第17話 微睡

 私はジェシカ・リューデンハイム。


ソベルナ王国第三騎士団の団長として、辺境警備に従事している。


今回、私の娘が誘拐されたという連絡が入り、第三騎士団の精鋭部隊を引き連れて王都へ向かった。


我が娘の捜索に各騎士団の精鋭部隊(氷の刃)へ招集を掛けている陛下の真意は分からない。


 そして先程、私達は王宮へ入った。


到着するなり、精鋭部隊は宿舎で休養を取って下さいと案内を受け、私は陛下の執務室へ向かうようにと指示された。


「ジェシカ・リューデンハイム参上いたしました。登城が深夜になり申し訳ございません」


「いや、ジェシカ遠方からの長旅ご苦労だった。早速だが、キャロライン嬢は先ほどこの王城に無事帰還した。今は休養を取らせている。ケガなどもない。心配は要らぬ」


陛下の言葉で、この数日間、張り詰めていた緊張が解けて行く。


すると、私の脳内はキャロル救出から、原因究明モードへと切り替わった。


「陛下、娘は無事に帰還したとの事、でしたら私はスージー女史との面会を希望いたします」


私はその場で、陛下へスージー女史との面会許可を願い出た。


「キャロライン嬢に危害を加えられる危険もなくなった故、容疑者と面会することは許可する。しかし、ジェシカあまり気負い過ぎるな。今回の事件は色々な人物や国が絡んでいる。すべてを解明するには少し時間が掛かるだろう」


陛下は私へ許可を与えると共に、気負い過ぎるなとの一言を付け加えられた。


しかし、気負うのは当たり前。


これは我が家の不祥事である。


娘が行方不明と一報を聞いた時は理解が出来なかった。


そして、使用人が実行犯と繋がっているという知らせに己の管理責任を感じた。


また、娘が隣国のソルティール監獄塔に居ると聞いた時は、血の気が引いた。


氷の刃を率いるリューデンハイム家。


不覚にも事件が起きてしまってから、気付いた。


確かに我が家は他国から狙われても可笑しく無いと、、、。


「ところで陛下。我が娘の捜索に氷の刃を招集するのは、流石にやり過ぎでは?」


「ジェシカ、君に最後に報告することになり、大変申し訳ないのだが、キャロライン嬢とマクスは今夜婚姻の儀を終えた」


「は!?、えっ???こ、婚姻の儀!?」


陛下は何を言い出すのか、、、。


「そんな大層なことを、何故急に、、、え、本当によね?陛下、もう少し詳しく教えて下さい」


流石の私も狼狽えた。


「いや、君の夫マーク・リューデンハイム男爵とマクスは10年程前に、マクスが20歳になるまで、気持ちが変わらなければ、キャロライン嬢に結婚の申込をして良いと約束していたようでね。マクスはずっとこの日を待っていたのだよ」


は?王太子が、うちの子を見初めていたというの?


マークから何も聞いていないのだけど、、、。


次に会ったら、アイツ締めよう。


「何も存じませんで、失礼いたしました。娘も了承したということですね」


「ああ、あの二人は以前から仲良くしていたようだ。誘拐というトラブルはあったが、結果、二人にとっては良かったのかも知れない」


「それで、氷の刃を巻き込んだのですか!陛下」


「そうだな。明日、大々的に王太子妃が誘拐されたと大陸中へ騒ぎ立てる予定にしておった」


そんなことをしたら、ブカスト王国との戦闘になるじゃない!!


