街歩き
「次は北の分校に向かうんじゃないんですか?」
「いや、その前に行っておきたい場所がある。」
大通りに出ると、叔父は北方面に歩き出す。分校なら東西通りに出て、自宅を通り過ぎる形で向かった方が早い。訝しく思ったモニの質問に叔父が答えた。
「スミソナ池のほとりの農具小屋だ。最後の手紙を覚えているかい?待ち合わせ場所にどんなところを指定してきたのか、一度見ておこうと思ってね。」
なるほど、と思いモニは叔父の隣に並んで歩く。
「僕がよくきのこを採りに行っている林があるだろう?地図によるとその付近にあるはずだ。ちょっと遠いけど歩けない距離じゃない。ただ、僕も手紙を見るまであそこに農具小屋があるとは知らなかった。」
「あそこ、あんまり人が住んでいるイメージがないんですけど。」
「そうだね、僕はきのこを採るときは南側にしか立ち入らないんだけど、ちょっと人里離れた林だね。」
目的地は決まっているが、叔父はふらふらとショーウィンドウを覗きながら歩く。中心街の北側にはあまり足を延ばすことがないので、モニも一緒になってウィンドウショッピングを始める。
「ねえ、あれ、きれいだねえ。」
輸入品を扱う店の前で叔父が足を止める。色とりどりのモザイクランプが並んでいた。モニも思わずため息をつく。
「すごい、夜に来たらもっときれいなんだろうな……。」
「異国情緒を感じるね。あの青いランプ、星空みたいでとっても幻想的だ。」
「お値段は全然かわいくないですね……。」
「どこに値札があるの?……うっわ、本当だね。現実に引き戻されちゃった。行こうか。」
店主が声をかけてくる前にいそいそと立ち去り、また商店を眺めながら並んで歩く。
「高いんだなあ。」
ぼそっとモニが呟く。何が?という顔で叔父がモニの視線をたどり、ああ、と頷いた。
「ハーブとかスパイスって、買うと結構高いんだよ。」
「うちにはいくらでも生えてるのに。」
「いくらでも、ではないよ。もうちょっと種類を増やしたいとは思っていて、ウコンとかどうかなって……。すみません、何でもないです。」
モニの目つきにひるんだ叔父がぼそぼそと続ける。
「乾燥させたりするのも手間だから、みんなあんまり家で育てないのかな。スイートバジルなんかはちぎってそのまま使えるから便利なのにね。」
「別にハーブが嫌いなわけじゃないんですよ。裏庭に蔓延るミントが嫌なんです。」
「まあでも逆に言えば、市販品が高価なおかげで僕らは神父さんと良い条件で取引できている、と考えることもできるわけだ。日々の食卓に美味しいお肉が並ぶのも、僕が育てているハーブのおかげだね!」
聞こえないふりをして叔父が元気にのたまう。はいはいそうでございましょうとも、とモニが歩き出し、叔父も慌てて後を追った。
しばらく歩いて叔父がモニを呼び止める。
「あ、ねえモニ、僕あれやりたい。」
叔父が指さしたのはお菓子屋さんにあるキャンディー詰め放題だった。形も色も異なる飴がショーケースにぎっしり詰まっている。モニがえぇ、という声を出す。
「ああいうのって女の子しかやらないもんだと思ってました。」
「モニ、それは男女差別だよ。甘いものは平和の証。甘いものを食べられるのはそれだけ社会が豊かな証拠だからね。」
「いや別に、僕も甘いもの好きですけど。でもキャンディー詰め放題とおっさんの取り合わせはなんというか……。」
「モニ、それはおっさん差別だよ。おっさんだって可愛いものは好きだし、ああいうのを見るとわくわくするんだよ。」
「はあ……。」
意気揚々と扉を開け、店主に挨拶する叔父の後ろについてモニも店内に足を踏み入れる。
「じゃあ僕もなにか買ってもいいですか?」
「もちろん、どうぞどうぞ。」
