第4話 鯖サンド

 ケイトのお悩みを聞いてから10日後、ケイトが私を訪ねて来た。


「キャロルさまぁー!!急に訪ねてごめんなさい」


「ええ、大丈夫よ。ケイト、どうしたの?」


「あのね!あのおまじないの効き目が凄かったのよ」


ケイトは私の袖を掴んで興奮している。


彼女が言うには、あの3日後に王都の騎士団を尋ねたそうだ。


お目当てのフリード・サンズという騎士とも出会えた。


そこでケイトはフリードとデートの約束をした。


夜になって、待ち合わせ場所のバルで待っていると、フリードが現れた。


「ケイト、待たせて済まないね」


「良いのよ。私が急に会いに来たのだもの」


2人で乾杯をして、ケイトはフリードと他愛無い話で盛り上がる。


今夜、想いを告げようとケイトは心の中で決意した。


その時、バルの入り口から大声があがる。


「フリード!!毎日毎日!いい加減にして頂戴」


フリードという名前に驚き、入口の方を見ると、怒りに顔を歪めて拳を握りしめた女性の姿が見えた。


そして、その女性は一歩一歩ケイト達の方へと歩いてくる。


ケイトは横にいるフリードを見た。


ヘラヘラしている?


えっ?この状況でヘラヘラ?


目の前に来た女性はフリードの胸ぐらを掴んだ。


そして、ケイトに向かって話し始める。


「悪い事は言わないわ、お嬢さん。コイツはわたしとの間に子供が7人もいるのに毎日浮気の事しか考えていないクズ男よ!貴方も不幸になりたくなければ、一刻も早く去りなさい」


言い終わると同時に、女性はフリードの左頬にガツッと拳を入れた。


余りに男前な奥さんで、ケイトは痺れた。


そして、その瞬間クズ男フリードなど、どうでも良くなった。


「キャロルさまぁ、ありがとう。お陰であたしは悪い男に引っ掛からなくて済んだの。あー!見る目が無かったわ!あたし」


ケイトは夢を見ていたと思って、あんな奴のことなんてキッパリ忘れるわ!と、清々しい笑顔で帰って行った。


ふむ。


告白したら、相手が本心を自白する魔法をかけた筈が、運良く奥様の登場で、フリードが自白するまでも無く、ケイトの気持ちを一気に切り替えてくれたなんて最高だわ。


それにしても本当にその男はクズだったのね。


お役に立てたようで良かった。



 目の前で、黙って私の話を聞いていたマクスは、冷めきった紅茶を一口飲んだ。


「それで、私とケイトの話を聞いていたスージー女史が、他の領地では恋物語に出てきた場所などを巡る『聖地巡り』が流行っているという話を持って来たのよ。それで、どうせなら恋人繋がりで聖地と恋愛成就のアイテム販売をしませんかと言う話になって、、、」


「なるほどね。第一騎士団のフリード・サンズが原因ということでいい?」


「マクス、人を殺しそうな目で言うのはヤメて!!」


ああ、フリード・サンズって騎士は第一騎士団の団員なのね。


ビックリ!!クズ男は超エリートじゃない!?


「悪意のないお守りを咎めようとまでは思わないが、それにしても困ったな。キャロル、とりあえずカシャロ家とコルマン家には気をつけてくれ。その恋人の丘に令嬢が現れたら、おれに連絡するんだぞ」

 

「う、うん分かった。マクスありがとう」


私の話を聞き終わると本当に忙しかったのか、マクスは直ぐに立ち上がり、いつものように私の頬に口づけをして立ち去った。


「いつまでも子ども扱いだわ」


思わず、口から愚痴が出た。



 その夜更け、気配もなく暗闇から一人の男が、キャロル部屋に現れた。


ん?誰かいる?


私の手を触った!?


