20-実験場の戦い②・後編

振り下ろしたギロチンは、またも触手に受け止められる。

もちろん、ジル・ド・レェは動いていない。


だというのに、せっかく殺したはずの奥にいた軟体動物は、ジルの立っている場所を除いて、今度は部屋中の空いているスペースというスペースに現れていた。


一対一ならば、ジルが特に指示を出していなさそうだったこともあり、そう手強い相手ではないだろう。

しかし、当たり前だが強さと厄介さは別だ。


苦戦こそしなかったものの、1体倒すだけでもそれなりに時間がかかった相手なので、屍体の上からその光景を眺めているシャルルは、堪らず声を漏らしていた。


「は……!? おいおい、マジかよ……フランソワの操作がねぇ分そこまで強くもなかったが、この数は厄介すぎんだろ」

「君はきっと、夢を見ているのだよ。反射星雲が映し出したのは、正常性バイアスなどではない。外宇宙にだって、魂の形代になるようなコロッケくらいあるのだから。牧草は狼の群れを滅ぼすし、ケルト民謡は塵のエンジンを起動させる」

「うるせぇ!! 何もせずに喋り続けるお前は何なんだよ!?

ここの舞台装置か何かなのか!? ギロチン返せ!!」


もちろん、死んだ軟体動物の方を見続けているジルは相変わらずだ。シャルルがいきなり湧いて出た軟体動物とギロチンの取り合いをしている中、何もとして見ていないかのように音の羅列を紡ぎ続けている。


軟体動物の言葉もわからず、ジル・ド・レェの言葉もわからない。処刑人シャルルも異常寄りの人間であるはずなのに、彼らを見ると正常にしか思えないくらいだった。


常識的な異常者は、屍体の上で地団駄を踏んでぐちゃぐちゃと不気味な音を立てながら血を撒き散らすと、痺れを切らした様子でワイヤーを引く。


「チッ!! 軟体動物を殺っても増えんなら、もうジル本人を直接殺るしかねぇじゃねぇか、何なんだこの守りの硬さは!! だぁ、もう!! そのためにも、まずは返せや蛸野郎!!」


初めに真っ直ぐ突き進み、それを対策されていた2度目には、弧を描くように頭上を飛んだ。であれば、3度目である今回は頭上も対策されていると見るべきであり、シャルルは右から飛んで接近していく。


だが、中央、頭上と飛び方を変えてきたことを、軟体動物も学習しているらしい。2度目までを見ていた個体との情報共有はできているのか、進路を塞ぐように触手の壁が作られる。


「ギャハハハ!! んだよ、同じやつなのかテメェら!?

危ねぇじゃねぇか。んなこたァ先言ってから死ね!!」


隙間なく並んで触手を伸ばしてこられれば、流石のシャルルも通ることはできない。ワイヤーを使って固定された軌道を飛ぶ処刑人だったが、すぐさま無理だと判断すると潔く手を離した。


直後、煌めくのはいつの間にか握られていたナイフだ。

自身の進路を阻む触手達を、処刑人は無慈悲に切り捨てる。


とはいえ、流石に何十本もあるそれらをすべて切り尽くすというのは不可能だ。


排除しないと確実に捕まってしまうという部分だけを切ると、シャルルは飛んでいた勢いのまま回転し始めた。

切ったのは、目の前で構えていた体に触れそうになっているものと、その上部。


捕まるまでの猶予を作ると、そのまま左側の触手にナイフを引っ掛けてさらに上空に飛び上がっていく。

今夜何度目かの飛翔をしたシャルルは、天井にまで吹き飛んでいってズドンとブーツで着地し、張り付いた。


「っ……ぶねぇ!! だが、逃れたぜ!?

んで、ワイヤーはちっと余計に飛ばしてんだよなァ!!」


天井を蹴った力のみで張り付くシャルルは、すぐに伸びてくる触手を見据える。

その視線の先に、触手のさらに向こう側に映っているのは、さっき手を離す時に伸ばしたワイヤーだ。


ボタンが押し直されたことでギロチンに引かれることはなく、逆に伸びて上方向に軌道も修正されている。

ちょうど触手の群れから離れたワイヤーが、処刑人の瞳には映っていた。


「ギャハハハッ!! あとはここを突破すりゃあいい!!

ギロチンとワイヤーが主武器なんだから、空中戦は得意だぜ? 飛んで、回って、切りゃいいんだよなァ!!」


空を飛ぶワイヤーの持ち手を見据えるシャルルは、その進路とタイミングを測ってから天井から飛び出す。

何十体もいる軟体動物から伸ばされる触手が迫ってくるが、言葉通りに強行突破すれば良い。


ナイフを両手に構えながら回転を加え、武器の届かない足を掴もうとする触手を弾きながら、無理やり切り進んでいく。


先程の脱出劇とは違って、切る必要があるのも目の前だけ。回転して構えていれば、ほとんど自動で触手は千切れ飛んでいった。


「ギャハハハッ!! ワイヤーキャーッチ!! 進めワイヤー、どこまでも!! 俺をギロチンの元へ届けやがれ!!」


ワイヤーの持ち手を掴んだシャルルは、そのまま何にも邪魔されることなくギロチンの元に辿り着く。


今までの戦闘を学習してか、それを掴んでいる触手もかなり力を込めていたが、激突の衝撃と蹴りでやはり開放された。


「おーっしゃ!! ギロチンゲットだ!! さてさてさ〜て。

こっからどうすりゃジルを殺せんだァ……?」


がっしりとギロチンを持つと、シャルルはそれで触手を薙ぎ払いながら床に降り立つ。周囲には丘のようにまん丸とした巨体を持つ軟体動物の群れ。武器を確保するために、ジルの姿は化け物の影に隠れてしまっていた。


