第5話 契約
まさかこんな小さな指輪から何か出てくるとは思っていなかった私は仰け反る。
だけど、向かいの席に落ちた白い塊が何なのかを確認するため、勇気を振り絞って、ゆっくりと身体を起こした。
あ、丸まっているだけで、塊じゃない?
怖いながらも、手を伸ばしてソレに触れると、フワフワとしていた。
そのフワフワと白い何かは、ほぐれて、、、2つの金色の目がこちらを見る。
う、、うさ、ぎ?
目の前に現れたのは、真っ白で少し巻き毛のうさぎだった。
耳は垂れていて、愛くるしい見た目をしている。
「あなた、ミーを呼びました?」
「え、ええ、そうかも?」
「ミーはピピと申します。森の精霊の眷属で、うさぎの妖精です」
見た目に反して、ピピはやけに硬い喋り方をする。
「初めまして、私はキャロラインです。で、あなたはこの指輪から出て来たのよね?」
「いえ、その指輪は召喚具です。ミーは呼ばれたので参りました」
「ピピは呼んだら、いつでも来てくれるの?」
うさぎのピピは首を傾げた。
「キャ、キャロ、キ?」
あ!私の名前?
「ピピ、私の呼び名はキャロルで良いわよ」
「キャロルが呼んだら参ります」
私を真っ直ぐ見据え、ピピは凛としている。
「うっ!可愛い!!何、この子可愛い」
思わず本音を口走った私は手を伸ばし、もふもふとしている毛を撫でた。
すると、ピピはサッと横に逃げる。
「ピピは男の子です」
怒った声も可愛い。
「あ、ごめんなさい!!」
「はい」
その真面目な感じも可愛い。
それにしてもこの子は何なのだろう。
「ピピはマクスと知り合い?」
「いえ、ミーはキャロルに呼ばれたので参りました」
「そうなの?この指輪はマクスがくれたのよ。だから、知り合いなのかなと思ったの」
「それはソベルナ王国の王室の魔道具です。指輪は精霊と契約している証になります。ミーはキャロルと契約が成立しました」
「私と契約?それってどういうこと」
「キャロルはミーのご主人様になりました。キャロルが困っていたら助けます」
「それでピピに何かお得な事はあるの?」
「お得?ミーはお得を考えた事がありません。ミーはキャロルに選ばれたので、従者になるだけです」
ピピ、、、。
私は従者を従えるほど偉い人でも何でもないのよ。
さて、どうしようかしら。
「それなら、ピピと友達になりたいわ。従者とかじゃ無くて、困った時はお互いに助け合うっていうのはどう?」
「ピピが困っても助けてくれるのですか?」
「ええ、勿論よ!」
私が気持ちを伝えると、ピピは私の膝にぴょんと乗って来た。
思わず背中を撫で撫でしたけど、さっきみたいな拒絶は見せなかった。
少し心を開いてくれた?
「それで、ピピは何処から来たの?」
「ミーは王家の森から来ました」
王家の森と言えば、王都の外れで魔塔の周りに広がっているアレよね。
「ピピの住む王家の森って、魔塔の近くの森だよね?」
私が質問をするとピピは膝からピョンと飛んで向かいの席に座った。
「はい、時々魔塔にも行きます」
「魔塔にはだれか住んでいるの?」
ついでに知りたいことも質問してみた。
「今魔塔には生きている人はいないです」
「生きていない人はいるの?」
「はい、魔塔で生活していた方が亡霊になって、そのまま住んでいます」
えっ!?亡霊!!
あー、嫌だ!絶対魔塔には住みたくない。
魔塔送りは避けたい!!
どうぞ問題が起こりませんように。
ピピは挙動不審な私を黙って見ている。
心強い仲間が出来た。
「ピピ、頼りにさせて貰うわ」
「はい、お任せ下さい」
私にピピを召喚させた、マクスの意図はまだ分からない。
だけど、悪知恵の効く人だもの、絶対何か理由があるよね。
次に会ったら、お礼を言おう。
ウソ!何でー!?
