第11話 富士の神話
「高天原が必ずしも高千穂というわけではないのですがね。それを言うなら、邇邇芸命が木花咲耶姫に出会った笠沙の岬は薩摩の
祭神というものは利益のために後付けするようなものではない。最近の宍度はすでに俺に隠しもしないのだ。信仰心などさして持ち合わせてもいないだろうということを。
「伝承はすでに広まっているわけですから、よいのでは」
「そうもいきません。富士は東京からも一目に見える霊山です。今はこの日の本の中心として権威付けをするのにふさわしい神が必要なのですよ。木花咲耶姫は所詮地域の
この物騒な話になると、与吉は途端に口をつむぐ。
造化三神。つまり
そもそも富士の山は山自体が神仏であることから始まり、合理的に結びつけられているのは大日如来の顕現である天照大神。けれども天照大神を主神とすると、やはり大日寺、大日如来という印象のほうが強い。
これは物凄く、生臭い話である。
俺も最初は何の考えもなく、宍度に言われるままに文献調査を手伝っていた。そこから透けてきた事実は実に政治的な話で、気づけば泥沼にハマっていた。鷹一郎は知っていたようで、だから近づかなかったのだろう。それが透けて見えるところがまた癪に触る。
宍度は富士講社の管長を務める傍ら半ば公共機関ともいってもよい神道事務局会計課長をしている。
つまり国の紐がついている。もっというと宍度は
現に今、神道事務局はその祭神をどの神にするかで大揉めに揉めていて、宍度が所属する神道事務局は造化三神と皇家の祖となる天照大神を推しているが、そこに
けれども冥界の主宰で死後の審判を行う、簡単に言えば閻魔大王のような役割を担う大国主神を祭神に加えるならば
……そこまで聞いて、俺はその反論となる資料文献を探していたことに気がついたわけだ。
まじでドツボにハマっている。
「けれども
それをお前がいうかという心の声は心にそのまましまい込む。
大教宣布の詔は明治3年に出された天皇を神とし、神道を国教とする詔だ。御一新前から続く神仏分離の集大成である。けれどもこの先はやはり、聞きたくない。
「それは宍度さんが仰っていい話ではないのでは」
「失言でした。忘れて下さい。山菱さんはなぜか話しやすくてついね。何故でしょう? ついでに富士講を統合するのに他になにかいい方法はありませんか」
「……祭神についてはそれこそ信仰の話なのでどうしようもないのではないですか? 信心を変えるのは無理ですよ」
「そうですかねぇ。そんな大仰なものではないと思うのですが。
「……それは宍野さんに信仰心というものが無いからではないですか?」
あっ。ついに言ってしまった。
宍度はその大きな
俺の見る所、宍度には古神道という新興宗教を建前とはしているが、それはあくまで手段にすぎないように見える。御一新で革命を果たした薩長勢力が危難にある国を回していくための制度づくりの一貫として、神道を中心に国をまとめようとしている。古事記に皇家の祖が大日如来と書かれていれば、おそらく神社は廃され仏教が国家の宗教となっていたかもしれない、……おそらく。
「そんなことを真正面からいわれたのは初めてです」
「まぁ、そうでしょうね」
「そういう率直なところがいいですね、山菱さんは。それで何か良い案はないですか」
「……先祖代々信心を続けてきた家をなんとかするのはさすがに無理でしょう? 宍度さんに仏教に宗旨変えをしろというものです」
「ふむ、なるほど」
「けれど、そもそも富士講社の教えは富士山を詣でれば国家太平で幸せが訪れるというものなんでしょう? 浄土真宗が南無阿弥陀仏と唱えれば浄土へいけるというのと同じようなものでしょうから、講元は諦めて信者を一本釣りすればどうですか」
「なるほど、素晴らしい」
余計なことを言ったかと後悔したが、一度口から出した以上、それを引っ込めることは不可能なのだ。
そもそも宍度は思い切りがいい。いろいろ調べて、それから鷹一郎からの告げ口で知ったが、富士の仏を排除したのはこの宍度なのだ。宍度は明治3年に本宮の官撰初代宮司となり、静岡県や国を含めて様々なところに働きかけてきっちりと行政と連携して許認可を得て、修験や富士講が反対しようがないお上の決定として富士の山の仏像をぶち壊し、たった50円で大日寺を本宮に払い下げさせた。つまり現在の富士山の宗教事情は全てこいつの仕込みなのである。
そんなことを思いながら投げやりに鷹一郎の言葉を投げ返しただけなのだが、その結果がこれなのだ。
宍度は朝一番の人が多いところで俺が夢で神を見ただの『わかりやすい話』を展開し、それに興味をもった者がどんどん寄り集まってくる。よく考えたら俺も極力宗教になぞ関わりたくない。
俺はうんざりしながら、左文字の生贄の話はどこかに繋がるものだろうかと途方に暮れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます