19-実験場の戦い②・前編

頭蓋を粉砕すると思われたギロチンは、突如として伸びてきた触手によって容易く受け止められる。

それが伸びている場所は、もちろんジルがずっと向き合っていた辺りからだ。


部屋の奥、ほとんど見通せない暗がりの中で。

シャルルどころか、ジルと比べても大きいと感じさせる巨大な目玉は、ギョロギョロと不気味に蠢いている。


おまけに、触手がギロチンを受け止めたことで、ジルもようやくシャルルの存在を認知したようだ。


といっても、おそらくはそれも音で気付いたのではない。

ずっと見ていた位置で目玉が蠢いたから、ようやく何か異変が起きたのだと考えたのだろう。


ともかく彼は、相変わらず音の羅列としか思えないような、意味不明の単語を述べながら、ゆらりと背後を振り返った。


「夜空に乗せられているのは、再現不能な脳髄のエキス。

金剛石の家は野菜に溶け、五人囃子の誰かが洗った?

道を示すは1人の迷子。立役カランコエ、伽藍の心臓」


軟体動物はギロチンを受け止め、ジル・ド・レェはシャルルに目を向ける。だが、決してまともにコミュニケーションが取れるようになった訳では無い。


ギロチンの引っ張り合いをしているのが触手とシャルルだけということもあり、むしろ難解になった音の羅列を告げていた。


すると当然、理解不能な処刑人はみるみる苛立っていく。

武器の本体が奪われかけている中で、後先を顧みないような特攻をし始めた。


「てんめぇ、まァだ喋んのかよッ!!

武器奪ったから安心ですってか!? ざっけんな!!」


ギロチンはフランソワ謹製のものなので、ワイヤーなどにも当然科学技術などが組み込まれている。

場合によっては引き方でも調整するが、動かせない現状ではボタン1つで本体へ直行だ。


あっという間に短くなるワイヤーに乗って、シャルルはジルの頭上に浮いている武器まで飛んでいった。


「ギャハハハ!! 俺の体重は軽い方だけどなァ、勢いよくぶつかりゃあ関係ねぇのよ!! これァ俺のモンだ!!

とっとと離せや、クソ蛸野郎!!」


凄まじいスピードで真っ直ぐにぶっ飛ぶシャルルは、ほんの数秒のうちにギロチンの元まで到達した。

それを掴んでいる触手は多く、大元である軟体動物も山のように巨大だ。


とはいえ、いくら華奢でも助走をつけて突撃すれば、威力は計り知れないものになる。ヌメっている触手であれば、手を離さざるを得ない。


シャルルがギロチンに突き刺さるようにズドンと激突すると、触手はツルリとそれを手放した。


しかし、荒事に慣れた処刑人はそれだけでは終わらない。

強度があるのを良いことに、思いっきり蹴り飛ばす。

前に動きながら浮かんでいたギロチンは、より近い距離から風を切るように軟体動物へ向かっていく。


「ギャハハハッ!! まずはテメェが潰れろ、蛸野郎!!」

「我ohs$.2を狙4se4kt>4a(4k狂gi染/o;q者d@.?s@?;%9<今k我of3hjw@md5gx;.mkw@3l<b;iqeb4d(q@yf持que」


