第2話 管理人さんと遺族

 血溜まりを一緒に掃除して以降、管理人のおじいさんは僕の顔を覚えてくれたらしい。


 管理人室の前を通りかかって挨拶するたび声をかけられ、飛び降りたのが何者だったか、追加情報を教えてくれるようになった。


 何でも、近くの仏教系大学を卒業した関東出身の23歳の男で、就職が決まらずに絶望して飛び降りたらしい。何となく死者に対する冒涜のような気がして、僕は噂話に相槌だけ打って詳しくは聞かなかった。


 飛び降りから3日目だったか4日目だったろうか。記憶は定かではないけれど、いつものように中学校から帰ってくると、どこか様子がおかしい管理人さんに話しかけられた。今にして思えば、ひどく怒っていたように思う。


「今日、飛び降りた人の母親が、坊さんを3人も連れて来てたよ」


 息子を供養しに来たのかな? と思って聞いていると、管理人さんはどうやらそのことに激怒しているらしく、僕は「おや?」と思った。


 よくよく聞いてみると、その母親は管理人室の前をわざわざ迂回して駐車場まで行き、いきなりお経をあげだしたらしい。お詫びも、挨拶すらもなく、やっと落ち着きを取り戻したマンションでそんなことをしたために、住民から不法侵入だと苦情が管理人の元に来たそうだ。


 管理人さんは、お経をあげている最中に割って入り、怒鳴りつけて母親たちを追い出したと言っていた。


 部屋に戻ってから、子どもを助けられなかった母親の気持ちと、もしかしたら友人だったかもしれないお坊さんたち、望まずに血だまりと肉片を掃除させられた管理人さんの気持ちを想像して、複雑な気持ちになったことを覚えている。


 飛び降りた人は、買い物袋を2重に被っていたそうなので、きっと血や肉片が飛び散らないようにとの気遣いができた人なのだろう。でも、それならこんな状況をうまないで欲しいと思った僕は、贅沢だろうか。

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