第2話 ジャンとマクス

 練武場で模擬演習をしていると第一騎士団の団長が現れた。


「おーい、ジャスティン!!お前の姉さんが面会に来ているぞ」


ん?姉上が急に来るなんて、嫌な予感しかしない。


「はい、何処に行けばいいですか団長」


「第三面談室に通してある。直ぐに行ってこい」


「はい、ありがとうございます」


僕はジャスティン。


リューデンハイム男爵家の長男で15歳。


17歳の姉が1人いる。


昨年、ソードマスターとなり、歴代最年少でマクシミリアン王太子殿下の側近となった。


両親も父は第二騎士団副団長、母は第三騎士団団長という職についており、国内を飛び回っている。


昨年まで領地で一緒に暮らしていた姉上は、最近使用人たちと領地経営を頑張っているらしい。


さて、良い話だといいのだけど、、、。



 お茶会を終えて、急遽弟のジャスティンに面会しなければと思った私は王宮へと向かった。


そこで、ジャスティンは王都外れの騎士団修練場に出向いていると聞いて、ここへ来た。


幸い受付の方がすんなりお部屋に通してくださったので良かった。


面会を断られることも充分ある。


彼は弟と言え、マクシミリアン王太子殿下の側近だからだ。


さて、簡素ではあるが清潔感のある面談室で、ジャスティンを待つ。


途中、ムキムキマッチョな騎士見習いの方がクッキーと冷たい紅茶を持って来て下さった。


彼に比べたら、ジャスティンは細身過ぎるかもしれない、大丈夫なのかしら?なんて、余計なことを考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


「ジャスティン・リューデンハイムです。入ります」


キリっとした声が聞こえた。


扉を開けて、少し日焼けして男らしい顔つきになったジャスティンが現れた。


「ジャン!!久しぶり、元気にしていた?」


私は思わず立ち上がって、彼に近寄った。


おお!背も高くなっている!!


「姉上、久しぶり。王都に来るとは聞いていたけど、会いに来てくれるとは思っていなかったよ」


ジャスティンは笑顔とは裏腹に棘のある言い方をした。


あー、この子は私が面倒ごとを持って来たと勘づいている?


流石、マクス(マクシミリアン王太子殿下)の側近になるだけのことはあるわ。


「んー、もう察しているみたいだから、余計なごまかしは無しにするわ。ちょっと面倒なことになって、、、。マクスに話がしたいの」


「は?殿下に急に会えるわけないだろう?」


「それが分かっているから、ジャンに頼みに来たのよ」


私を見るジャスティンの表情が明らかに呆れている。


「何をやらかしたの?」


「別にやらかしてはないけど、相手が厄介という話をしたいの」


「その話は長くなる?」


ジャスティンは私に尋ねる。


「それなりに、、、」


「では、今夜タウンハウスに帰るから聞かせて。殿下を連れて行けるかは約束出来ないけど」


「分かったわ。ありがとう」


ジャスティンは渋々ではあるけれど、私の話を聞いてくれると言うし、少し安心した。


後はタウンハウス(王都の自宅)で、帰りを待とう。


 