ジルはひたすら音の羅列をこぼすだけで、何もしようとしていない。その単語に指示があるのか、軟体動物は理解できる単語ですらない音を出しながら触手を差し向けた。


だが、今回のギロチンは腕や足だけではなく、体そのものを使った勢いで飛んできている。距離が近かったこともあり、それは触手に阻まれる前に弾力のある体を抉っていた。


それでも、ジルは前を見たままブツブツと音の羅列を紡ぐだけだ。意思があるのかすら定かではない軟体動物も、本能的な恐怖を抱くような音を響かせている。


「9c4s@6l<我ofgr@zeq>再召喚をms]>我ohs$.2k再召喚をms]>星id@'jx;w自o本体f9^@uekq@」

「よくわからねぇが、とりあえず邪魔者は徹底的に排除だ!! バカデケェから念入りに、隅々まで殺してやるぜ!!」


ギロチンは軟体動物に直撃し、下部にあるトゲなどがその肉を引き裂いていた。固定されているので、軸は十分にある。


シャルルは再びボタンを押すと、弧を描くように空から軟体動物へと向かっていく。


それはジルと違って戦う意志を見せているので、当然触手を伸ばして防ごうと臨戦態勢だ。


しかし、先程の移動では直進していたのに対し、今回は高くから弧を描くような接近である。

知能はあるようだが、流石に対応しきれていない。


シャルルは遅れて伸ばされた触手が掠りながらも、ギリギリのところで滑り込むようにそれの頭に乗った。


「ドデケェ化け物に、ギロチン1つ。鈍器で撲殺なんてのはぁ味気ねぇ!! もちろんあるぜ、いい武器がよォ!!」

「g:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:yg:y」


上に乗ってしまえば、あとはもうやりたい放題だ。

トゲが刺さった状態で体重を伝達し、グジグジと傷を抉っているギロチンの元まで滑ると、シャルルはそれに仕込まれた隠し扉から小型のチェーンソーを取り出した。


「ナイフで好きに切るなんてのァかったるい!!

ならば電動、勝手にすべて斬ってもらおうじゃあねぇの!!」


目元まで襟の立ったコートにより、口がどんな形をしているのかはまったくわからない。しかし、凶暴な笑みを浮かべているであろうことは、想像に難くなかった。


キュイーンと耳障りな音を鳴らしながらチェーンソーを持つシャルルは、悪魔のような笑い声を響かせながら、その上を走り回る。


触手もなんとかして阻止しようとしているが、どれだけ触手が殺到しても電動の刃を防ぐことは不可能だ。


フランソワによって、科学、神秘、宇宙とそのすべてを詰め込まれた凶刃は、襲い来る触手の尽くをブチ切っていく。


「ギャハハハッ!! 今まで使うような相手がいなかったが、まさかこのために入れられてたのかァ!? 大剣も悪かねぇが、こっちは楽だし爽快だぜ!! 感触は劣るがなァ!!」


軟体動物が差し向けられる触手も無限ではない。

数分もすると、少しずつ道を阻むものはなくなってきた。


邪魔な触手が減ったのであれば、次は本体だ。

部屋中に狂笑を響かせているシャルルは、まず床に飛び降りると体を支えている足に当たる触手をブチ切る。


本体の上で切って回った時は、切った時の血液は下に落ちていったが、ここは一番下の床だ。

血液はビチャビチャと広がり続け、シャルルは次第に意図的に滑って回転しながら、爽快に触手を切り尽くす。


床に溜まっていた血液や粘液は、軟体動物が体を支えられなくなって倒れた時に、勢いよく跳ねていた。


「ギャハハハッ!! 臭ぇし汚ぇ!! だが、俺のコートは防水加工済みなんでなァ!? 全部、弾くぜ!!」


床に溜まった液体で滑るシャルルは、それが立つことを放棄したのを確認すると、壁に向かっていく。

軟体動物がいたのは部屋の隅なので、到達はすぐだ。


くるくると回転したままで飛び上がると、その勢いでコートやブーツから液体を弾き、壁を蹴ることで再び軟体動物の上に飛び乗った。


「トドメは頭からだよなァ!? 首がどこかはわかんねぇし、そもそもギロチンよりデケェんで、真っ二つにはなるが勘弁してくれよ!? できるだけサクッと殺るぜ!!」


チェーンソーも軟体動物より小さいが、ギロチンとは違って台座に乗せる必要はなく、刃も自由に動かせる。

天井近くまでジャンプしたシャルルは、また天井を蹴ることで勢いを増して軟体動物の頭を切り裂いた。


もちろん、完全な真っ二つになんてできはしない。

しかし、それの頭蓋はパカリと開かれ、中からはドロドロの臓器がこぼれ落ちていく。


処刑人を無視し続けるジルが見つめていたそれは、たしかに死んでいた。


「邪魔者はこれで消え去った!! なら次はテメェだぞジル・ド・レェ!! 協会の反逆者として、問答無用で処刑する!!」


邪魔な軟体動物を殺したシャルルは、途中で引っかかっていたチェーンソーをバネに飛び上がると、再びギロチンを手に取る。


柳のように痩せていながらも背の高いジルに対して、軟体動物の上という高度から圧倒的な質量を持つ木の塊を振り下ろしていく。


「方舟はどのような決意を囁いた? 深淵は資格の隅に。

海と母なるレンジを眺め、骨付きキャベツにかぶりつく。

冒険者は死界の森をかき分け、遂に青きダンジョンに辿り着いたのだ。これが、とある重力のシミュレーション」

「……は?」


だが、それをチラリと見ることもしないジル・ド・レェは、変わらず音の羅列を紡ぎ出す。


その瞬間、今シャルルが立っている軟体動物の場所を除いた部屋中の空間という空間に、先程のものと同じ大きさの軟体動物達が出現していた。


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