ペーパーリジェクターのうわさ

モーリス・ウィスカーは考えあぐねていた。

その後、成仏のさせ方の他、幽霊の背景についてもより詳しく調べる、ということで意見がまとまった。彼が生前どんな人物だったのか、どの分野の論文を書いていたのか、どの雑誌に差し戻されたのか。成仏させるにあたって、できる限り情報を得ておきたいとエリオットは言った。エリオットか。モーリスは深くため息をつく。しっかし、彼があんなに可愛いとは思わなかった。いや、最初に声を掛けた時点で彼は相当美しかった。勿体ないことをした。あの時、性別の垣根に捕らわれず、さらに押せば良かったのだろうか。モーリスは首を捻る。待てよ、そうするとアルが敵に回るのか。顔をしかめる。混沌だな。やめよう。ひとつ頷く。とりあえず今は情報だ。目的の人物を見つけ、急ぎ足で近づく。

「ちょっといいか。」

自分に幽霊の話を聞かせた同期に声を掛ける。

「この前言ってた幽霊のことなんだけど、もう少し詳しく教えてもらえないか。」

同期が驚いたようにこちらを見る。

「そんなに興味があるのか。いいけど、僕が知っていることは大体教えたはずだ。そもそも噂話だし。」

「いや、俺の友人が興味を持った。人類文化学的知見から。だから、どんな細かい情報でもいい。何かあったら教えて欲しい。」

「ああ、そういうことか。」

同期が少し考える。

「悪いけど、僕には追加の情報はない。ただ、僕の兄からも同じ噂を聞いたことがある。あれは確か、兄が入学してすぐだったな。というと、5年前か。少なくとも、5年前には幽霊の噂はあった。」

もう一度こちらを向いて続ける。

「僕がこの噂を聞いたのは、理学部の同期だ。統計学の講義のあとだったかな。ちなみに、その時その場にいた文学部の同期は知らなかった。やっぱり、理学部棟の幽霊と言うくらいだから、話を聞くなら理系の学生じゃないかな。僕の兄は法学部だったから、ぼんやりとした噂しか教えてくれなかったな。」

「理系の人間か。俺の友人は知らなかったな。」

モーリスは、幽霊について喋ったときの四人の反応を思い出す。同期が笑った。

「入学したばかりだからだよ。上級生に話を聞いてみたら?あるいは、上の先生とか。」

ふと同期が声を低くする。

「モーリス、間違っていたらごめん。君が上級医たちの弱みを握っているという噂があるんだけど。」

「なんだそれ。」

モーリスは心底びっくりする。同期が慌てて手を振った。

「いや、なんでもない。今の反応を見て、絶対に誰かの勘違いだと思ったよ。まあ、それはさておきモーリスは上級医と親しくしているようだし、聞いてみるといい。数ある噂話の一つに過ぎないから、上級医が知っているかどうかわからないけど。」

「まあ、幽霊の噂なんて、理学部よりも病院の方に多そうだな。」

「どうだろうね。幽霊なんて、僕はどうでもいいと思ってしまうな。」

同期が顔をしかめた。

「害がないなら、いてもいなくても変わらない。生きている人間の方が怖い。」

「それは間違いない。」

二人は重々しく頷き合った。モーリスは同期に礼を言う。

「上級医に聞いてみる。もし追加の情報があったら、一応俺に知らせて欲しい。」

「分かった。人類文化学的知見から幽霊について知りたがっている友人にもよろしく。論文にでもする予定なのかな。」

「それはないんじゃないか。俺は文系の論文についてはよく分からないけど、さすがに難しすぎるだろ。客観的な評価とか、他にも色々。」

「僕がやるとしたら、遺体の処理方法と絡めるかな。国ごとにかなり違うし。それによって、地方ごとに幽霊の外見が違うと仮定して。でも、範囲がざっくりしすぎてまとめにくそうだな……。話が逸れたな、ごめん。僕はもう行くよ。また明日。」

「ありがとう。また。」

同期に手を振って踵を返す。モーリスは歩きながら考える。幽霊は置いとこう。もとより上級医には話を聞こうと思っていたし。上級医か、誰に聞くかな。というか、俺が上級医たちの弱みを握っているなんて誰が言ったんだ。根も葉もなさすぎる。俺のは完全に慈善事業だ。生きとし生ける、全ての人間を幸せに。それが俺の営業指針だ。弱みを握られたと思うのなら、思った方に問題があるな。まあ、いい。このことは忘れよう。今はとりあえず、親友が幸せになれるよう、俺にできることをしよう。そう思って、モーリスは機嫌良く病院へ足を向けた。

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