第13話 苺ケーキ

 見慣れた景色にホッとひと息。


「ねぇ、マクス。急に帰って来てしまったけれど、私はどうなるの?」


私は目の前のマクスに尋ねた。


「取り敢えず、おれも父上の目の前で突然消えたままになっているから、報告した方がいいだろう。執務室に行こう」


「うん。えっと、この服で良いと思う?」


私は自分が着ている服を指差した。


「大丈夫だよ。報告してから、王太子宮でゆっくりしよう」


ん?王太子宮?


「私、王太子宮に行くの?」


「結婚したからな」


あー、そうだった。


「まぁ、余り深く考えるな。まずは執務室からだ」


マクスは強引に話を纏め、私の手を握って歩き出す。



 国王の執務室前にいる警備兵にマクスが話し掛ける。


「父上に用事がある。入っても良いか?」


警備兵はどうぞと直ぐに通してくれた。


ドアをノックしようとすると、中からドアが開いた。


「キャロライン嬢!無事だったか。よく帰って来た。さあ、中へ」


国王陛下自ら、私達を出迎えてくれた。


横のマクスは部屋に入り、ドアを閉めるなり、国王陛下に不満をぶつける。


「父上、おれの事は無視ですか!?急に消えたのに心配くらいしても、、、」


マクスの様子に陛下が溜息を吐く。


「お前は少々何かあっても大丈夫だろう。わたしはキャロライン嬢の方が心配だったのだ。細かい事ばかり言っておると嫌われるぞ」


「何だか皆のおれに対する風当たりが強い」


マクスは嘆く。


「陛下、ご心配をお掛けいたしました。私はこの通り元気一杯ですので、もう大丈夫です」


私はフード姿のまま、カテーシーをした。


「ほう、それは良かった。そなたが帰らなかったらマクスが使い物にならなくなるところだった」


陛下はそう言うとハッハッハと豪快に笑った。


「よし、氷の刃も明日は王都へ入るだろう。久しぶりにリューデンハイム男爵家の皆と一緒に食事でもどうだ?内輪で結婚祝いという事にしよう」


「はい、ありがとうございます」


陛下からの嬉しいお誘いを私は笑顔で了承した。


横でマクスも頷く。


「では、2人とも今夜は疲れを癒しなさい。ご苦労だった」


「はい、父上。では失礼します」


「失礼いたします」


私達は挨拶を終え、執務室を後にした。


さて、此処からが問題だ。


 

 マクスは私の手を引き、王宮東の棟の奥、王太子宮へと足を進めて行く。


「マクス、突然行って大丈夫なの?」

 

私は足を踏み入れたことがない領域に緊張していた。


「キャロル、大丈夫だ。随分前から部屋は用意している」


随分前って、、、。


「私とマクスの部屋は遠い?」


「は?」


急にマクスは立ち止まった。


「え、どうしたの?」


「いや、えっ?おれがおかしいのか?」


「何が?」


「同じ部屋だよ。夫婦なんだから」


「あ、、、」


そっか、そうだった!!


「流石にそれはイヤって言われても困るんだけど、イヤか?」


聞きにくそうにマクスが聞いて来る。


「んー、大丈夫。多分大丈夫よ、マクス。まだ実感が無いのよ」


「そうだな。急だったからな」


「ええ」


私たちは歩くペースをゆっくりにした。


王宮はかなり広い。


辺りを眺めながら、足を進める。


本宮と王太子宮を繋ぐ渡り廊下まで来た。


左右に警備兵が2人ずつ居る。


この先は王族のプライベートゾーンなので、私の父や母でも入れない。


一歩一歩、足を進めて、覚悟を決める。


「殿下、妃殿下。おかえりなさいませ」


警備兵は私達に礼をした。


「ああ、ご苦労。これから、キャロルの事もよろしく頼む」


マクスは4人に声を掛ける。


この気さくなところがマクスの良いところだ。


基本ご令嬢には塩対応だけど、、、。



 建物の中は清潔感が溢れ、モダンな雰囲気で統一されていた。


壁面には絵画ではなくテキスタイルのボードなどが飾られている。


観葉植物のグリーンが、素敵な空間を作り出していて目を惹く。


「マクス、ここは素敵ね」


思わず、口にしてしまった。


「そう?気に入ってもらえたなら良かった。それと、部屋は警備上の都合で上なんだ。3階の1番奥だよ」


階段を登り、お部屋の前に繋がる廊下に差し掛かると使用人達が綺麗に並んでいた。


「おかえりなさいませ」


全員が揃って挨拶をする様子は気持ちが良かった。


「ああ、ただいま。誰も下にいないから、どうしたのかと思ったよ」


マクスはスラっと背の高い男性に話し掛ける。


「初めまして、妃殿下、わたくしは王太子宮の執事をしておりますダンと申します。こちらが侍女頭のコレールです。お困りの事がございましたら、私共やこちらにおります使用人達にお申し付けください」


全員で12名の使用人が見えた。


私は1人ずつ顔を見て、素早く記憶する。


「はい、皆様のお顔は覚えました。これからお世話になります。どうぞよろしく」


一様、王太子妃になってしまったので、あまり遜らない様に気をつけて挨拶をした。


「噂通り、有能な妃殿下でいらっしゃいますね」


ダンは私に向かって言う。


何が有能なのか分からないけど、褒められたのなら、素直に受け取っておこう。


「ありがとう。ダン」


私がダンにお礼を言ったあと、マクスは皆に向かって指示を出す。


「皆、悪いがキャロルは疲れている。急いで、風呂の用意をしてくれ」


「はい、承知いたしました」


元気の良いお返事をして、使用人の方々はさっと持ち場へ戻って行った。



 私とマクスは部屋の扉を開けて、彼らが何故3階に居たのかが分かった。


お部屋はピンクの薔薇で飾られ、テーブルの上には“ご結婚おめでとうございます“と書かれた苺ケーキが乗っていた。


ベットには赤い薔薇の花弁でハートが描いてあった。


「これは嬉しいな」


横でマクスが呟く。


「ええ、ちょっと感動したわ」


何て温かい祝福なのだろう。


「そうだ、キャロル。お腹空いてない?」


「とっても空いているわ」


素直に答えるとマクスが笑う。


「これ食べよう」


そう言って、苺のケーキを指差す。


「勿体なくない?」


「食べない方が勿体ないだろう」


マクスはカトラリーを包んであるナプキンから、フォークを引っ張り出した。


「マクス、数日で人生がこんなに変わる事ってあるのね」


「ああ、死ぬ程心配したけど、最後は願いが叶って嬉しいよ」


「そう、それは良かったわね」


「他人事みたいに言われると複雑だな。ほら、食べろ!」


マクスは私の口にフォークで、ケーキを押し込んだ。


「美味しいわ!だけど、そんなトコよ!マクス、、、」


もう少しムードってものは無いのかしら。


でも、このケーキがとっても美味しいから許す!


コンコンとドアをノックする音がした。


「ご入浴の準備が整いました。妃殿下、ご案内いたします」


先ほどの侍女達が、私を迎えに来た。


「マクス、行って来るわね」


「ああ」


私は侍女達と浴場へ向かった。

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