「陛下、それは、、、」


「まあ無事に帰って来たから、明日の朝は王太子の成婚お祝い日程が告知されることになった。何も心配はいらぬ」


陛下は笑顔で私に告げる。


私は、もはや表情を作る気力も何処かへ行ってしまった。


誘拐よりも、娘がいきなり王太子妃になっていたことの方が、心のダメージが大きい。


キャロルは私の前で、そんな話をしたことが無かった。


というか、私達家族は圧倒的に家族のコミュニケーションが足りてない。


もう色々と反省すべき点しか見当たらない。


母親失格だわ。


取り敢えず、スージー女史を雇い入れた私がすべきことをしよう。


「ジェシカ、明日の晩餐は親族で結婚祝いの会を執り行う予定にしている。是非参加してくれ。取り調べも程ほどにな。長旅の疲れも取るのだぞ」


「はい、陛下。お心遣いありがとうございます。西の塔に行った後は、ゆっくりします」


「ああ、そうしてくれ。ご苦労様」


「はい、では失礼いたします」


陛下に見送られ、まだ夜も明けぬ頃、凶悪犯罪者を収容している西の塔へ私は向かった。


「お久しぶりね。何故、こんなところで会う羽目になったのかしら?」


「・・・」

牢の外から話し掛けるも、牢の中の女は何も答えず、ただ私を睨みつけて来る。


私も無言でしばらく牢の外から、彼女を観察した。


真面目だけが取り柄のスージー女史とは別人のような、このスージー女史を目の当たりにして、事件は起こるべくして起こったのだと確信する。


「あなたの話を聞く気があるのは、わたしだけだと思うわよ。初めまして、何処かのスージー女史」


わたしは落ち着いた口調で話し始め、牢の中へと足を踏み入れた。




 本日の王太子宮はゆっくりとした時間が流れている。


キャロルが目覚めた頃、部屋には柔らかな陽射しが降り注いでいた。


しかし、使用人の気配はなく、外から小鳥の囀りが聞こえて来る。


「皆さんの気遣いが、何というか、、、恥ずかしいわね。マクス」


「おはよう、キャロル。目覚めの一言がキャロルらしくていいね」


私の横で、眠そうに身じろぎをしているマクスが腕を伸ばして来た。


私をスッポリ腕の中に入れて、眠気を訴えてくる。


「マクス、流石にそろそろ起きた方がいいと思うけど?」


「んー、もう少し。あと少し、、、」


ギュウギュウと抱き締めてくる。


ダメだ、コリャ。


マクスの温もりで、目覚めていたハズの私も微睡んで来る。



「ハッ!?」


 眠ってしまった!!


慌てて瞼を持ち上げると、身支度を終えたマクスが私を眺めている。


何だか負けた気がした。


「起こしてくれたらいいのに!」


「気持ち良さそうな寝顔を見たら、起こせないって」


半笑いのマクス。


私は身体を起こして、急いでベッドから降りた。


アレ?足元がふらつく、、、。


転けそうになったところをマクスが、抱き留めてくれた。


「今日は家族との晩餐以外は予定を入れていない。ゆっくりで大丈夫だから」


耳元で優しくマクスが囁いた。


そして、私は抱き上げられて、再びベッドに戻される。


「お腹が空いているだろう?軽食を用意してもらおう」


私にそう告げるとマクスは部屋の外にいる使用人に食事を持って来る様にと指示を出した。


もう用意していました!と言うくらいのスピードで使用人は食事をワゴンに乗せて運んで来る。


何故か使用人を室内には入れず、マクスがドアの所で受け取って、ワゴンを押して来た。


「マクス、甲斐甲斐しいわね」


思わず、溢した。


「そりゃ、愛しいキャロルが、ここに居ると思ったら、甲斐甲斐しくもなるよ」


全肯定してくるこの国の王太子。


私が悪女なら、傾国一直線になりそうである。


マクスは、手際良くベッドの上にティーマットを広げて、小降りのサンドイッチやフルーツが乗ったお皿を並べた。


そして、安定の良いトレーに冷たい紅茶のグラスを置く。


「ベッドの上でご飯なんて、お行儀が悪く無いかしら?」


「誰も見ていないから、心配しなくても大丈夫。さぁ、食べよう」


マクスもベットに座って、2人でゆっくりと食事をする。


よくよく考えると、まともに食事をしたのは何日振りだろう?


食べ始めると食欲がグングン湧いて来た。


横のマクスは嬉しそうに私へ色々なものを勧めて来る。


デザートのアーモンドクリームが入ったエクレアまで、ペロリと平らげた私は、また眠気に襲われて、少し眠る事にした。



 スースーと寝息を立てるキャロルをおれは眺めていた。


長年、恋焦がれた彼女が目の前にいる。


肌と肌を重ね合わせると、ひとつに溶け合う感覚がして、酔いしれてしまった。


今朝方は少し無理をさせてしまったかも知れない。


ごめん、キャロル。


おれは彼女の頬を優しく撫でる。


愛しい。


ああ、何て幸せなのだろう。


キャロル、おれの一生を君に捧げる。


君を幸せにしたい。


一緒に幸せになりたい。


結婚してくれてありがとう。


そんな願いを込めて、彼女の額へ、そっとキスをした。

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