旧校舎の幽霊(2)
四人は件の旧校舎にいた。大学の創立時からある二階建ての建物で、小ぶりではあるが重要文化財のような美しい外観から、使用されなくなっても取り壊されずにいる。しっかり手入れもされており、崩落の危険性はない。そういうわけで、特に学生の立ち入りも制限されていない。石段を上がって観音開きの扉を開けると、吹き抜けになった玄関ホールがある。玄関ホールにはゆるやかな曲線を描く階段が二階まで伸びており、窓から差す日が手すりの模様を床に映している。
「僕、初めて入るかも。」
フィルはわくわくしながら正面入り口の扉を閉じた。
「おじゃまします。中もとってもきれいだね。」
「清掃が入っているな。」
グレンが辺りを見回しながら言う。
「本当に幽霊がいるんなら、清掃員が見ているはずだ。」
「清掃員は幽霊の噂を知らないだろ。」
モーリスが反論する。
「知らない人間の前には出てこない。それが幽霊ってもんだ。」
「じゃあ、俺たちも知らなきゃよかった。わざわざ教えやがって。」
アルフレッドが吐き捨て、さっさと階段に向かって歩を進める。
「二階の廊下の奥だったよな。」
「アル、お前はもうちょっと趣を感じた方がいい。こういうことは厳かに行うべきだろ。」
「お前の口から、趣とか厳かという単語が出てきたことに、俺は驚きだよ。」
言いながら階段を数歩上ったアルフレッドの足が急に止まった。
「アルフレッド、どうした。」
聞き耳を立てているような、良く分からない表情で眉を顰めたアルフレッドに、グレンが近寄りながら声を掛ける。
「……いや、なんでもない。」
そう言うが、アルフレッドの表情は変わらない。アルフレッドが足を止めたままなので、自然とグレンが先導する形になった。三人はその後をついて行く。そうして階段を上がり、ひとつ角を曲がって廊下の突き当りが見えたときだった。アルフレッドの手がグレンの肩に伸びた。その手が肩に触れる直前、グレンの足が止まる。フィルとモーリスは二人を見て首を傾げる。アルフレッドがグレンの肩に手を置いたまま、静かに言う。
「……感じたか。」
「お前、さっき立ち止まった時から感じていたのか。」
「気のせいかと思った。でも、お前も感じるんなら気のせいじゃない。」
アルフレッドの視線は廊下の奥に固定されていた。そのまま口を開く。
「ここにはもう一人、何者かの気配がある。」
「おい、やめろよ。」
モーリスが笑う。
「面倒なことに巻き込んだ嫌がらせか?大体お前、幽霊なんて信じてないだろ。そんなやつが……。」
「戻ろう。」
フィルはモーリスの言葉を遮った。
「アルとグレンの第六感がそう言っているのなら、それはきっと正しい。それにアルはともかく、グレンにはこんな演技、できっこない。」
モーリスの顔が引きつった。アルフレッドがグレンを押しのけ、三人の前に出る。その周囲に、彼が剣を握るときの揺らめきを感じた。周囲の空気の微かな動きまで探るような、体から無数の見えない手を出すかのような気配を放ち、アルフレッドが一歩、進み出た。顔を動かさず、視線だけで床や天井、窓を素早く確認する。フィルも辺りを見回した。各講義室は現在、物置として使われているようで、机や椅子が壁際に寄せられ、荷物が置かれている。扉に手を掛け、押してみる。モーリスの言う通り、鍵がかかっていた。ここに来るまでも、人がいる形跡はなかった。フィルは五人目の気配を感じないが、この場には、生きている者がこの四人だけであることは間違いない。
ぴりぴりとした気配が変わる。アルフレッドが周囲に伸ばしていた意識を正面に向けた。背後を庇うように軽く左腕を上げ、もう一歩、前に出る。口を開いた。
「誰かいるのか。」
当然、返答は帰ってこない。アルフレッドが再度、口を開く。
「誰かいるのなら、俺たちに分かるような形で返答してほしい。」
天井の方からぴしり、と音がした。三人の肩が跳ねた。
「家鳴りだろ。」
モーリスが震え声で言う。
「アル、フィルの言う通りだ、もう戻ろう……。」
かたり、と四人の背後で窓枠が鳴った。三人はさっと振り返る。廊下にはなにも見当たらなかった。フィルはアルフレッドを振りむいた。依然として前方に集中している。
「ねえ、アル、戻ろう。」
アルフレッドは答えない。必死に何かの焦点を探るよう、目を細める。三人は黙ったまま、動かずに立ち尽くした。ふと、アルフレッドの瞳が左右に動いた。彼の緊張が緩むのを感じた。小さく息をつき、アルフレッドが三人を振り返る。
「気配が消えた。もういない。戻るか。」
モーリスが廊下にへたり込んだ。
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