とはいえ、このまま止まっていてもすぐ触手が襲いかかってくる。軟体動物を殺してもキリがないが、何もしないよりはする方がいい。


相棒の形見とも言えるギロチンを軽く撫でたシャルルは、目に凶暴な光を宿しながらそれを振り上げていた。


「ひとまず、常に移動してねぇと密度が増すなァ……

移動ついでにちょちょいと殺すぜ、気色悪ぃ蛸共!!」


振り上げられたギロチンは、手始めに集まっていた触手達を薙ぎ払う。それはあくまでも鈍器なので、ナイフで断ち切るように完全に無力化するのは難しい。


だが、最前線で直撃した部分は見事に潰れていたし、一呼吸ほどは安全に行動する猶予が生まれていた。

その隙に、シャルルはギロチンを振るった勢いで回転すると、笑いながらそれを軟体動物に向かって投げつける。


下部にあるトゲは残っていた触手を弾き飛ばしながら飛び、軟体動物の横っ腹辺りに突き刺さっていく。


回転を使っていたこともあり、軟体動物に突き刺さったトゲはかなり深い。いつも通りシャルルはワイヤーの勢いで飛ぶが、トゲは肉を潰すように軽く揺れるだけで、まるで外れる様子を見せなかった。


「姿は見えねぇが、位置は何となくわかってる。どうせ動いてねぇんだろ? すぐ行くから待ってやがれ!!」


ギロチンを軸に飛ぶのは慣れたものだが、今回は長さが控えめだ。天井にまで飛びはせず、軟体動物の上に着地しながら邪魔な触手もついでに潰している。


さらには、着地と同時にその勢いを使ってワイヤーを引き、ギロチンのトゲを抜いて再び次の獲物へと振り下ろしていた。


着地時はシャルル自身を軸にギロチンを振り上げ、殴打後はギロチンを軸にシャルルが飛ぶ。時に上から、時に横から、場合によっては素直に真っ直ぐに。


処刑人は軟体動物の学習を活かさせないよう、触手の動きに合わせて飛び方を変えてジルに接近していく。


軟体動物達も可能な限り触手を伸ばし、その妨害や拘束をしようとしているが、ギロチンに潰されたりワイヤーに締められて千切れたりと散々な結果だ。


ろくな指示を出さないジルが使役者なので仕方なくもあるが、それらは押し潰され、千切れて次々に弱っていった。


もはや軟体動物に、飛び回るシャルルを捉えることなどできはしない。十分に邪魔者を潰した処刑人は、ついに立ち尽くすジルを視界に入れて笑い声を上げる。


「ギャハハハ!! 指示しねぇからこうなる!! 意志なきモノに価値はなし!! テメェも舞台装置ならとっとと死ね!!」


シャルルが最後に着地したのは、軟体動物達を無理やり薙ぎ払って作った床の空きスペースだ。これまでのように上から振り下ろすのではなく、下にいてより勢いを利用できるようにギロチンを振り下ろしていく。


もちろん、ジル・ド・レェは部屋の奥を見つめてブツブツとつぶやいているだけで、動きはない。

圧倒的な質量を持つ木の塊は、主を守ろうとする邪魔な触手が潰れている中、容赦なく彼の頭蓋に突き刺さっ……


「いッ……!?」


ギロチンがジルに直撃したかと思った瞬間、それはいきなりてんで的外れな方向に飛んでいく。

目を剥いたシャルルの視界に飛び込んできたのは、彼がおもむろに腕を振り上げている光景だ。


柳のようにゆらりとしたその手は、最初から頭に直撃しそうになることがわかっていたかのように、最小限の動きでギロチンを殴り飛ばしたらしい。


「しまッ……!?」


しかも、意表を突かれていたこともあり、しなるワイヤーはそのままシャルルの体を引っ張り始める。

ジルがギロチンを殴り飛ばした方向は、部屋の奥の方向だ。


彼の背後から凶器を振り下ろしていた処刑人は、殴り飛ばされた勢いのまま白衣の狂人に引き寄せられていく。


「ぐわッ……!!」


ジル・ド・レェは部屋の奥を見つめ続ける。

ジル・ド・レェはブツブツと何かを呟き続ける。


だが、同時に。ジル・ド・レェは今までギロチンを軸にして飛び回っていたシャルル・アンリ・サンソンを、目を向けることもなくアイアンクローで握り潰していた。


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