第26話 タルトのおかげ
窓の外からポツポツと聞こえて来る。
今日は雨か。
まだ辺りは薄暗い。
キャロルは横で気持ち良さそうに眠っている。
長いまつ毛が可愛らしい。
おれは手を伸ばし、彼女の色素の薄い金髪を撫でる。
柔らかくて、サラサラしている。
身じろぎはするけど、直ぐに起きそうな気配は無い。
オレはそっとキャロルを抱きしめて、そのまま目を閉じた。
今、何時だろう。
眠りから浮上しながら、これからのスケジュールを考える。
明日、他の転移ポイントを見に行くとして、今日は少しスケジュールにゆとりがある。
ここ数日は怒涛の忙しさだった。
今朝はゆっくりしたい。
そこで漸く、瞼を持ち上げた。
目の前には銀髪の貴公子が眠っている。
人々を魅了する紫の瞳は瞼を閉じているので、今は見えない。
よく考えたら、王族とは言っても、紫の瞳を持つのはカエサル国王陛下とマクス以外には、王弟バンス様の長男ジョージだけ。
現在のソベルナ王国のカエサル国王陛下には五人の弟妹がいる。
一番上の長男のカエサル国王陛下は、言うまでもなく、マクスの御父上である。
二番目は長女のロレンス様で、現在ノード国王の王弟ロビン様とご結婚されている。
王弟ロビン様は軍師として有名なリン王女の弟で、ノード王国は三兄妹の一番上、長男のアレン国王が治めている。
三番目は次男のバンス王弟殿下で、妻のカシア様はカシャロ公爵家のご出身、現カシャロ公のお姉様でもある。
お子様は長男ジョージと長女のメイシーの二人。
四番目は三男べカンテ王弟殿下で、妻のエレンは私の父の妹である。
お子様は長男へレオスと長女エレナがいる。
五番目は次女のアイビス様で、バッシュ帝国の元第三王子ベン・アーノン公爵とご結婚されている。
お子様は長女エレノアと長男オースティン、次男ハワードがいる。
子供の頃は、従兄妹のヘレオスとその妹エレナ、弟のジャスティン、王子マクシミリアン、王女エリザベートと王宮でよく遊んでいた。
歳が近いというのもあるけど、先日の陛下の話から、陛下と私の母はもともと友達だったという新事実も出て来た。
王族と親密にしているのは叔母の繋がりだけではなく、母も関係していたと初めて知った。
さて、思考を元に戻し、皆の瞳の色を思い浮かべる。
私の従兄妹ヘレオスとエレナは茶色。
王女エリザベートと王子リチャードはブルー、これは王妃様と同じか、でもマクスは違う。
ジョージは紫色だけど、メイシーは薄い茶色で、バンス王弟殿下と同じ。
紫の瞳って、何か意味があるのかしら?
マクスが起きたら、聞いてみよう。
私は手を伸ばして、マクスの銀髪を撫でた。
マクスは身じろぎをしたけど、目は閉じたままだ。
まだ眠たいのかな?
私はそっとマクスに口付けをした。
大好きよ、マクス。
そして、もう少し眠ろうと目を閉じた。
キャロル、ごめん実は起きていた。
だけど、なんて可愛い事をするんだよ!!
起きたくなくなるだろう。
抱きしめていた腕に力を入れる。
「マクス、、、起きていたのね」
ムスッっとした口振りも愛しい。
「まだ起きてない」
おれは目を開けてはない。
「いや、起きてるよね」
「起きてない!」
「そんな、ダダの様な事を、、、」
呆れるキャロルの唇を塞ぐ。
おれは、まだ起きてないから、この先は夢の中の出来事ということにする。
多分、後で怒られるだろうけど。
朝食とは言えない時間に食事を取る羽目になった。
新婚でこんなに遅く目覚めるなんて、色々と察され、、、。
言うまでもなく、とても気まずい。
しかも、実家なのに。
幸い、使用人の殆どが更迭され、顔見知りは少なくなっていた。
でも、恥ずかしい。
「マクス、最悪」
「気にしたら負けだ、キャロル」
「開き直ってるよね?」
「気にしていないだけだ。むしろ新婚夫婦がクールな雰囲気を醸し出している方が気を遣うだろ」
「ふーん、そんなもん?」
「そう、そんなもんだ」
ブツクサ言い合っていると、ブランチが運ばれて来た。
ふむ、今日はベーゴンとチーズの入ったフォカッチャに白インゲン豆のスープ、トマトとオクラのサッパリ味サラダ、白ソーセージにはハニーマスタードが添えてある。
デザートは小振りのブルーベリータルトとローズ紅茶。
結構ボリュームが、、、。
「とっても美味しいのだけど、いつもよりボリュームがあるわね」
私は給仕をしてくれている古参の使用人レイドに言う。
「ええ、お嬢様。厨房は王族警備隊の皆様が取り仕切っていらっしゃいますから、、、」
「ああ、済まない。おれが居るから、警戒しているんだろう。とは言え、メニューは奴らの好みになっていそうだがな」
「いえ、この邸は今、信用出来ない状況ですから、王族警備隊の方々が目を光らせて下さるので助かっています」
「レイド、逆に誰が残っているの?」
「あの日、シフトに入っていなかった三名だけ残っています。わたしとコレットとリュカです」
「三人!?少ないわね」
「ええ、他の者は更迭どころか、殆どが姿を消しました。寮の荷物も無くなっていて、用意周到で驚きましたよ」
「恋人の丘の売店の二人も消えたって、ナーシャが言っていたよな?」
マクスが付け加える。
「はい、領地全体だと結構な人数が、入り込んでいたと思います」
マクスは頭を抱えた。
「逃げた先も大体分かったが、もう少し調べたいな。明日はメルク領の祈りの滝だったか?」
「マクス、メルク男爵家のマリアは私の友達なのよ。いや、でもどうしよう!?敵だったら!!」
急に自信が無くなって来た。
「メルク家はリストにも入っていたからな。でも、会ってみないと分からないだろう?今から心配しても仕方ない。その時まで気にしないのが一番だ」
「そのマクスお得意の切り替え思考を学びたいわ」
「どうぞ、幾らでも。さて、今日はカレン嬢にボルドーの件を確認するくらいだろ。少しゆっくりしよう。キャロルも疲れているだろうし」
「お嬢様、どうぞごゆっくり。私は下がりますので」
レイドは意味深な笑顔で一礼をして、部屋を出ていった。
「何だか、、、。マクス、私怒りたい気分だけど合ってる?」
「いや、それも気のせいだろう。疲れているとイライラしやすいんだよ。ほら、そのタルトを食べて、落ち着こう」
明らかに誤魔化しているのがバレバレだけど、ブルーベリータルトが美味しそうだから、許してあげるとするか。
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