第15話 マルコ次官
敵は馬鹿だ!
とんでもなく馬鹿だ!!
僕や両親より、姉上の方が危険人物なんだぞ!!
僕は陛下の執務室を後にして、総務部の文官を尋ねた。
我が国の総務部とは名ばかりで、実態は諜報部である。
ここは24時間稼働している。
「こんばんは、第一騎士団の副団長代理ジャスティン・リューデンハイムです。マルコ次官は居ますか?」
マルコ次官は殿下の友人であり、僕も面識がある。
「少々お待ちください。お呼びしますね」
ぐるぐる眼鏡をかけたおかっぱ頭の女性が、足早にマルコ次官を呼びに行った。
眼鏡を外すとあの子、凄く美人な気がするなんて思ってしまった。
僕は浮ついているのか?
この緊急事態に?
でも、本音を言うと、姉上を救出するような事態にはならない気がする。
あの人、スレッと帰って来そうだもの。
殿下の対応は姉上を良く分かっている。
ただ心情的には最低だけどね。
10分後、寝癖の付いたマルコ次官が登場した。
「ごめんなさいね。仮眠していて」
必死に寝癖を撫で付けているが、直る気配は全くない。
「いえ、こちらこそ急に訪ねてすみません。少し急ぎで確認したいことがあります。お時間もらえますか?」
「あら、一大事なのね。こちらへどうぞ」
僕は第二応接室へと通される。
マグカップを2つ取り出し、慣れた手付きでコーヒーを注ぐ。
大きなカラダとは似つかわない繊細な仕草がこの人らしい。
「はい、どうぞ」
マルコ次官はマグカップを僕の前に置くと向かいの席に腰掛けた。
「ありがとうございます。いただきます」
僕はマグカップを持ち上げ、口を付ける。
コーヒーのいい香りがする。
「それで、アタシに何を聞きたいの?」
「ブカスト王国の軍事機密について、お聞きしたいのですが」
「は!?そりゃまたヘビーな話を持って来たわね」
驚いた素振りをしているが、この方は僕が来た時点でそれくらいの予想はしていただろう。
「で、何が知りたいの?」
「まず、一つ目はブカスト王国ソルティール監獄塔の位置と、リューデンハイム領から、そこ迄の移動時間の確認です」
「分かったわ。それで一つ目ということは他にもあるのかしら?」
「はい、ブカスト王国と繋がりがある貴族のリストと万が一戦争になった際に利益を得る貴族のリストが欲しいです」
「それって、どのくらいの重要度?」
「陛下と殿下から頼まれてここに来ました」
「あー、最重要機密のレベルね。何があったの?」
「姉が連れ去られました」
「リューデンハイムの姫が?」
「はい」
マルコ次官の顔色が悪くなる。
「戦争勃発の可能性もあるわね」
殿下と親しいマルコ次官は宙を見て呟いた。
「まず、一つ目の質問にはすぐ答えられるわ。ちょっと待って地図を持ってくるから」
マルコ次官はドタバタと部屋から出て行った。
かと思うとまた、直ぐに廊下からバタバタと足音が近づいて来た。
「お待たせー!」
大きな地図を抱えて、マルコ次官が再び登場した。
「すみません」
思わず、お詫びが口から出てしまう。
「良いのよー。一大事なんだからぁ。そうそう、リストは部下に指示したから、もう作成に取り掛かっているわ」
「はい、助かります」
マルコ次官は壁に大きな地図を貼った。
そこには、我がソベルナ王国とブカスト王国のみが描かれており、地理的な情報も事細かく書き込まれていた。
所謂、軍事用の地図である。
「はーぁい、よーく見て。ここが国境のあるモリノー辺境伯爵の領地よ。そして国境を越えたら、ブカスト王国のミラー辺境伯爵の領地ね。そして、ソルティール監獄塔はここなのよ」
僕はマルコ次官が指差した場所を見て、確信した。
ソルティール監獄塔は国境どころか、ブカスト王国の王都ブカを超え、西の砂漠地帯にあった。
「リューデンハイム領からソルティール監獄塔へはどのくらいかかります?」
「馬車で1週間くらいね」
「一晩でいくのは普通の方法では無理ですよね」
「ええ、無理だわ。普通の方法ならね」
マルコ次官も含みのある返答をした。
彼も分かっているのだろう。
