第5話 御一新の愚痴
この山吉講は江戸で最も栄えた富士講の1つだ。富士講とは富士参拝のための互助組合で、金銭を出し合って持ち回りで選ばれた者が代表として富士登山をする。そして講元はそのための準備やら手配やらを行う。山吉講は多くの
「おお、わかってくれるのかい」
「勿論です。わたくしも陰陽師ですので」
「ハァー。そういや
声の主はぺちりと額を打ち、嘆息する。
今は山吉講の屋敷に上がらせてもらい、現
そしていつも通り、話はわけのわからない方向に向く。
「こちらの
「おい」
「へぇ、本気の富士登山かぁ。今どき珍しいねぇ。なかなか体格も良さそうだしね」
山田某は俺を見てウンウンと頷くが、修行など俺は全く聞いていないのだが。
「けれど1人で登るのはやっぱり危険だよぉ。でも今から修行ってのはどうかなぁ、タイミングがね」
「やはり
「そうだな。だいぶん落ち着いてはきた気はするが、一時はもう酷いもんさ。突然
それは数年前のことだいう。話の流れがさっぱりわからん、どうやらしばらく前の廃仏毀釈によって富士の信仰事情もだいぶかわってしまったらしい。思えば俺の実家の東北の方でも多くの寺が打ち壊されたのだ。富士の山とて同じなのだろう。
吉田某は
俺は実家の習いで気楽な浄土真宗だが、宗教事情も
生贄を捧げなければ、どうなるんだろうか。聞いた限りでは生贄は長い年月継続された儀式のようだ。それが突然中止されればどうなる?
ひょっとして、富士の噴火?
まさか。噴火というのは自然現象だ。神霊が引き起こすものではない。そうだよな。
「ええ、本当に。酷いものです。けれども村山修験の方々は未だ残って居られるのでしょう?」
「残っているったってほんとど活動してないんじゃないかね。
「それはご災難ですねぇ。こちらも3年ほど前に富士講禁止となりましたでしょう?」
「富士講は徳川様の時からちょくちょく禁止されてっからな。けど前は禁止っつってもたいしたお
急に吉田某は声を顰める。
「それに富士塚も次々打ち壊されてる。富士講だけじゃなく地蔵尊や道祖神も同じだけどよ。そんなわけで兄さん、修験に出るなら今じゃないほうがいいぜ」
そうして心配そうに俺を眺め上げた。
富士塚というのは東京にもそこかしこにある富士山を模した小山だ。御一新前は女人は富士は登山禁止だったものだから代わりにと登っていたのと、そうでなければ気軽に登れることから人気があったのだが、そういえば最近はあまり見ない気もするな。
「やはり目が相当厳しいのでしょうか。そうすると富士の
「修行、修行ねぇ」
吉田某は頭をぐるりとまわして俺に目を向け、上から下まで眺め下ろす。
「兄さん、そんなに登りたいのかい?」
「いえ」
「そういえば
「あんたよぉ、33回なんてマジで生涯を通じてやるこったぞ」
吉田某はぽかんと大きく口を開き、そこから呆れた声が飛んできた。
俺は33回も富士に登るのか? それは勘弁してもらいてぇ。それじゃ本当の修験者じゃないか。
「その33回というのは何か特別な理由があるのでしょうか」
「はて、俺らは先達にあやかって登ってるからな。あのな兄さんよ、必ずしも33回登らなきゃならねえもんでもねぇし、そんなに登るのは大変なこったぞ。願掛けでもあるのかい?」
そう言って吉田某は心配そうに俺の目をジッと見た。
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