今、『恋人の丘』に居るはずのない人が立っている。
誰かと言えば、庶民のワンピースを着て、髪を下ろしたコルマン侯爵家のご令嬢カレン様である。
彼女はが1人でやって来て、恋愛成就ラッキーアイテム購入のための行列に並んだ。
護衛や従者は見当たらない。
私は頬被りと帽子をかぶって、花壇に花を植えている最中なので、カレン様は私がここに居るなんて、夢にも思って無いだろう。
何故、花壇に居るのかって?
リューデンハイム領に戻った私は、『恋人の丘』で、花壇の手入れをしながら、恋愛成就ラッキーアイテムを買いにくる人を連日チェックしていたのだ。
それにしても、何故カレン様?
セノーラ様はどうした?
ちょっと待って!!セノーラ様には伝わって無いってこと?
絶対セノーラ様の代わりに私に聞いてきたのだと思い込んでいたわ。
どうしよう!!マクスを巻き込んでしまったじゃない。
そして、ピピも召喚しちゃったのに、、、。
次回は確実にマクスからお説教を受けそうだ。
普段優しい人を怒らせると怖いのよ、、、。
マクスにはお礼どころか、まず謝らないといけなくなったわ。
さて、目の前のカレン様だけど、数日前に話した時本人にしか販売してもらえない旨は伝えた。
という事は、彼女本人が使うってことよね。
あんなに冷酷な彼女にも好きな人がいるのかぁ。
相手は誰なのだろう?
想像もつかない。
再び、視線をカレン様に向けると、丁度スタッフから、恋愛成就ラッキーアイテムの『天使カード』を両手で受け取っているところだった。
彼女はそれを大事そうに手に持って帰って行く。
私はスタッフにセノーラ様が来たら、違う絵柄(効果なし)の『天使カード』を渡すようにと指示していた。
しかし、まさかのカレン様は勿論ノーマーク!!
彼女は効果の付いた『天使カード』を手に入れた。
今更、交換してくださいとも言えない。
困ったなぁ。
誰を想ってここに来たのかは分からないけど、上手くいきますようにと見送るしかない。
遡る事、数日前。
私は領地に戻って購入者のリストを慌てて確認した。
そして恋愛成就ラッキーアイテムが恐ろしい結果を出している事に気が付いてしまった。
ここ一年、貴族の間で上級と呼ばれる公爵、侯爵、伯爵の御令息が立て続けに平民や子爵・男爵令嬢と結婚し、タブロイド紙のネタによく上がっていた。
『身分違いの恋ブームか?』
そんな見出しを他人事のように思っていた。
ところが、そのお貴族様を射止めたお相手は漏れなく、ここで恋愛成就ラッキーアイテムの『天使カード』を購入していることが判明。
流行を作り出していたのは私だった。
その事実に気付いた時は心臓が止まりそうだったし、言葉も出なかった。
告白時に本心を答える程度の軽い魔法でも、貴族たちの本心を暴いてしまうと大変な事態になるとまで考えが及んでいなかったのだ。
と言う事は当然上級貴族のご令嬢で婚約破棄されてしまった方も多数いらっしゃるだろう。
これは知れ渡るハズだ。
更に、この裏に私が関与していると社交界に広まれば、貴族の親御様から私こそ刺されるかも知れない。
マクスを心配している場合ではなかった。
目の前を歩いて行ったカレン様の姿は遠く見えなくなった。
面倒なことになりません様にと祈るしかない。
まだ気を緩められない。
マーベル伯爵家のリリス様も来る可能性がある。
とにかく私がこのブームの裏にいる事、最悪、魔法使いであることさえバレなければ何とかなるはず。
しっかり身辺にも気を付けよう。
私は手に持ったスコップを地面に力いっぱい刺した。
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