発展ため、メズール川に橋をかけ、我が国の首都ブカから、ソベルナ王国の首都リールへ最短距離で移動できる街道の整備をするという計画をマクシミリアン王太子と一緒に検討していると伝えた。


これは全て、マクシミリアン王太子からの入れ知恵である。


更に、我が国は王座に目が眩み、隣国にちょっかいを掛けるようなバカ王子をこれ以上作らない為、隣国とは親睦を深め仲良くしていくことが大切なのではないかという私の考えも書状に書き記した。


これまで、わたしは表立って自分の意思を誰かに伝えることは無かった。


あの書状を見て、さぞ兄上は驚かれただろう。


マクシミリアン王太子は、街道が繋がれば、互いの国から輸出入がし易くなるし、国主導で関所の管理と輸出入の取り決めをすれば、一部の輩が不当な取引で儲けることを防げるだろうと言っていた。


分かり易く言い換えるなら、裏金作りが防げると言う訳だ。


だが、この計画を実現するにはそれ相当の邪魔も入るだろうとも。


我々は、くれぐれも慎重に事を進めないといけない。


そして兄上が、この話を受け入れてくれたと言う事は、やはり第一王子のナスタが怪しい。


が、最早ナスタ兄上も騙されていたとするならば、黒幕はかなり力をつけているということになる。


我が国を滅ぼせるほどに、、。


いや、すでに滅んでいるのかもしれない。


マクシミリアン王太子は、恐らくそこまで分かっているのだろう。


しかし、彼は我が国を潰すどころか、手を組み良い関係を築こうと提案して来た。


わたしが断れる立場にないと言うことも、分かっている上で、、、。


つくづく思う。


敵にはしたくない男だ。

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