 実はマクシミリアン王太子殿下ことマクスと、私達は親戚なのである。


何を隠そう王弟の妻は、私の父の妹なのだ。


当時は第三王子と男爵令嬢の結婚など認めないと、まあまあ騒ぎになったらしい。


だけど、それは表向きだけで、実際は叔母が王族の方々から気に入られて、すんなりと決まった結婚だったとのこと。


そういう経緯もあり、私達は身分に囚われず、幼少期から普通に交流がある。


しかし、このことは世間一般には秘密にしている。


国王曰く、私たちを守るためだと。



 タウンハウスに戻った私はドレスを脱ぎ、いつもの動きやすいワンピースに着替えた。


軽く夕食を食べてから、ラウンジに移動してジャスティンを待つ。


「キャロル様、スージー女史からの報告書はこちらになります」


執事ベーカーは私に書類を渡す。


スージー女史は、我が領地の経理を担当してくれている方で、私に領地経営を手取り足取り丁寧に教えてくれた恩人でもある。


私は受け取った書類を捲って内容を確認していく。


よし、予定通り領地の景気は好転、ついに赤字を脱した。



 ゆっくりと紅茶を口に運びながら、スージー女史との一年前のやり取りを思い出す。


初めて目にした領地の決算書。


不作でも何でもないのに赤字、、、。


「これマズいわよね?」


「はい、キャロルお嬢様。主要産業がフル稼働でこの数字はわたくしも頭が痛いですわ」


 一見、黒字で順調に見えるその数字を良く見ると、我が家の両親が騎士団からいただいた報酬で病院や孤児院、道路整備などのインフラ代を補填していた。


我が家の報酬は本来領地の飢饉や災害に備え、蓄えておくものである。


だが、それが全く確保出来ていなかったのである。


今すぐ破綻すると言う訳ではないけれど、長期的に考えると今のうちに領地の産業だけで福祉やインフラも賄えるようにしておいた方が健全だ。


さて、どうするべきか?


安易に税率を上げるというやり方では、領民を疲弊させてしまう。


それはダメだ。


「どうしたらいいと思う?」


私はスージー女史に率直な意見を求めた。


「そうですね、新しいビジネスを考えるとか、、、。何か名物でも作りますかねぇ」


スージー女史も首を捻る。


だが、新しいビジネスを始めるのなら、まず初期投資が必要になる。


残念ながら、それは現状では難しい。


費用が掛からず、利益を上乗せする方法、、、。


難問だ。


「何か、、、そうね。私も人々にこの領地に必要なものを聞いてみるわ」


「はい、私も他の領地で流行っていることなどを調べてみます」


スージー女史らしい回答だった。


私は何か良いアイデアを見つける為、人々に聞き込みを始めた。



 そして辿り着いた我が領地の新名物、、、。


それが、今回コルマン侯爵令嬢カレン様の耳に入るまでになるとは、、、。


「あー絶対、マクスに怒られる」


私は頭に両手を置いて、怖い顔のマクスを思い浮かべる。


普段は、優しい微笑みを絶えず浮かべている彼は、絶対に怒らせてはいけない人なのだ。


「ふーん、おれに怒られるようなことをしたのか?」


椅子の後ろから、聞こえてはいけない声がする。


ゆっくりと首を回して後ろを見る。


「あー、もう何で!?一番聞かれたくないところを聞くの!」


「キャロルが忙しいおれを呼んだんだろう。無理して来たんだ!感謝しろよ」


マクスは、艶やかな紫色の瞳で私に圧を掛けて来る。


「殿下、お忙しいところお時間を頂きまして、まことに申し訳ございません」


「はーい、良く出来ました」


マクスはバカにした言い回しで答えた後、私の頭を力強く撫でまわしてくる。


「もう、ボサボサになるからヤメて!!」


抵抗する私にようやく手を止め、マクスは向かいの席に腰を下ろした。


「ジャンは?」


「あいつは置いて来た。今、おれの仕事をしている」


「それ、オカシクナイ?」


「おれは愛しのキャロライン姫を優先したんだ」


私に向かって舌を出す。


ムカつく!!


「マクス、普段から、そうしていれば夢見る女の子も減るんじゃない?」


「だろうね。でも仕方ないよ。そういう職業なんだよ」


マクス(マクシミリアン王太子)は、その名の通りこの国の次期王となる人。


彼は常に笑顔で愛想もいいクセに、婚約者どころか恋人の一人も決まらないまま、とうとう二十歳を迎えた。


今、社交界には彼の心を射止めようと殺気だった乙女が溢れている。


そして、私の作り出したあの新名物がトンデモナイ騒動を起こしそうになっている。


否、もう起こした後かも知れないけど、、、。


「それで、おれに急ぎの用事ってなんだよ」


「それは、、、」

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