さっきまで眠れないと思っていたのに、いつの間にか眠りに落ちていたわ、、、。


「キャロル、困った時はコレに魔力を流せ」


私の耳元で囁く声。


「んー?マクス」


まだ眠りから覚めきっていない私は瞼が重い。


暗闇から返事はなく、額に温かい感触がした。


私が必死で重い瞼を持ち上げた頃、薄暗い部屋にはもう誰も居なかった。


真っ暗闇で触られた左手を見れば、金色の細い指輪が薬指にはまっている。


「マクス、、、なぜ?」


色々考えたいのに、眠気で纏まらない。


魔力をな、がすの、ね、、、。


呟いて確認するのが精一杯だった。


そして、私は再び深い眠りの淵に落ちて行く。



 「キャロル様、ジャスティン様が戻られました」


大きな声が聞こえる。


眠りの淵から急浮上した私はパチっと目を開けた。


すっかり室内は明るくなっていて、柔らかい光に包まれている。


朝だ!


「はい!行きます」


ドアに向かって返事をし、洗面所へ走る。


顔を洗って、髪を整えてから、横に掛けてあるワンピースに着替えた。


顔色が良く見える様にチェリー色のリップクリームも忘れずに塗る。


ふと鏡に映った左手に目が留まる。


「やっぱり夢じゃなかった」


薬指に細身の金の指輪があった。


おそらく、私の身を心配してくれたのだろう。


「マクスは何だかんだ言っても、優しい」


私は指輪を撫でながら呟いた。




 ダイニングルームにいくと、ジャスティンは朝ごはんを食べていた。


「おはよう!ジャン、忙しいのに来てくれてありがとう」


「おはよう、姉上。殿下から伝言。昨日の話は、他言無用にしろだとさ」


ふーん、そうなのね。


「分かった。でもそうするなら、ジャンに話せないわ」


「ああ、言わなくていいよ。必要なことは殿下が僕に指示するだろうから」


ジャスティンは我が家で一番人気の鯖サンドを口に頬張りながら答える。


流石十五歳、食べ盛りである。


私の前にも、小ぶりにカットされた鯖サンドが配膳された。


早速、口へと運ぶ。


生姜の効いた味が疲れた心身に染みる。


「やっぱりコレ美味しいわー!!」


私が美味しさに悶えていると、ジャスティンが笑った。


彼は大きな鯖サンドを、次々と口に運ぶ。


「よく食べるわね」


「流石に、毎日身体を動かしていたら、食べないと持たない」


淡々と返された。


「昨日の騎士団の人たちも、体格が良かったよね」


「そうだね。でも、僕はスピード派だから」


自身に満ちた顔をするジャスティン。


思わず笑ってしまったけど、久しぶりに弟らしいところが見られて良かった。


「姉上、領地に帰るなら、これを皆のお土産持って帰って。王都で人気のお菓子だから」


ジャスティンは、準備台に重ねられた箱の山を指差した。


「ジャン、沢山ありがとう。皆にしっかり渡すわね」


「帰りも気をつけて。ぼくはこれを食べたら王宮に戻るよ」


ジャンもマクスも忙しいのに私の事を気にかけてくれてありがとう。


心の中で感謝しながら、私は旅路前の美味しい朝ごはんをゆっくりと味わった。



 さて、2日間の馬車旅がスタート!


王都から、リューデンハイム領まではマロニエ街道を真っ直ぐひたすら走る。


風景は牧歌的で良いけれど、2日は飽きる。


しかも馬車の中に1人だから寂しい。


郊外になれば街道とは言え、そこそこ揺れる。


書類仕事なんかしたら、絶対酔う。


だから、私は外を見ながら、考え事をしていた。


帰ったら、まず恋愛成就のラッキーアイテム販売の名簿を確認する。


どんな貴族が買いに来たのかを把握しておかないと。


しばらくは私も恋人の丘に潜んで、見張っていた方がいいのかな?


セノーラ様が買いに来たら、念の為、自白効果のない物を渡さないといけないし。


その方が、マクスは困らないよね。


刺されたら可哀想だもの、、、。


それと後日セノーラ様たちから、色々と追求されない様に私の顔は出さない方が良いかも知れない。


変装でもするか、、、。


ところで、この微妙な指にハマった指輪はどうする?


魔力を流せって、マクスは簡単に言っていたけど、、、。


ちょっと、試す?


いざと言うときに使えなかったら困るし。


私は右手の人差し指で左手の金の指輪にトントンと軽く魔力を流した。


途端、ふわっと白い塊が指輪から飛び出す!!


「うわっ!」

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