呪いと成仏(1)

「一体全体、なんなんだよ!」

午後の講義のあと、四人はなんとなく理学部棟の空き教室に集まった。

「おい、アル、あれが冗談だとしたら俺はお前を許さないからな!」

「冗談かどうかはグレンに聞いてみろ。」

アルフレッドが脚を組みながら言う。

「というか、お前にとっては吉事だろ。幽霊に会いたかったんだろ?確かに誰かがいた。良かったな。」

「良かったじゃない、呪われたらどうするんだ!」

モーリスが喚く。フィルは途方に暮れた。

「モーリス、言動が一致しないなあ。さすがに呪われないよ、僕たちは幽霊になにもしていない。ただ、会いに行っただけだ。」

「幽霊にはそんな理論は通じない。連中は手当たり次第に呪う。呪われる前に除霊をしなきゃいけない。」

「誰が会いに行こうと言い出したんだ。本当に精神年齢が5歳だな。」

「除霊をしたいなら勝手にしろ。聖水でも撒いて、十字架を振り回せばいい。……床を濡らしたら、ちゃんと拭いておけよ。あの建物は綺麗だからな。傷めるな。」

そう言って、アルフレッドは時計を確認し、立ち上がった。いそいそと廊下に出ようとするアルフレッドに声を掛ける。

「アル、鞄を置いてどこに行くの?」

「エリオットがそろそろ終わるかなって。東方美術展に誘おうかと。幾何学はいつも時間が押すからな。」

「エリオットの日程、よく把握しているね。」

「モーリス、俺たちが戻るまでに幽霊の話を終わらせておけ。」

廊下に出て、上半身だけこちらに向けながらアルフレッドが言った。

「エリオットに聞かれたら笑われるぞ。君たちは一体何歳だって。すぐ戻る。」

そう言って足取り軽く去って行く。アルフレッドの言う通りだ。エリオットにお子様だとは思われたくない。フィルとグレンはモーリスを振り向く。なぜかアルフレッドを微笑ましく眺めていたモーリスが我に返った。

「……まあ、いいや。アルの言う通り、明日の日中、聖水を撒きに行く。アルに着いてきてもらおう。俺だけだと、幽霊に当たったのかどうか分からないからな。」

「ほっときなよ。別に悪さをしたわけじゃないんだし、そっとしておこう。」

「お前に悪いことがあったとしても、それは呪いではなく天罰だろう。遊び過ぎた罰だ。」

「言えてる。」

「うるさい。」

そうこうしていると、廊下の先からアルフレッドが楽し気に話す声が聞こえてきた。すぐにエリオットを伴って空き教室に入る。エリオットが三人に向かって小さく手を挙げた。無表情だが、わずかに頬が緩んだ。フィルは笑って手を振る。一時期は彼に嫌われていると思っていたが、そうではなかった。今ではよく話す。よく話す、というのは語弊があるかもしれない。エリオットは基本的に寡黙だし、表情もあまり変えない。ただ、以前感じていた壁は完全になくなった。数学について喋る時の柔らかな瞳を見ると、とても幸せな気持ちになる。彼の笑った顔を見てみたい。楽しいことに誘いたい。

「東方美術展、エリオットも行くって。」

アルフレッドが心底嬉しそうに言う。エリオットが口を開いた。

「君たちがよければ、ご一緒させてほしい。」

「もちろん。帰りに甘いものでも食べに行こうよ。」

「お前は本当に甘党だな。将来太りそうだ。」

「糖尿病に気をつけろ。」

「うるさい。」

「運動をするといい。剣でも拳でも、振り回すとすっきりする。」

「グレンと違って、僕は頭を使うことですっきりするから。ところでエリオット、ヨウ家の本邸ってどんな感じ?別邸より凄い?」

四人の雑談を静かに聞いているエリオットに、フィルはふと尋ねてみる。急に声を掛けられたエリオットが瞬きを繰り返した。

「どんな、え……玄関があって、部屋がある。床があって……。」

「フィル、質問の意図が伝わってないな。昼、東方美術展の話をしていた時、ヨウ家の本邸はきっと美術館みたいなんだろうなって話をしていたんだ。」

アルフレッドの言葉にエリオットが納得の表情をする。

「そんなことはない。普通だ。招いてもいいが、少し遠い。最近は頻繁には行かないので、あまり勝手が分からない。片付いているとは思うが……。」

「その、招いてくれたら嬉しいけど、別に催促している訳じゃないからね。」

「いつか招く。期待はするな。本当に普通だ。多少広いだけだ。」

「あんまり信用できないな。」

グレンが笑い、モーリスが混ぜっ返す。

「幽霊が出ないなら普通だろ。」

「その話、終わってなかったのか……。」

「幽霊?」

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