旧校舎の幽霊(1)

モーリスが語った内容としては以下の通りだった。

理学研究棟の裏、現在は物置として使用されている旧校舎の一角に、その幽霊は出現するらしい。この手の噂にありがちな、深夜何時だとか新月の夜だとか、そういった時間指定はないようだ。日中でも幽霊は出現する。どのように出現するのかは分からないが。この幽霊、噂自体は何年も前からあったという。ただ、特に大きな話題になることもなく、真相が明らかになることもなく、細々と噂だけが歴代の学生に伝わっているらしい。実際に幽霊を見たという証言もないようだ。

「見た人間がいないのに、噂だけが伝わっているのか。」

グレンが不思議そうに聞く。

「一体どういうことだ。」

「何年も前の在校生が見たんだろうな、きっと。」

モーリスが答える。

「その時の噂が伝わっているんだろう。でも、確かにどうしてそれ以降、目撃証言がないんだろうな。いつ、どこに出るかは分かっているのに。」

「それは、ここが大学だからだ。俺たちはもう幽霊に興味津々って年ごろじゃない。全員、噂として聞き流してきたんだ。実害がなければ誰もどうこうしようとしない。旧校舎なんて、今はほとんど誰も入らないだろ。」

アルフレッドの発言は全員の賛同を得られた。フィルは尋ねる。

「で、モーリスは幽霊に会いたがっているんだろうけど、旧校舎に入る手段はあるの?」

「建物自体には、鍵はかかっていない。」

モーリスが答える。

「内部の講義室に鍵がかかっているだけだ。幽霊が出るのは二階の廊下の突き当りだ。いつでも誰でも入れる。」

「よし、じゃあ、行くか。」

食べ終わったアルフレッドがテーブルを片づけながら言う。

「さっさと行って、何もないことを確かめて帰ろう。午後の講義まではまだ少しあるだろ。」

「おい、もうちょっと幽霊の背景を知ろうとは思わないのかよ。どうしてあんなところに出るのか、そもそも幽霊は何者なのか……。」

「思わない。いるかどうか確認してからだ。いなかったらそんなことを調べる意味がない。」

「本当につまらない奴だな。」

ぶつぶつ言いながらも、三人が付いてきてくれることに満足げなモーリスをアルフレッドが睨む。フィルは笑いながら立ち上がり、お盆を手に取った。

「幽霊がまともな人物であるなら、面白半分で会いに来た僕たちにお灸を据えてくるだろうね。僕だったら二度と会いに来ないようにきっちり脅しておく。モーリス、お前が幽霊にとって思わず出現してしまう魅力的な男であることを祈るよ。」

モーリスが慌てて襟を正し、髪を撫でつける。折った袖を戻してボタンを掛けようとし、急に動きを止めた。怪訝な視線をぐるりと見渡し、モーリスが重々しく宣言する。

「俺は過去の反省を生かす人間だからな。慎重に行動する。幽霊の性別が女性だと分かるまでは、決して軽率に声は掛けない。」

三人は深くため息をついた。アルフレッドが舌打ちして自分の食器をモーリスのお盆に載せる。フィルとグレンも黙ってそれに倣った。ぎゃあぎゃあ喚くモーリスを放置して、三人は一足先にテーブルを離れた。

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