モニは店内を見て回る。叔父にはああ言ったが、甘い香りのする店内でお菓子を選んでいると、年甲斐もなくわくわくしてくるのはモニも同じである。広くはない店内の壁際にはマドレーヌやフロランタン、クッキーなどの焼き菓子が各種きれいに並べられ、反対の壁際にはキャラメルやドラジェ、ポルポローネなどの一口サイズのお菓子が小袋に詰められて並んでいる。カウンターにはりんごのクランブルケーキやレーズンの入ったクグロフがある。こちらは一切れずつ切り分けてもらえるようだ。とりあえず1周見て回り、さあどれを選ぼうかと悩み始める。ちらりと叔父を見やると、店内中央の詰め放題コーナーでトングをカチカチ鳴らし、居並ぶ飴たちを威嚇していた。
「お連れの方、楽しんでいらっしゃるわね。」
後ろから菓子屋のマダムに声をかけられて、モニは驚いて振り向いた。
「あら、ごめんなさいね。あんなに楽しそうに詰め放題をしていかれる大人の方は珍しいから、つい嬉しくなっちゃって。」
「それはそうでしょうね。」
モニは頷く。
「坊やはどれにするの?たくさんあるから迷っちゃうわよね。是非ゆっくり見て回ってね。そうそう、おすすめは紅茶のフィナンシェよ。焼きたてなの。決まったら声をかけてちょうだいね。」
小柄なマダムがモニにウインクしてカウンターの内側に戻っていく。
モニはもう一周店内を回り、ヘーゼルナッツのクッキーを一枚取る。
「これと、紅茶のフィナンシェをひとつ下さい。同じ袋でいいです。」
「はい、ありがとうね。お連れの方は終わったかしら?」
「お待たせ。いやあ、とっても楽しいね。」
叔父もちょうど詰め終わったようで、ほくほくした顔でカウンターにやってくる。叔父の持っている袋に目をやってモニはぎょっとした。
「そんなに詰めたんですか!」
「まあまあ、いいじゃないか。あとでモニにもひとつあげるよ。」
「残りは全部自分で食うと?」
「じゃあ二つあげる。」
「あらあら、まあ。」
減らしてこい!と叱ろうとしたモニだったが、マダムの声に冷静になる。
「分かるわあ。私もこういうのはつい詰めすぎちゃうの。お菓子が詰まっている、という状態が一番見ていて幸せなのよね。これから涼しくなるし、日持ちはするわよ。でも、ちゃんと歯磨きはした方がいいわね。」
ふわふわと話すマダムのリズムに毒気を抜かれてモニは黙った。
「はあい。」
叔父は叔父で、子供のように返事をしている。
「たくさん買ってくれたから、キャラメルはおまけね。はい、ありがとうございました。また是非いらしてくださいな。」
上品にお辞儀をするマダムに見送られ、モニと叔父は菓子屋を後にした。
引き続きウィンドウショッピングを楽しみながら北上する。大分民家が多くなってきた。途中、屋台で昼食用にサンドイッチを買う。てきぱきとパンに具材を挟んでいく店員の手元を見ながらモニは言った。
「北側って僕、あんまり来たことなかったんで楽しかったです。」
「僕も久々だったからとても楽しかったよ。あ、僕のやつ、マスタード多めってできますか?」
叔父が店員に声をかけてモニに向き直る。
「自分の住んでいる街だと、決まったルートしか通らなくなるよね。いつものお店で買い物して、いつものカフェでお茶して。たまにはこういうのもいいよね。北側にもお気に入りのカフェを探そうよ。」
「パン屋の横にいい感じのカフェがありましたよね。焼きたてのデニッシュが食べられるって。今度行ってみたいな。」
「よし、次の休日はそこにしよう。」
店員からサンドイッチを受け取り、住宅街の細い道を進む。目的地はもうすぐだ。
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