第25話 闇夜

 真っ暗な道を歩きながら、マクスが話しかけて来た。


「やたらと出てくるボルドーって、ボルドー男爵家のことだよな」


「うーん、肝心なところを確認し損なったね。明日、カレン様に聞いてみる?」


「そうだな。それと父上だけどさ、直属の影が居るとか、おれ全く知らなかったんだけど」


ちょっぴり不機嫌そうな声のマクス。


「私は逆に聞いていいのか、心配になったけどね」


「確かにカレン嬢は、おれ達にアッサリ教えてくれたよな」


「うん、彼女は良い人だと思った。今後の人付き合いは先入観を持たないようにする」


「ああ、それはおれも同感」


酒場を出たのは、二十一時。


真っ暗な道を二人で、のんびり歩く。


今夜は雲が多くて、星空を拝めない。


私たちは他愛無いお喋りをしながら、昼間に見つけた転移ポイントへと向かっている。


幸せの鐘の北側二つ目の羊岩付近。


幸福の鐘に向かう道は南側にしか無いので、意外な事に北側の草むらへ入る人は少ない。


分かりやすく、盲点の場所だった。


今は王族警備隊のコルトーとジェイが見張りに付いている。


「キャロル、ちょっと立ち止まれる?」


「うん」


私を呼び止めて、マクスは何かを吹いた。


ピーンという軽い音が鳴る。


「変な音だね」


「んー、キャロル。ちょっとだけ静かに、、、」


マクスから、口を手で塞がれた。


何なの?


ピーンと遠くから音がした。


「あ、今は大丈夫みたいだ。丘を登ろう」


「飛ぶ?」


「あ、いいね」


私はマクスを掴んで、丘の上に転移した。


「コルトー、ジェイ!」


マクスが、小さな声で呼ぶ。


「殿下、お疲れ様です!」


暗闇から2人の声がした。


「夕飯をケイトから預かって来た」


マクスは夕食の入った包みを掲げる。


「うっわー!腹減ってたんですよ。ありがとうございます」


軽いノリの声とガツっと何かを叩く音がした。


「ジェイ!お前、口の聞き方!!」


コレが噂のコントなのかしら?


でも、何も見えない。


「マクス、灯りをつけたらマズイ?」


「まぁ、目立つからね」


「夜目が効くみたいなのは?」


「キャロル、賢いね。良いと思う」


思い付いた私も自分を賢いと思った。


「では、ここにいる4人に夜目が効く魔法を掛けますね!ソレっ!」


「ソレって、、、ハハハハハ!はっ?えっ!?見える!!」


あー、この喋りはジェイさんかな?


声のする方を見るとバッチリ若い騎士が見えた。


その横には少し歳上の騎士も。


あちらも私達の方を向いた。


「殿下だけではなく、妃殿下も見えます!!」


コルトーが嬉しそうな声を上げる。


「はい、これが食事だ」


マクスはコルトーへ包みを渡した。


「ありがとうございます!」


「少し話を聞きたい。おれ達はもう済ませて来たから、2人は遠慮なく食べて」


2人はそれを聞いて包みを開けた。


鶏肉とガーリックのいい匂いが漂ってくる。


「いただきます」


2人はお行儀良く食事を始めた。


「飲み物はありますか?」


私が尋ねると、コルトーが答える。


「はい、水筒を持っています」


「それなら、大丈夫ですね」


「はい」


2人が黙々と食べる様子を、私達は羊岩に腰掛け、黙って見ていた。


あっという間に2人は食べ終わる。


「ご馳走様でした!」


いや、早過ぎてビックリ。


飲んだ?ってくらいの早技。


「コルトー、今日は誰かこの転移ポイントを使ったか?」


「いえ、まだ誰も」


「そうか、困ったな」


「マクス、どういう事?」


「恐らく、転移ポイントという事は魔法が使えなくても飛べるって事だろう。手順を知りたかったんだよ」


「ああ、なるほど。でも、仮に転移する方法が分かったとしても、到着したところが何処なのか分からないかも知れないよね。あ!ピピ!!あのね、ピピは行った先でも、そこが何処か分かると思う」


