第6話 探り合い

 夕暮れ時の執務室でスージー女史と書類仕事をしている。


しかし、私の心は完全に上の空でさっきの出来事を考えていた。


カレン様はどうやってここまで来たのかしら。


従者も居なかったし、まさかの辻馬車?


いやー、流石にそれはないでしょうね。


それにしても、あのワンピースは何処手に入れたのかしら、普段のイメージとは違い過ぎて本当に驚いたわ。


それほどまでに恋焦がれる相手って貴族なのかしら?


平民?まさかね、、、。


「キャロルお嬢様!」


「うわっ!」


「聞いていらっしゃいますか?」


気付けば、目の前にスージー女史がいる。


私は無意識に頬杖までついていた。


「ああ、ごめんなさい。少しボーっとしていたわ」


慌てて椅子にきちんと座りなおす。


「キャロルお嬢様、『恋人の丘』に出店申請が2件来ました!!」


スージー女史の声が珍しく弾んでいる?


「業種は?」


「カフェとフラワーショップです」


最近こういう出店の申込みが増えて来ている。


嬉しい反面、今後『天使カード』への魔法付与を諸事情により辞めたりしたら、『恋人の丘』の人気が無くなりそうで怖い。


「スージー女史、変な質問をしてごめんなさい。仮に『天使カード』の効果があまり感じられなくなったとしても、『恋人の丘』は流行ると思う?」


私が慎重に言葉を選んで問うと、スージー女史は驚きの顔でポカーンとなった。


「えっ?私、何か変なことを言った???」


途端、真顔に戻ったスージー女史は口を開く。


「いえ、キャロルお嬢様は思ったよりも夢見る乙女でしたのね。『天使カード』に効果があるなんて、最初から誰も思っていませんよ」


「はっ?え、どういうこと?」


「恋する乙女はその過程を楽しんでいるのです。『天使カード』が運命を変えるとか変えないということは二の次で、ここを訪れる方々は恋心を楽しんでおられるのです。ですから聖地巡礼は人気があるのですよ」


なるほど、『天使カード』に魔法付与しているなんて夢にも思っていないスージー女史の見解はそうなのか。


「恋心を楽しむ、、、かぁ。私には難しいわ」


思わず本音が出てしまう。


「キャロルお嬢様の周りにいる方々が素敵すぎるのです。いつか、片時も離れたくないと思うようなお一人が現れるといいですね」


スージー女史は苦笑した。


私に色恋沙汰が無いことは周知の事実なので反論も出来ない。


まぁ、一番頼りにしている人はいるけれど、それは口には出せない人だから仕方ない。


「話を戻しますね。スージー女史はカフェとフラワーショップに関してはどう思いますか?」


「わたくしは2店舗とも『恋人の丘』との相性がいいと思いますので許可して良いと思います。商標を使わせるかどうかは、オーナーとしっかり面談して慎重に決めたいと考えています」


「ええ、出店する方の身辺調査は是非お願いします。安心して任せられる方だと嬉しいわ。出来れば長く愛される観光地になって欲しいのよ」


「はい、承知いたしました」


私の了承を得て、スージー女史は安心したようだった。


彼女もこの一年、領地再生プロジェクトにとても貢献してくれている。


おかげさまでこの領地のお金の流れも少しずつ良くなって来た。


この先、道路整備などにもお金を掛けられるようになれば、もっと他の地域との行き来も楽になるだろう。


王都までもう少し早く行けるようになればいいのに。




  一方、王宮の中庭では王妃主催のティーパーティーが開催された。


今回は主賓として隣国ノード王国のリン王女殿下をお招きしている。


王女とは言っても、母上(王妃)と同じ年代の女性なので、ここに集まったハンターのような貴族女性たちとは大違いだ。


おれは母上だけではなく父上(国王陛下)からも命を受け、今日は仕方なく茶会に出席している。


「マクス、形だけでも婚約者を探すフリくらいしろ」


先日、おれを呼び出した父上は呆れたように言い捨てた。


だから、オレは言い返した。


「リューデンハイム男爵に書簡を送りました」


「ほう、いよいよ動くのか?」


「はい、ご心配には及びません」


「しかし、王妃のお茶会には出席してくれ、王妃はお前のことをいつも心配しておる」


「分かりました」


おれは渋々了承した。


だが、目の前の光景におれはもう後悔し始めた。


綺麗な芝生の上に用意された数々のテーブルでは互いを値踏みするような視線が行き交っている。

 

それに加え、おれが誰か一人に話し掛ければ、その女性を消そうとする者もいる。


何なら、その情熱を仕事に生かして影にでもなって欲しいくらいだ。


おれは迷わず母上のテーブルへと向かった。


「ごきげんよう。リン王女殿下、母上」


お二人は何も言わずとも、おれの気持ちを分かっているようだった。


含みのある笑みを浮かべている。


「ごきげんようマクシミリアン王太子殿下。わたくしのようなおばさんに一番にご挨拶していただけるなんて光栄ですわ」


リン王女殿下はおれの肩を強く叩いた。


そうそう、この人はこういう人なんだよ。


長く祖国の軍事に携わって来られた軍師。


それがこの方の本当の素顔、だからおれは彼女を尊敬している。


それを知らないご令嬢どもがヒソヒソと話している声がする。


どうせ野蛮だとか何とか言うんだろう?


「マクス!眉間にしわが寄っていますよ」


母上が笑いながら指摘する。


おれは指で眉間を伸ばすしぐさをした。


「ふふふ、マクシミリアン王太子殿下は相変わらずですね。そろそろ唯一の方をわたくしにもご紹介してくださいね」


必要以上に大きな声でリン王女殿下が話したので、会場は騒然となった。


だが、おれにとっては有難い。


「ええ、リン王女殿下には一番にご報告させていただきますので、楽しみにしておいてください」


オレが宣言したことで、会場は大騒ぎになった。


すでにお前たちのその様が、全く淑女らしくないと言う事を指摘してやろうか?


意地悪な気分になる。


「マクス、健闘を祈るわ」


更に母上が追い打ちをかけるように意味深なことを大声で言う。


おれの意地悪は母上譲りなのかもしれないなと思った。


王太子が誰か心に決めた人がいるかもしれないと広められただけでも、ここに参加した甲斐があっただろう。


そんな浮ついた心で会場を後にしたあと、おれは無意識に大失態を犯してしまうのだった。

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