第12話 富士の眺め
「へぇ、それで山菱さんが見た夢の神女様はどんな方だったんだね」
「ええと、そうですね、山頂で踊っていました」
「へぇ。何人?」
「何人? 2人でしょうか」
「服は何色?」
「服、服ですか?」
見回すと既に周りは白装束ばかりだ。
上吉田の町あたりまでは色付きの服を着た者も多くいたが、吉田口の入り口にある
本来であれば道者は御師の檀家となって富士を登るものだが、俺は今、宍度の紹介で客人的な立場でこの道者の群れに混じっている。一度御師の檀家となれば御師の変更は効かないそうで、それはそれで面倒くさいらしい。
それで元々、今俺の隣で歩く御師が先導して登る予定だった。けれども宍度が俺で散々人を集めまくり、そして用事があるからと与吉の人力車に乗って颯爽と姿を消した後、俺と残された御師は途方に暮れた。
何故ならば俺の周りには
それでも手は足りないのだ。
だから『お前が引っ張って来たんだろ』と言われ、せめて野次馬がいずれどこかにいなくなるまで、俺が富士講社の講紋のついた
なんで俺がと思わなくもないのだが、原因を考えると反論などとてもできない。
「ごめんな、先頭を歩かないといけないからさ、今はあんまり話せないんだよ」
「ああ。がんばってください」
そう言えば人は少し離れていく。その言い訳は、俺にとっても丁度いい人避けになる。これで覚えのない夢の話を根掘り葉掘り聞かれるなんて災いから逃げられるわけだ。
そんなわけで、俺は初めての富士登山なのになぜか先頭で先導していた。訳がわからない。
北浅間を進むと草山三里と呼ばれる風吹き渡る美しい草原が広がり、そこからすぐに清涼な水の溢れる
更に進むと各富士講が33回参りの折に奉納した石碑などが立ち並び、馬が登れる限界点の
新しく現れた木々の隙間に伸びる道を進んでいけば、そのうち
御師はそんなことを所々で説明しながら順調に富士を登っていく。説明の度に
そうこうしているうちに俺は御師と妙に仲良くなってしまった。
御師としても俺の神女を見たという話は気になったのだろう。一緒に登ったということで次の登攀の話のタネにするつもりなのかもしれない。けれども俺は実際には見てなんぞいないわけだ。
「服の色は白でしょうか」
「本当に?」
だから俺がそう答えたのは前後左右を見渡して、白い服の人間しか見当たらなかったからなのだが、その適当な答えに御師は目を見張る。
「あの、何か」
「ハァ。本当に山菱さんは富士山のこと知らないんだよな?」
「ええ、それほどは」
「そのな、山頂に天女が舞い踊るっていう古い伝承があるんだよ。もうすぐ
富士の三合目は中食堂と呼ばれて茶屋が並んでいる。そこは木山の切れ目で、久しぶりに見渡せる眼下には草原が雄大に広がり、その先は遥かに八ヶ岳を始め青く峻厳な山々が龍の背のように横たわる。その山々の合間を埋めるようにわずかな霧が雲のように溢れ出てその裾をぼんやりとけぶらせ、あたかも仙界にでもいるような眺めが広がっていた。
その景色を眺めながら、一休みがてら茶を飲むのがこの三合目の習いだ。
けれども俺たちが大量の人間を引き連れて上がってきたものだから、茶屋はいつになく大わらわだった。御師が休憩を宣言して富士講社の人間は一塊に座る。すると結局、御師連中まで集まってくる。
「お前さん、本当に天女が舞うのを見たのかい?」
「ああ。本当らしいよ。2人が白装束を来て舞い踊ってたんだってよ」
「へぇ、すげぇな」
俺が口をはさむ前に親しくなった得意げに御師が答える。それはそれで受け答えは楽なのだが、なんだか置いてきぼりだ。
「あの、白い服だと何かあるのでしょうか」
そう呟けば周りはますます目を見張った。
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