呪いと成仏(3)
言い放ったエリオットに、四人は目を丸くする。
「成仏……。」
「無理やり幽世に送るのではなく、彼の無念を晴らし、心おきなく召されてもらう。巡り巡って、次の生を受けられるように。」
四人は黙った。エリオットが続ける。
「大陸の南東から発生した、ある宗教的考え方だ。仏に成る、という字を書く。元来は、悟りを開く、という意味だ。様々な宗派があるが、現世で生きることは苦しみの連続であり、真の救いは死後、すなわち来世にあるという教義だ。この宗教が極東に伝わった後、千年以上の時を経て変化し、副次的な意味が生まれた。あの国は、諸外国の考え方をとりあえず受け入れて、風土に合わせ柔軟に変化させる。先ほど述べた来世という概念と混ざり、この世に縛り付けられた死者を来世に送る、という概念が生まれたのだろう。本来の意味とは全く異なる使用法をされているが、私はこの成仏と言う概念は嫌いではない。」
淡々と続ける。
「思い残すことがなくなれば、彼を現世に縛り付ける鎖も断ち切れるだろう。成仏させる具体的な方法については私も知らないので、調べておく。だから、蒸留水を掛けたり十字架を振り回したりすることはやめて欲しい。悪霊扱いはきっと彼を傷つける。私の祖母に、確かそういった知識があったと思う。そうでなくとも、あの年代の人間ならこういった話には詳しい。我々よりは。祖母は祖国だけではなく、極東の幽霊事情にも通じている。父もこういった話は……。」
そこでエリオットが言葉を切った。我に返ったように何度か瞬きをする。四人が自分を凝視しているのを見て狼狽える。
「その、申し訳ない。つらつらと妙なことを話した。今のは忘れて欲しい……。」
「いや、別に妙じゃない。俺たちが始めた話だ。」
グレンが言う。
「ただ、お前が幽霊を信じるとは思わなかっただけだ。言い方は悪いが、幽霊の話を聞かせたら、きっと馬鹿にされるだろうと思っていた。君たちは子供だな、と……。」
エリオットが少し俯いた。
「いや、その、信じているというわけじゃ……。ただ、そうだな……。」
俯いた頬が赤くなる。
「こういった噂話は私も子供の頃にいくつか聞いた。怪談に限らず。私は今まで、そういった話の輪には入れなくて、しかし今回、君たちとこういった話ができて、その、嬉しい、と感じてしまった。幽霊の彼には申し訳ないが……。」
なんだこれ。フィルは口元を抑えた。エリオットが端正なのは知っていた。初めてヨウ家にお邪魔して彼の微笑を見た時、とても美人だとも思った。けど、こんなに可愛かったっけ。
「もし彼が現世に存在するのなら、一人きりで、かつ悪霊扱いされるのはきっと望まないだろうと……。いや、幽霊などという非科学的なものを信じるわけでは無い。ただ、どうせ行動を起こすのなら、我々と彼の、双方の心が晴れる方法を取りたいと思っただけで……。」
小さく首を傾げて恥ずかしそうに頬を染めているエリオットを見ていると、モニにそうするみたいにぎゅっと抱きしめて頭を撫でたくなる。グレンとモーリスも唇を噛みしめて愛おしさに耐えている様子だ。アルフレッドに至っては机に伏して両腕で顔を覆い、自分の髪を掴んで引きちぎろうとしている。
「……申し訳ない。恥ずかしいことを言った。私は子供だな。美術展だが、日程は君たちに合わせる。誘ってくれてありがとう。では、私はこれで……。」
「成仏させよう。」
立ち上がりかけたエリオットに、フィルは言った。エリオットがこちらを見つめる。
「彼の無念は僕たちにも無関係じゃない。事情を知ってしまった今、見て見ぬふりはできない。お前らもそう思うだろ?」
「そう思う。」
アルフレッドが伏したまま言った。
「俺たちや、俺たちの後輩が同じ過ちを繰り返さないためにも、注意喚起も含めて、彼には成仏してもらう必要がある。」
「その通りだ。」
モーリスが断固とした調子で言う。
「除霊はやめだ。そんな非人道的な事、許されるわけがない。時代は成仏だ。俺の方でも成仏のさせ方を調べてみる。上級医に聞いてみよう。」
「上級医に聞いてみるのか。」
グレンが慄いた。
「じゃあ、俺は警吏に聞いてみる。首都警の検挙率はかなり高い。成仏率がどのくらいかは分からないが……。」
エリオットが頬を染めたまま、四人を順に見つめる。
「その、本当に彼を成仏させることに付き合ってくれるのか……?」
「何を言ってるんだよ。暗号の時と同じだ。僕たちが始めたことに、君が指針を与えてくれたんだ。……必ず成仏させよう。僕たちの力で。」
エリオットがふわりと微笑んだ。いやもう本当に可愛いな。フィルはその顔を凝視した。ふと横を向く。顔の火照りが冷めぬままどうにか上体を起こしたアルフレッドが、エリオットの笑顔に再度撃沈され、ずるずると机の下に潜り込んだ。
かくして、幽霊をめぐる指針が定まった。成仏という目的の傍らに各人の思惑を乗せ、調査が始動する。その思惑がどのようなものであるかは、幽霊にも、時にはその本人にすらも、今はまだ謎である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます