呪いと成仏(2)

エリオットが首を傾げる。

「ああ、なんでもない。こいつの持ってきた与太話だ。」

忌々しげにアルフレッドが言い、モーリスが噛み付いた。

「幽霊を信じないくせに感じたやつが、何でそんな他人事なんだ。」

エリオットの頭上に疑問符が浮かび続けているのを察し、アルフレッドがうんざりした声で説明する。

「たいしたことじゃない。モーリスのやつが妙な噂を仕入れてきただけだ。ここの裏に旧校舎があるだろ。そこの廊下に幽霊が出るって言う噂だ。気にするな。」

「噂じゃなかったろ。本当にいた。お前がそう証明したんだろ。」

アルフレッドの発言にモーリスが噛み付いた。

「明日、俺は除霊しに行く。お前も責任取ってついてこい。聖水と、十字架と、雑巾があればいいな。」

「面倒だな、自分で行けよ。昼だろ。」

「怖いからいやだ。」

「除霊?」

エリオットが平坦な声で言う。

「その幽霊は、悪霊なのか?」

「多分そうだ。」

モーリスが答える。

「その幽霊……彼と呼ぼう。彼は何か悪事を働いたのか。」

「天井を鳴らした。窓枠とかも。」

「それは、俺たちに分かるように返事をして欲しいと俺が言ったからだろ。」

アルフレッドが反論する。

「彼は誰にも危害を加えていない。」

「では、なぜ除霊をしようとする。」

「だって、呪われたら嫌だし……。」

「私は決して西方の幽霊事情に詳しいわけでは無いが。」

そう前置きし、エリオットが話し始めた。

「除霊というのは一種、不可逆的なものだと思う。この例えは不適切かもしれないが、人間にとっての極刑のようなものだろうと。悪霊でもないのに除霊をしてしまったら、我々には責任の取りようがない。そもそも、彼がなぜそこに存在するのか。何のために現世に留まるのか。それを知らないことには対処の検討がないだろう。ウィスカー、幽霊について、君は何か追加の情報を持たないか。」

エリオットは幽霊という単語が出た時点で一笑に付すと思っていた。フィルは驚いて瞬きをする。幽霊は実在するという前提のもと、話が進むことになろうとは。

「そう、俺は昼、こういう会話を求めていた。」

モーリスが嬉々として口を開く。

「その幽霊なんだけどな。何年か前にうちに在籍していた学生らしい。かわいそうに、在学中、若くして亡くなったそうだ。亡くなった原因は分からない。亡くなった場所も。ただ、怨念を抱いて亡くなったと言われている。理由は噂でしか知らないけど。」

ここでモーリスは悲嘆にくれた表情になる。

「どうやら、彼は理学部の学生だったらしい。彼はある論文を執筆していた。その論文に全てを賭けていた。データもどうにか集まり、解析でもまずまずの結果が出た。そうしてまとめ上げ、ある雑誌に投稿した。そうして、こう返答された。」

おどろおどろしい声で続ける。

「数年前に掲載済みのとある論文と比較し、新規性が見られない。」

鳥肌が立った。グレンも顔を歪めた。エリオットの揃えられた指が一瞬にして強く握られる。アルフレッドは瞬きを繰り返している。

「彼は嘆いた。ただ、その怒りと悲しみをぶつける先は無かった。そうして世をはかなんだ彼は、自ら命を絶った。この世に恨みを残したまま。それ以降、彼は理学部旧校舎に出没する。全ての人間の論文が、無情に差し戻される呪いを振りまきながら……。」

「……怖い、怖すぎる、なんでこんな話を聞かせるんだ!」

フィルは叫んだ。

「知らないままのほうが良かった!僕まで呪われたらどうするんだよ!」

「だから除霊をしようって言ってるだろ!」

「僕も行く。僕も聖水を持っていけばいいんだな?でも聖水って何?教会で貰えるの?純水とかでもいい?」

「フィル、やめろ。純水は高価だ。せめて蒸留水にしろ。」

「なんだよ、そんなに怖いのか?書き直すなり、別の雑誌に投稿するなり……。」

「これだから文系は!」

「え、文系の論文だって大変なんだぞ……。」

フィルとモーリスが怒鳴り、アルフレッドがひるんだ。

「やめろ。」

静かな声の主を四人は振り向く。エリオットが拳を強く握ったまま、こちらを見て口を開く。

「彼が、非常に強い無念を抱いていることは分かった。その上で、君たちはまだ彼を除霊しようと思うのか。フレンケル、君もそう思うのか。」

「だって!」

「正直に言おう。私は除霊という概念が好きではない。もちろん、人間には制御し得ない、獣じみた悪霊であれば話は変わる。しかしウィスカーの話を聞く限り、彼は生前、善良で勤勉な人間だった。人間なんだ。その存在を、無理やり無に帰すなんてことは私にはできない。」

「じゃあどうするの!」

「成仏させる。」

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