「呼んだら?」


「うん」


私は左手の指輪に魔力を流した。


真っ暗でも白い毛玉はよく見える。


ふわっとピピが現れた。


「キャロル!お呼びですか?」


「う、うさぎちゃん!?喋った!」


ジェイが騒ぐ。


ゴツン!と鈍い音がした。


コルトーの鉄拳がジェイ頭に落ちる。


「先輩、ヒドイっス」


「お前は余計な一言が多過ぎる」


「だってうさぎちゃんが喋ったんですよ!!」


うーん、ジェイが驚くのも無理は無いと思うけど、うさぎちゃんって、、、笑える。


「ミーはピピと申します。うさぎちゃんは辞めてください」


ピピはジェイに直談判した。


「えー!嘘!?オレとお話ししてくれるんだ!可愛い!!ピピしゃん、宜しくッス」


ジェイは一目でピピを気に入った様だ。


コルトーは微妙な表情を浮かべている。


「ピピ、あのね、前に私がソルティール監獄塔に飛ばされた時、直ぐに何処か分かったのよね?」


「はい、ミーはこの大陸の何処に飛ばされても其処が何処か分かります」


ドヤ顔でピピが答えた。


「スゲ〜!ピピしゃん、天才じゃん!!」


「お前、、、」


既にピピ大好きなジェイの様子にコルトーが溜息をついた。


「ピピ、これからおれ達と一緒に転移ポイントから飛んでみてくれないか?何処に着くのかを知りたい」


部下二人の不毛なやり取りを黙って見ていたマクスが口を開いた。


「はい、殿下。喜んでお供いたします」


「ありがとう」


「じゃあ、転移ポイントを少し探ってみるわね」


私は北二番目の羊岩に近づく。


両手を広げて、集中。


転移ポイントは何処かな?


スーッと目の前にオレンジの柱が浮かび上がった。


「皆さん、このオレンジの柱は見えてる?」


私は皆に問い掛けた。


「何も見えないっス」とジェイが言う。


「わたしも見えません」とコルトー。


「おれは見えた」とマクス。


「ミーも見えます」とピピ。


「ねぇ、転移ポイントって、魔力が無いと使えないんじゃない?」


「えっ!?」


「ソベルナ王国に魔法使いが居ないっていうのも、、、」


「待て待て待て、キャロル。それは一旦置いておこう。今は何処へ着くかの検証に集中しよう」


マクスが私の言葉に被せて来た。


確かに軽く口にしては行けない話だった。


「分かった。じゃあ、飛ぶわよ。コルトーとジェイは引き続き、見張りを宜しくお願いしますね」


「はい、しっかり見張っておきます」


「大丈夫っス!行ってらっしゃい殿下と妃殿下とピピしゃん!!」


ジェイはピピに手を振る。


あー、またコルトーの鉄拳が落ちるわよ。


私達は転移ポイントから姿を消した。




 そして、城壁に囲まれた大きな街の前に私達は降り立った。


目の前には大きな門がある。


ここを通らなければ街には入れない。


夜だというのに煌びやかなその街は不夜城そのもの。


「ピピ、ここが何処か分かる?」


「キャロル、ここはブカスト王国首都ブカの西門です」


「首都ブカか、キャロルはここからソルティール監獄塔へ運ばれたのか」


マクスは西門を睨む。


「場所が分かったのなら戻りましょう」


「ああ、そうだな。帰ったら、今日は休もう。魔力がいるかも知れないという件はまた明日考えよう」


「そうね。ピピもありがとう」


「いえ、お役に立てて良かったです。ミーは自分で戻ります。キャロル、殿下おやすみなさい」


ピピはクルリと身を翻して消えた。


去り際が毎回カッコいい我が相棒である。


「じゃあ、戻るわね」


私はマクスの腕に絡みついて、恋人の丘へ戻った。


「うわっ!!」


見送ったと思ったら、直ぐに帰って来たので、コルトとジェイが悲鳴を上げた。


「驚かせてごめんなさい」


「いえ、こちらこそすみません」


コルトーが謝る。


「あのー、ピピしゃんは?」


ジェイが私に質問する。


「ジェイ、ピピは家に帰った」


私の代わりにマクスが答えた。


「あー、ピピしゃん、帰っちゃったンスね」


ジェイは残念そうにしている。


「また会えるわよ」


「はい、また会いたいっス」


コルトーが後ろで頭を抱えている。


ケイトが言っていた通り、この二人の凸凹感は確かに面白い。


「コルトー達、交代は来るのか?」


「はい、後2時間ほどで交代が来ますのでご心配無く」


コルトーはビジッと答えた。


「では、おれ達はリューデンハイム邸に戻る。引き続き宜しく頼む」


「はい、お任せ下さい」


「殿下、妃殿下。お疲れ様ッス」


ゴツっ!


最後の最後に、またコルトーの鉄拳が落ちて、ジェイは頭をさすりながら、私達を見送ってくれた。


帰りも、星一つ見えない闇夜だった。

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