魔法なら可能だと。
「分かりました。一つ目の件は解決しました」
「では、二つ目のリストね。部下の様子を見て来るわ」
再びマルコ次官はドタドタと走って部屋を出て行った。
流石に二つ目のリストが出来上がるまでは、しばらく掛かるだろう。
僕は席を立ち、地図の前に立つ。
普段は厳重に管理されているこの地図を見られる機会は中々ない。
じっくりと見てみるか、、、。
ふーん、この2つの国は横に並んでいるとばかり思っていたけど、実際は少しブカスト王国が北にズレているのか、、、。
氷河のある山脈がブカスト王国の北部に鎮座している。
その山脈から流れる川はモリノー辺境伯とミラー辺境伯の間にある国境を縦に貫き、その後はブカスト王国を流れ、再びソベルナ王国に入って来る。
そして大海へと注ぐ。
再びソベルナ王国に戻ってくるポイントにメルク男爵家の領地があった。
対岸はブカスト王国ヴァッハウ子爵家の領地。
まぁ、一様覚えておくか、、、。
また遠くから足音がバタバタと聞こえて来た。
「お待たせー!!ねぇアタシの部下って優秀じゃない?もう出来たのよ。リスト!」
嬉しそうに、マルコ次官は僕にリストを手渡した。
「ありがとうございます。本当に速くて驚きました」
お礼を告げて、僕はリストに目を落とす。
_____________________
『ブカスト王国に繋がりのある貴族リスト』
血縁関係
ハーデン子爵家 先代夫人 エラ(王都ブカ商家の令嬢)
コノール子爵家 夫人 マリアンヌ(スピンドル男爵令嬢)
マクラーレン子爵家 夫人 リビエラ(王都ブカ行政官の令嬢)
メルク男爵家 先代夫人 クララ(サパン男爵令嬢)
商取引
メルク男爵家 酒類
ピレネー子爵家 酒類
ボルドー男爵家 穀物、乳製品
コルマー子爵家 毛織物
プール子爵家 毛織物
_____________________
ここまで見て、既に胸焼けしそうな気分になる。
上級貴族の子分ばかりじゃないか!
僕はページを捲った。
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『戦争となった際、利益を得る貴族』
カシャロ公爵家
武器供給
軍用品供給
医療手配
ロンシャン公爵家
武器供給
軍用品手配
サザンマレリー侯爵家
医療手配
マーベル伯爵家
武器供給
軍用品供給
食料品手配
医療手配
軍馬手配
軍人手配
フェルナー伯爵家
軍人手配
ヴェローナ伯爵家
食料品手配
__________________
僕は資料から目を上げた。
「マルコ次官、コレで全部ですか?」
「ええ、元々隣国とはピリピリしているから、積極的に取引をする人が少ないのよ。だから、絞り込む必要も無いわね。中でも、このマーベル伯爵は要注意よ。陛下の友人というカードを使い倒しているわ」
「なるほど、虎の威を借る狐ですか」
「そうそう、それよ」
「僕の姉が、何故か度々マーベル伯爵家から茶会の誘いを受けて、先日も渋々参加していたんです」
「あ、それかなり怪しいわね」
「でも、コルマン侯爵家はこのリストに居ないですね」
「あー、コルマン侯爵家はああ見えて法の番人家系で真面目なの」
えっ、それは知らなかった。
「カレン嬢が殿下に近づくご令嬢を闇に葬っているという噂は、、、」
「あー、あれはカシャロ公爵家から狙われたご令嬢を上手く逃しているだけよ。汚れ役でちょっと可哀想ね」
もはや汚れ役とか言っている場合じゃないくらいの悪評だけど。
「マルコ次官、ありがとうございます。僕は陛下のところへ報告に戻ります」
「お役に立てて良かったわ。殿下が暴走しない様に宜しくね。戦争なんてしたくないわ」
「はい、僕も戦争なんて絶対嫌なので何とかします」
「若いのに頼もしいわ〜!頑張ってね」
マルコ次官は可愛らしく手を振ってくれた。
僕は笑わない様にビシッと敬礼をして、総務部を後にした。
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