第21話 甘言と諫言

 王都ブカの西方には国土の四分の一を占めるベル砂漠が広がる。


ベル砂漠の西の果ては、隣国バッシュ帝国との国境をも越える。


その砂漠地帯への入口、岩山が切り立つ不毛の地に、黄龍の宮殿は聳え立つ。


ブカスト王国の王都ブカとその周辺には、王の居城である王宮の他、王子たちの住む赤龍の宮殿、青龍の宮殿、黄龍の宮殿が点在している。


子沢山のこの国では宮殿を巡っての争いも多い。


今はまだ王子達の大半が幼いこともあり、順当に第一王子から第三王子が宮殿の主となっている。


 

 ここへ、隣国から一報が入った。


白装束を纏った長身の男ヒューゴが、廊下を駆け抜けていく。


彼が目指すのは、この黄龍の宮殿の最奥にある高貴な御方の居室である。


「カルロ殿下!隣国の王太子が結婚したという情報が入りました」


「ふーん、どうでもいい話しだな」


目の前の第三王子は心底どうでも良いという素振りを見せる。


「恐れながら、結婚した相手に問題がございます」


「どうせ、私が知らない相手なのだろう。聞いても意味がないと思うが?」


「いえ、カルロ殿下がご存知のお方です」


ヒューゴの言葉で、少し興味が湧いた第三王子は身を乗り出して来る。


「ほう、誰だ?」


「ソベルナ王国リューデンハイム男爵家のキャロライン嬢です」


ヒューゴは力強く答えた。


それを聞いた第三王子は固まる。


しばしの沈黙が二人の間に流れた。


「は?お前は何を言っているのだ。キャロライン嬢は我が妃になる娘だろう」


口火を切ったのはカルロだった。


「そ、それが、急ぎ確認いたしましたところ、ソルティール監獄塔から、キャロライン嬢の姿が消えていました」


「消えただと!?警備をしていた者たちは何をしていたのだ」


怒気を含んだ声が響き渡る。


「地下の出入口を警備していた者たちが、人の往来は全く無かったと申しております。脱獄不可能な監獄であります故、部屋付近の見張りは配置して無かったとも話しておりました」


「何を馬鹿な事を申しておる。そいつらは、キャロライン嬢が大魔法使いだとランディ・ボルドーから指示を受けていなかったのか!?」


「いえ、指示通り魔封じの縄で手脚の拘束をしたと、、、」


「それで見張りをサボったのか!?」


「恐らく、、、」


「ふざけるのも大概にしろ。この計画にどれだけの人員を割いたと思っている?警備に従事していた者どもは処分しろ!」


「御意」


 何なんだ、この恐ろしく無能な奴らは、、、。


大掛かりな誘拐劇をしてまで、手に入れたソベルナ王国の大魔法使いを簡単に逃すだと?


「恐れながら、、、」


ヒューゴはまだ何か言いたいのか、私に発言の許しを乞う。


「なんだ、申してみよ」


「キャロライン嬢が、ソベルナ王国に戻ったということは、今回の計画が明るみに出ます。殿下、陛下から事の次第を報告する様にと言われましたら、どの様に対処いたしましょうか」


頭が痛い事をヒューゴは突いてくる。


だが、諫言を吐く側近として、ヒューゴに対する私の信頼は厚い。


「確かに父上の逆鱗に触れる可能性は高いだろうな。くそっ!!ヒューゴ、ベンとサマンサを呼んでこい。今後の話し合いをする」


「御意」


ヒューゴは恭しく礼をして、部屋を去った。


 

 私に「隣国の大魔法使いの娘が、王家の陰謀で田舎に匿われている」と言う話をしたのは、我が国の諜報機関砂漠のバラのトップ、ランディ・ボルドーである。


隣国では王族以外は魔法が許可されていない。


何とも横暴な話である。


我が国では、そんな制約は無い。


その可哀想な娘は私が娶り、自由にしてやるとランディ・ボルドーへ、その場で約束した。



 この国は一夫多妻である故、他国の女も沢山ハレムにいる。


その娘も最初は馴染め無くとも、そのうち仲良くやって行けるだろう。


また、魔法使いならば、私の役にも立つ。


激しい王権争いの力になってくれるのなら、可愛がってやろう。


そんな楽観的な考えで、私は再びランディ・ボルドーを呼び出し、誘拐の指示を出した。


『誘拐で女を娶る』


この国では普通の出来事だ。


しかし、指示を出した後、一つ問題が起こる。


その大魔法使いの娘は、氷の刃を率いているリューデンハイム男爵家の令嬢だったのだ。


私はまたランディ・ボルドーを呼び出した。


「ランディ・ボルドーよ。何故、重要な事を私に隠していたのだ」


「殿下、氷の刃の事を先に話していれば、この件は断るつもりだったということでしょうか?」


強気で言い返してくるランディ・ボルドー。


「私はお前を叱っているのだぞ。立場を弁えろ!」


私を騙していた事を詫びもしない男に、冷たく言い放つ。


「わたしは殿下を王にしたいのです。ただそれだけです。申し訳ございませんでした」


ランディ・ボルドーは深く頭を垂れる。


しかし、下を向いているその表情は野心に満ちていた事を私は気付かなかった。



 その後、ソベルナ王国に潜入しているスパイから、王都に出掛けていた娘が婚約指輪を身に付けて帰宅したと連絡が入った。


相手の詳細は不明。


更に、娘は普段領地のために使っている魔法が、今後は使えなくなるかも知れないと発言した。


深読みするならば、娘がこの地から近々離れる可能性がある。


その情報によって、計画は一気に前倒しされ、少し雑な誘拐劇となってしまった。


幸い、聖地に設置した転移門は完成していたため、連れ去るのは簡単だったが、、、。


今となっては「ランデイ・ボルドーの甘言に乗せられたのだ」としか言えない。


何ともカッコ悪い幕切れだ。


ランディ・ボルドーを私に遣わした黒幕は、一体、誰なのだろうか。


兄たちか、はたまたソベルナ王国の者なのか、、、。


そうとは信じたく無いが、父上か?


まぁ、今の状況では、他国の王太子妃に横槍を入れたとして、処刑される可能性もある。


側近が揃ったとして、何から話し合えば良いのかも分からない。


ぐるぐると不安が頭を駆け巡る。


すると視界まで揺らいで来た。


あー、このまま、何も考えず、悠久の眠りにつくのも悪くないのかも知れない。


だが、現実はそんなに甘くは無かった。

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